幻聴

さかもと

幻聴

「永野ってさ、あいつって……」

「……そうだよな、許せねぇよな……」

「マジで死ねよ、クソが」


 製菓工場でのバイト中、ベルトコンベアーの前で作業している時に、俺の背後からそんな声が聞こえてきた。同じ工場で働いている誰かが、どうも俺の悪口を言っているようなのだが、機械の騒音にところどころかき消されて、何を言っているのかよくわからない。永野という、俺の名前だけははっきりと耳に入ってくるので、俺の悪口であることだけは確かだ。

 俺は振り返って、背後のラインに入っている奴らを睨み付けた。人数にして十数人ほどいたが、誰が俺の悪口を言っているのかはっきりしない。心の底から湧き出てくる怒りをどこにぶつけたらよいのかわからなくなった。そのまま睨み続けている訳にもいかず、俺はまた自分の担当ラインの方へ向き直り、黙々と作業を続けた。


「そもそも永野がさ、……」

「俺もそう思うわ、情けない奴だよ」


 しばらくすると、また背後から俺の悪口が聞こえてくる。

 こんなふうに自分の悪口が耳に入ってくるようになったのって、いつから始まったんだろうか? 俺は少し考えてみた。そうだ、今月に入ってからずっと続いている。この工場で作業している間じゅう、ずっと背後から誰かに悪口を言われ続けているのだ。

 でもそんな、誰かに執拗に悪口を言われるようなことを俺がした覚えは全くない。それなのに、どうしてこんなふうに背後から常に罵詈雑言を浴びせかけられなければいけないのだ。これはもう、異常な職場環境だと言ってもいいんじゃないだろうか。


 異常……。


 もしかして、これって俗に言う「幻聴」ってやつなんじゃないだろうか。俺は精神を病んでいて、それで聞こえもしない他人の言葉が聞こえるような気がしているだけなんじゃないだろうか。

 俺はその可能性に思い当たり、近所の心療内科を受診することにした。早速予約を取って、初診を受けてみると、やはり医者は俺のことを統合失調症の疑いがあると診断した。

 今後は、薬を投与しながら慎重に治療を進めていく必要があると言われた。仕事上の人間関係やストレスが原因になっている可能性があるため、職場の上司と相談して、できるだけ仕事の負荷を減らした方がよいともアドバイスされた。


 次の日、俺は工場長の所へ行って、自分の病気のことについて相談した。


「統合失調症にかかってしまったようなので、工場での作業中に幻聴が聞こえます。しばらく仕事を休ませて欲しいのですが……」


 俺の話を一通り聞いた工場長は、俺の目を見ながらゆっくりとこう告げた。


「それ、幻聴じゃないよ。みんな本当にお前の悪口言ってるよ」


 あんぐりと口を開けている俺に向かって、工場長はさらにこう告げた。


「マジで死ねよ、クソが」


 俺、病気じゃなかった。

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幻聴 さかもと @sakamoto_777

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