第38話:王家の飛び地にて




 side,側妃


「それは砂糖です。塩はこちらです」

 平民のメイドが面倒臭そうに言ってくる。顔が「何度も言わせるな」と語っている。

 生まれてから今まで料理なんてした事も無いのに、塩と砂糖の違いなんて判んないわよ。

「わかんないなら、少し舐めてみれば良いと何度も説明しましたよね?」

 何よ偉そうに。


 睨み付けたら、溜め息を吐いて厨房から出て行った。焜炉には野菜と湯の入った鍋がグラグラしている。

 その中身が半分以下になった頃、メイドが戻って来た。鍋の中身をちらりと見て、無言で火から下ろした。


「これが今日の夕食になりますので」

 メイドの言葉に驚き、怒りが湧いてきた。

「こんなもの、食べれるわけ無いでしょう!?」

 国王の妻に料理をさせただけでなく、どう見ても不味そうなソレを食べさせるなんて!


 しかし、メイドは呆れたような表情で私を見ただけだった。

 結局、その料理は捨てて、いつも通り料理人が作った夕食を食べた。

 それから毎回、自分の作った料理は捨てて、料理人が作った美味しい食事を食べた。


「食べられるか食べられないかは、側妃様の努力次第です」

 この言葉の意味は、3ヶ月後に嫌でも理解した。




 王太子の結婚式の日、私は離宮に閉じ込められていた。

 王とあの生意気な女が王家代表として出席するので、私は邪魔だと公爵に言われたから。

 喪服で参加してやろうと思っていたのに、悔しい。


 結婚式の後には、戴冠式があったらしい。

 戴冠式って、王位を次代に譲る儀式でしょう?

 どういう事よ。



 夜、夕食も湯浴みも終わってゆっくりと過ごしていたら、急に騎士とメイドが部屋にやって来た。

 メイドは私を無理矢理地味な服に着替えさせ、騎士は荷物を運び出す。

 宝石やきらびやかなドレスはそのままで、どうでも良いような物ばかり運び出している。

 嫌がらせにしても、意味が解らない。


「どこに行くのよ」

 騎士に聞いたけど、何も答えてくれない。

 抵抗したけど、力尽くで馬車に乗せられた。しかも王族が乗るとは思えない、無骨な馬車。

 出ようとしたけど、凄い目で騎士に睨まれた。

「騎士道はどうしたのよ!」

 叫んだら、馬鹿にしたように鼻で笑われた。

「我々は近衛兵です」

 だから何? 何か違うの?



 しばらく経ってから、国王である夫が疲れた顔で出て来た。

 無言で馬車に乗り込み、座席に座る。

 外にいたメイドは乗り込まずに、扉が閉められた。別の馬車に乗るのだろう。

 それならば長旅なのだろうか?


 殆ど休憩も取らず、宿から宿への移動をする。

 宿でのメイドは知らない顔ばかりで、無言で着替えを手伝うだけ。湯浴みが出来ない事も多く、そういう時は部屋にたらいに湯を入れた物と、体を拭く布が置いてあった。

 最初はメイドが拭きに来るものと思い待っていたが、湯が水になっても誰も来なかった。


「もう嫌! 何なの!?」

 移動が1ヶ月を過ぎた頃に訴えたが、何も改善しなかった。

 それでも、お湯が用意され、勝手に食事が出てくる環境がどれだけ幸せだったか。

 今なら解る。




 移動が3ヶ月過ぎた時。廃墟と見紛みまごう町に着き、唯一人が住めそうな家に馬車から荷物が運び込まれた。

 屋敷では無い。平民が住むような家だ。

 不機嫌な私の様子など気にせず、同行していた騎士……近衛兵が色々と説明を始めた。


 転送装置は一方通行で魔石や食材が届く事。

 洋服は季節毎に上下2枚、下着は毎月新しい物が届く事。

「季節ごとに2枚ですって?」

 今まで毎月ドレスを何枚も買っていたのに?!


 怒っても誰も私の事を気にしない。

 家の中には、メイドも控えていない。

 言葉での説明が終わったのか、男は家の奥へと移動する。

 そこにあったのは、平民メイドと料理をしていたような焜炉だった。

「ここに魔石を嵌めると、火が使えます。水はここ」

 男がカチリと魔石を嵌め込んだ。




 なぜ私はもっと真面目にメイドに色々と習わなかったのだろう。


 私の料理は塩味で、しかも煮るだけで不味い。料理しても不味いものしか出来ないので嫌になり、すぐに食べられる野菜やパンだけを食べるようになった。

 夫が痩せていく。勿論、私も痩せていく。

 まともにお風呂に入れないから体が汚れていく。

 痒くて掻いて、傷になり、そこが化膿し始めた。



 毎日、食材は届く。

 清潔な布やシーツ、下着も月1回届くけど、それだけだ。

 一度洗ってみたけど、余計臭くなってやめた。

 洗濯の方法を教えると、メイドが何度も言っていたのを無視したのは私だ。


 最近は、夫との会話も無い。

 ロレンソにはきちんと婚約者を大切にするように言っておいたのに、婚約破棄なんてするから王の座を取られたのよ!

 日々そんな恨み言を呟いていたら、ある日、馬車が来た。

 降りたのは、ロレンソと妻になった女の二人だった。


 女はそれなりに料理も出来て、洗濯も出来た。石鹸があった事に気が付いたのも女だった。

 久しぶりにお風呂にも入れた。

 それからは全てを女に任せ、私は1日ゆっくり一人で過ごした。



 ある日、女が妊娠した。

「どっちの子かなぁ」

 えへへと笑った女の台詞に、私は固まった。




 終

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これで本当の終わりです。

シルビアは無事に出産出来るでしょうか?

……最後までありがとうございました。

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本当の悪役令嬢とは 仲村 嘉高 @y_nakamura

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