第5話

 昨年末に手術をした母はいま、全身の痛みと闘いながら、日々の生活を送っている。その痛みに耐えがたいとき、わたしにこんなことを言ってくる。


「死んでしまえれば楽なのに。ぽっくりきたいわ。全身が痛いのは治らないし。もうイヤ!」


 わたしは、母のためにも、実家にいる日を大幅に増やした。実生活を成り立たすために下宿にいるときも、できるかぎり母に電話をかけた。が、だんだんと母は電話を拒絶するようになった。

 いまは、音信不通――とは言わないまでも、電話をかけてくることも、こちらからかけることもなくなった。


 栄養剤の抜け殻を詰めた袋を捨てたあとに、ポストを確認すると、手紙が投函されていた。母からだった。頭が真っ白になった。母から手紙がくるということは、つまり……そういうことだろう。今度は、どんな不幸がわたしの家庭を襲ったというのだ?


 ――しかし、開封して読んでみると、想像していた内容とは大きく違った。

 私小説の性質上、大幅に内容を伏せなければならないし、表現をいくつか変えなければいけないが、大体こんなことが書かれていた。


 まだ誕生日ではないことは、もちろん知っています。でも、どうしてもいま、書きたくなったので、手紙を書きました。

 ――歳の誕生日、本当におめでとう。あらためて、こんなに大きくなったことにびっくりしています。頼りになる子に育って、嬉しいです。

 でも、最近は、とても苦労をかけていると思います。たくさん、つらい思いをさせていると思います。本当に、申し訳ないと思っています。

 けど、お母ちゃんは、洋のことを嫌ったり憎んだりしたことは、ありません。それだけは、信じてください。自分の子どもですから。

 あと、しばらく、こちらに帰ってこなくても大丈夫ですよ。自分のことに集中してください。でも、たまには顔を見せてくれると嬉しいです。

 あらためて、誕生日おめでとう。強く生きてくださいね。お母ちゃんと違って、まだ長く生きてくれると信じていますので。がんばってね。


「どうしてもいま、書きたくなった」――という文章に、寂しさを覚えた。

 明日があるかどうか分からないという切迫感が、こういう衝動を駆り立てるのかもしれない。そう思うと、よりいっそうの悲しみを覚えてしまう。…………


 書け、とにかく書け。

 ひとと比べるな、自分の書きたいものを書け、表現したいことを表現しろ、創作を愛せ――そう、こころのなかで何度も反芻はんすうしながら、パソコンに向かい打鍵を止めなかった。


 日向から、こんな連絡が入っていたことに、あとで気付いた。


《いろいろ考えて書いては消してたんだけど、結局これしか言えないわ。大丈夫。お前なら、大丈夫。俺たちは、つらいこと、悲しいことを、創作にしていこうや》

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驟雨に呻く蝋燭火 紫鳥コウ @Smilitary

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