Ep.1 少年と星の塔(1)

 市場から少し外れた場所に、塔はあった。

 人々の賑わう声が、遠くから微かにリースの耳に届く。


 砂漠の乾いた風が、少し砂を巻き上げながら少年の長く艶やかな髪を揺らす。

 彼の髪と同じく深い漆黒が棲む瞳には、そびえ立つ塔が映っていた。


 ——『塔』。

 人によっては『星の塔』とも呼称されるそれは、最近になって突然世界各地に出現した代物だ。

 その塔が現れたのはつい数年前のこと、らしい。


 リースは生きてきた年月こそまだ短くはあるが、その中でできる限りの知識を頭に叩き込んできた。王族として受けた教育でもそうだし、国内の不穏な動きを感じ取ってからは、教育の機会以外でも、王国の蔵書などを使って自力で知識を蓄えてきた。

 そして2年前。双子の妹であるイーセスを、自分達の護衛騎士であるアレインに預け、自身は国を追われてからも独学は続けていた。

 自身の祖国、ベネディ王国で得た知識・聞いた噂と、この2年間、いくつかの国を渡って得た知識を頭の中で組み合わせる。

 塔が出現した当時の、はっきりとした情報は得られなかった。寝て起きたら、何もなかったはずのところに突如として建っていたという話がほとんどだ。


 リースは空を仰ぐ。首を思い切り曲げないと塔の頂上は見えない。天に届くのではないかと思うほどの高さを持つ建物は、リースが今まで生きてきた中で他に見たことがない。

 塔というよりは柱といった印象だ。そびえ立つ土色の円柱に、ところどころ同じ色の装飾が付いている。見上げた先には、野ざらしになっている展望台らしきものがあった。そして、今彼の目の前には、両開きの扉がある。


(まあ、普通に考えて魔術的な何かだろうな)

 誰も塔を建設しているところを見ていないのだ。そしてリースは、一般に有り得ない事象を実現させる力——魔術についての知識も得ている。

(そんな魔術があるのかは知らねえが、一日で塔を建てるなんて所業を実現させるとしたらそれしかねえ。……ただ、)

 自身の髪を指で梳く。リースの得た限りの情報では、世界に存在する塔の噂は5つ。自身の限りある情報網でこれなのだから、実際はもっと多い可能性だってある。

 そして、それらの塔が初めて確認されたのはほぼ同時期だ。

(5つ、もしくはそれ以上のこんなでかい建物を一日で建てるなんざ、どんな膨大な魔力が必要なんだって話だ。しかもその魔力の持ち主が何人もいなきゃできねえ)

 と、そこでリースは一旦考えを止める。

「まあ、ここまで突き詰める必要はねえな。今求めてるのは結果だ」

 世の中には歴史だと考古学だかそういったことを研究する職の人間はいるが、リースはそうではない。

 今リースが求めているものは、知識欲を満たす真実ではなく、成すべきことを成すための力。目の前の塔を攻略するのに、最低限の知識というのは必要だが、それ以上のものはなくてもいい。


 そう、力だ。

 塔の言い伝えには、不可思議な事象の他にもいくつか、伝説のようなものがある。


 塔を登り詰め、見事頂上に辿り着いた者には、莫大な資産と力が与えられる。


 ——『塔』の頂上には、英雄の魂が眠っているらしい。


 少し抽象的な言い伝えだが、塔は導き手を見定め、相応しい者に世界を導くための力を与えると言われている。金銀財宝もそうだし、それよりも大きな、力。

 それが魔術的なオーパーツか何かなのか、リースに植え付けられた人外の力の類なのかは分からない。

 それをリースは求めている。彼に必要なものがそれなのだ。国を動かすほどの力。王子といえど継承権からは遠く、挙句の果てには国の道具として使い捨てられようとしていただけのちっぽけな子どもが、そんな国そのものに抗うには、それくらいの力が要る。


 もちろん、力を得ることは——塔を登り切ることは、困難を極めている。

 数年前に建った塔を、誰も踏破していないことが最たる証拠だ。頂上に辿り着いた者が未だいないのだ。別の国で、攻略者が出たとか出ていないとかいう噂は耳に入ったが、少なくともリースの目の前にある塔は、まだ未踏破の状態だ。

 たくさんの冒険者が、好奇心旺盛な学者が、力のある戦士が、国の期待を背負った騎士が、この塔に挑戦し、命を飲み込まれていった。

 塔の挑戦には、戦闘力や運動能力といった生存力も、知識や洞察力といった知力も持ち合わせていなければならないのか、とリースは推測する。

 王族時代に仕込まれたものと、追放されてから様々な人間に頼み込み、師事を仰いで得た剣術、体術、武術。年不相応だとよく言われる、鋭い洞察力、思考能力。それらがリースにはあるが、これだけで単身踏破できるなどといった自惚れはできない。いくら優れているとはいえ、まだリースは12歳の子どもだ。どうしたって限界はある。

 ただ、現在リースの持っている力はそれだけではない。ここからが恐らく、これまでの挑戦者になかったものなのではないだろうか。


(武力、知力に加えて俺にあるもの。——魔術の力だ)


 魔術といった類の超常的な力は、一般にほとんど知られていない。実際リースも、このようにしてその身に宿すまで知らなかったし、王国の地位の高い者が集まる王城内でも、国王に近い王族やその側近など、限られた者しか知らなかったのではないだろうか。

 追放されて、その身一つで旅をしている時も、魔術といった話はほとんど聞かなかった。知らない人間が大半なのだろう。

「まあ、極力使わねえのが一番だが。……さて、ぼちぼち挑んでやるとするか」

 腰にぶら下がる袋に入っている食料、水分、背中に背負った剣を確認して、一つ頷く。大きな漆黒の瞳が、期待の色を湛えて輝いた。


「英雄の魂が眠る塔、数多飲み込まれた挑戦者たちが眠る墓。俺もその一員になんのかな、はたまた……? どんな形であれど、俺にとって面白え展開が待ってることには違いねえな」


 両手で重い扉を、押し開ける。

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ニューヒエラ外伝 番(ばん) @number0807

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