第27話 クリフォード、育成ルート突入
「今からなら、後夜祭に間に合いますね」
「後夜祭か、イベントがある筈だな」
スチュワートはあれからモブ三人娘の一人に捕まり、どこかへ連れ去られて行ったから、リリベラとのイベントは発生しないだろうが、念の為側についていた方がいいだろうと、後夜祭会場へ向かうことにした。
「ビビアン、せめてその化粧を落として行ったらどうだ?あと、頭の三角の布も取った方がいいんじゃないか」
「それとったら、ただの人じゃないですか」
「後夜祭なんだから、だだの人でいいだろう」
「それもそうですね。では、少しだけ化粧を直してから行きますから、ランドルフ様は先にお嬢様のところへいらしてください」
「ああ、先に行く」
化粧室に入る直前、ビビアンは先を急ごうとしていたランドルフを引き止めた。
「そうだ。ランドルフ様も、髪の毛を整えるといいですよ。どうせ、お嬢様の周りには羽虫みたいに貴族令息が群がっているでしょうからね。せっかくイケメンに生まれ変わったんですから、お嬢様の虫除けにその顔面を活躍させてください」
「前世がイケメンじゃないみたいな言い方は止めてくれよ。僕は前世もモテたのはモテたんだ。ただ、二次元にしか興味がなかっただけで」
残念な告白をするランドルフに、ビビアンは大事なお嬢様を任せていいものかと逡巡する。
「今のお嬢様は三次元ですが……」
「当たり前じゃないか。リリベラがリリベラなら、二次元だろうが三次元だろうが関係ない」
「なんか……激重ですが、まぁいいでしょう。これを差し上げますから、髪を上げてください」
ビビアンはどこに持っていたのか、ヘアワックスを取り出してランドルフに投げて渡した。
「顔を出すと、こっちにも羽虫が飛んでくるんだがな」
いまいち乗り気でないランドルフに、ビビアンは魔法の言葉を投げかけた。
「お嬢様は、ランドルフ様のその煉瓦色の瞳が大好きだそうですよ。いつもは見えないから寂しいそうです」
「わかった!」
ビビアンは女子化粧室に寄り、ランドルフは歩きながら髪を整えつつ、後夜祭会場である第一体育館へ向かった。
その頃、すでに後夜祭用の装いに着替えたリリベラとクリフォードは、挨拶にくる生徒や父兄達の対応に忙しかった。
一般の舞踏会などではクリフォードに話しかけられないような家格の低い貴族達も、学園の後夜祭とあって、ここぞとばかり娘を売り込む為にクリフォードの周りに押しかけていた。万が一王子に見初められたら、それこそシンデレラストーリーになるのだから、子爵令嬢や男爵令嬢など、後夜祭の為に仕立てた勝負ドレスでクリフォードの周りに群がっている。
いつの間にかリリベラとクリフォードの間には人垣ができ、リリベラもまた逆玉を狙う男子生徒やその父兄に囲まれていた。
「リリベラ様、ぜひ僕とダンスを」
「いや、ぜひ僕と」
「あちらに美味しそうなケーキがありましたよ。ぜひご一緒に」
リリベラはツンとすまして、言葉少なくお断りする。
気が強いとか、可愛げがないなどと噂されようと、下手に愛想良くするとどこまでもつけ上がって馴れ馴れしい態度をとってくるから、変な期待を持たせないのが一番なのだ。
いつもならばビビアンが間に入って上手くあしらってくれるのだが、いなければ自分で対応しないといけない。
「リリベラ」
リリベラは、それまでの無表情からパッと笑顔を浮かべる。そして、ランドルフの煉瓦色の瞳と視線が合い、ポッと頬を染める。
「ランディ、どこにいたの」
ランドルフが腕を差し出し、リリベラはその腕に手を乗せてエスコートを受け入れる。ランドルフの出現により、リリベラの周りにいた男性貴族達が離れていく。
「ちょっとね。クリフは君のエスコートを放ったらかして、どこに行ったんだ」
「あそこよ、あそこ。あの令嬢達の真ん中にクリフがいるわ」
「また、随分カラフルだな。孔雀の羽だってもっとおとなしめだろうに」
令嬢達の我こそは!という意気込みからか、みんながみんな目立つ色味を着ている為、逆にみんな同じように派手で目立たないという不思議現象が起きていた。
「なんか、あそこには近付きたくないな。一人でも香水臭そうなのに、あんなに集まったら鼻がきかなくなるんじゃないか?」
「否定はしませんわ。きっと、クリフも口呼吸で耐えてるんじゃないかしら」
クリフォードの不幸を傍で見て、リリベラはクスクスと小さく笑う。
「そろそろ助けてあげた方がいいかしら?」
「自力でなんとかするんじゃないか?」
ランドルフは、リリベラと文化祭を回れなかった憂さを、クリフォードにぶつけるように素っ気なく答える。
「まぁ……そうね」
今、クリフォードを助けに行ってしまうと、クリフォードのエスコートを受けなければならない。せっかくランドルフの手を取れたのに、自分から離すことはもったいなさすぎでできなかった。しかも、今のランドルフは髪の毛をオールバックにしており、その整った顔を惜しげもなく出している。リリベラが側から離れれば、ランドルフの周りに令嬢達が群がるのは間違いない。
たまには自分の欲求に忠実でもいいじゃないかと、心の中でクリフォードに手を合わせる。
「あ……、ビビアン」
ちょうど良いタイミングで会場に入ってきたビビアンを見つけたリリベラは、ビビアンに小さく手を振って居場所を伝えた。
「お嬢様、お側を離れてすみませんでした」
「いいのよ。ね、ちょっとクリフを救出してきてくれないかしら」
「私がですか?」
「ええ、今のビビならあそこの女子も蹴散らせますわ」
白いシンプルなドレスは清楚さが際立ち、艷やかな波打つ黒髪がビビアンの小さな顔をさらに小さく見せていた。お化けメイクでファンデーションをしっかり塗っていた為、そばかすは全てなくなり、その上に施したメイクは、ビビアン曰く特殊メイクだそうだ。つまり、清楚系美少女がそこにいた。
「面倒くさいんですが……」
「いいから、行って来て。ほら早く」
ビビアンは渋々クリフォードの元へ歩いて行く。遠目からでもしっかりビビアンを見つけたクリフォードは、令嬢達をかき分けてビビアンにサッと手を差し出した。
どよめきが起こる中、ビビアンがクリフォードの手を取ると、難なくクリフォードを救出し、そのまま二人は会場の中央に進み出て、ワルツの音楽にのって踊りだした。
「ビビに言うと鼻で笑われるかもですけれど、あの二人、お似合いですわ。見て、クリフのあのデレッとした顔」
「リリ、お似合いなのはあの二人だけじゃないって見せつけてやろう」
「いいわね」
ランドルフに手を差し出され、リリベラはその手を取ってクリフォード達の踊る会場へ足を向けた。クリフォードだけではなく、リリベラもランドルフと踊り出したことで、会場の真ん中の二組を照らすようにスポットライトが当たる。
普通は一曲丸々踊りきると、パートナーをチェンジしたり休憩したりするのだが、クリフォードはそのままビビアンの手を離さずに二曲目に突入してしまう。それを見たランドルフも、ニヤリと笑うとリリベラの腰を抱き寄せてステップを踏む。
結局、三曲続けて踊ることになってしまい、ビビアンは不機嫌そうな顔を隠さないし、リリベラは嬉しさ半分戸惑い半分という感じだ。
この国で続けてダンスを踊ることができるのは、婚約者か配偶者のみ。つまり、クリフォードもランドルフも周りに「こいつは自分の女だから手を出すな」と、堂々とアピールしたことになるのだ。
リリベラだって、もちろんそのことは知っている。だから、二曲踊った時点で、三曲目は辞退したのだ。でも、ランドルフの煉瓦色の瞳に懇願されたら、どうしても断ることはできなかった。明日には、リリベラ・ランドルフ婚約説が流れているだろう。
それとも、クリフォードの話題でリリベラ達のことは忘れ去られるだろうか?
今も周りは大パニックで、ビビアンの特殊メイクのせいで、誰もビビアンだと認識しておらず、クリフォードが婚約者に定めた女性は何者だ?!と、ざわめきが止まらない。
「ちょっと、ビビ、あなた何で三曲も踊りましたの?」
クリフォード達と合流したリリベラは、ビビアンに耳打ちする。
「シッ、名前を呼んでは駄目です。みんな私が誰か気づいてませんから、謎の婚約者として、お嬢様を婚約者候補筆頭の肩書きから開放して上げようとクリフォード様が。二人が自分のせいで付き合えないのは可哀想だからって」
リリベラは、ビビアンよりもクリフォードとの付き合いは長い。だから、クリフォードがそんな殊勝な理由でビビアンを婚約者扱いしたのではないことには気がついていた。
そして、クリフォードがビビアンを手に入れる為に時期を測っていたことも知っていた。
ビビアンの気持ちはまだクリフォードに傾いていなく、これが吉と出るか凶と出るか……。
「あれぇ?クリフォード殿下の育成ルートはビビアンちゃんだったのかぁ」
後ろで呑気な声が上がり、振り返るとモブ三人娘を引き連れたスチュワートが立っていた。
「それって?」
リリベラは第三シーズンの存在を知らないのだから、スチュワートが何を言っているのかわからない。クリフォードに至っては、転生者の存在さえ知らないのだから、自分が何を育成するんだと、キョトンとしている。
「ちょっとそれ、どういうことですか?!こっちに来てください。シモンズ男爵令息を借ります!」
「ええーッ?!スチュー」
「あ、すぐに戻るから食事でもしてなよ」
スチュワートは、モブ三人娘に手を振りながら、素直にビビアンに付いて行く。
「あれ、二人っきりにさせて大丈夫かしら?ちょっと私、見てきますわ」
「僕も行こう!」
「あ……いや、クリフは……」
リリベラの後を追ったクリフォードを止めようとして、結局ランドルフも後に続いた。
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