第3話 勇者アドレア ブラックホール幼女となる
魔王の復活と魔物軍勢の南下。
その報は人類国家群を駆け巡り、聖王国の首都アレスポリスには各国から精鋭が集まっていた。
勇者選定のためだ。
アレスポリスには光神ルクシアの聖剣が存在する。魔王は闇神デネブラの加護に守られており、聖剣でなければ討伐はできない。
普段は選定の台座に刺さっており、引き抜くことができた者が神に選ばれた勇者となる。
魔王も聖剣を放置するはずがない。
魔王軍の南下はアレスポリスを襲撃するためだ。たとえ勇者に選ばれなくとも、精鋭たちは人類全体のためにアレスポリス防衛のために戦う。
これが古来より続く、光と闇の戦いなのである。
勇者は三日前に誕生した。
魔王軍の侵攻を考えればギリギリのタイミングだった。
現在、魔王軍を迎え撃つために勇者を旗頭にし、精鋭たちの人類軍として陣を敷いている。
その人類側の最高責任者である聖王国の王と光神教会の教主は今日も言い争っていた。
「本当に……本当ににアレが勇者なのか?」
「神の選定に間違いはありません」
「ドワーフだぞ?」
「種族は関係ありません」
「幼女だぞ?」
「見た目だけです。ドワーフの女性としては背が高いほうかと。ドワーフとして横幅が細いのは不安ですが。あと今年二十歳となる女性を幼女と呼ぶのは失礼かと」
「むっ……そうだな」
何度も同じ議論をしているがどうにも納得できない。
双方に疲労の色が濃い。勇者であることを肯定している教主からして、この三日間なんども神に問いかけている身だ。その度に『是』とだけ返ってくるのだから肯定するしかない。
ぶっちゃけ教主自身も信じ切れておらず、自分に言い聞かせているだけなのだ。
「種族、性別、見た目が関係ないのは余も理解しておる。されどあのアドレアというドワーフは……」
「勇者アドレアでございます」
「……勇者アドレアはどう見ても聖剣を抜いておらぬのだが」
「……けれど今も大地から引き剥がした聖剣を台座ごと振り回しておりますので」
各国の精鋭に聖剣を引き抜けなかった。
迫る魔王軍に焦った首脳陣は女子供にまで招集をかけて選定の儀を行った。その結果選ばれたのが、公園で子供と一緒に戯れていたドワーフの少女アドレアである。
ただ引き抜いたのであれば女子供ドワーフでもよかった。
けれどアドレアは聖剣を台座ごと引き抜いたのである。
もちろん剣は台座に刺さったままだ。剣ではなく巨石のついた鈍器である。前代未聞の事態だった。王も慌てた。教主も慌てた。
実は光神ルクシアも慌てた。神の力が力負けしたのだから当然だ。されど神に間違いはあってはならない。だから『是』と答えるしかない。
こうして勇者アドレアが誕生したのだ。台座付きの聖剣という鈍器を持った勇者が誕生してしまったのである。
「……来た」
勇者アドレアは空間を捻じ曲げる魔王の軍勢が現れるのを察知した。
次々現れる強大な魔物たち。多くは武装したゴブリンやオーガなどの亜人だが、巨大なトロルに一つ目の巨人サイクロプス。山岳竜マウンテンドラゴンなどの真竜に力は遠く及ばないものの竜種に数えられるレッサードラゴンの姿もある。
都市壊滅を覚悟しなければ追い払うことすらできない魔物の姿がゴロゴロしていた。
その中心にいるのが今代の魔王なのだろう。鱗に覆われた長く太い尾に巨大な飛翼。二足歩行するため太く短い両脚と長く鋭い鉤爪が輝く六本腕の異形。闇神の加護を得た太く黒い一角には膨大な魔力を溜め込んでおり、顔はドラゴンよりもカエルを彷彿とさせる巨大な口が特徴的だった。
誰もが思わず息を呑む。人類も精鋭揃いと言えど個の力ではどうやっても敵わない。まともにぶつかり合って勝機はあるのか。
そんな中で勇者アドレアだけはまっすぐに魔王を見据えて、駆け出した。
「それじゃあ王様。行ってきます」
「行くだと!? 待てアドレア! そなたの力量はわかっておるが、それは無謀だ!」
「あの魔王と距離を取って魔法戦挑む方が無謀。まともにぶつかりあって混戦になったら、いっぱい死んじゃうよ?」
「だからといって正面から挑むな馬鹿者!?」
勇者であることを否定していた王様だが、アドレアを蔑んでいるわけではない。むしろ心配していた。アドレアの容姿があまりに幼かったために、戦場に立たせていいものか苦悩していただけだ。
アドレアの実力も理解している。
戦うところを見たわけではないが、人類の精鋭がアドレアと対峙しただけで負けを認めたのだから、疑っているわけではない。
けれど見た目が幼女なのだ。
王様でなくても止めたくなる。
けれど事態は待ってくれなかった。
「王様、急いで防御陣を敷いて。魔王が口からなにか放とうとしている」
「なんだと!?」
王様すぐに指示を出す。けれど間に合わない。人類軍は精鋭。されど急造の寄せ集めだ。軍として魔法障壁を張ろうにも不完全だった。
このままでは守りの薄い場所から破られてしまう。
だからその前にアドレアが動いた。
遊び半分で振り回して台座付きの聖剣を放り投げ、背負っていた剣を抜く。
「あとで元の場所に戻すね」
「馬鹿者!? 聖剣を投げ捨てるやつがあるか!」
軍の頭上を跳躍して誰よりも前に出た。
その瞬間、戦場となる平原全て焼き尽くすような黒き稲妻が魔王の口が吐き出される。
アザレアはずっと鍛錬を続けてきた上段の構え。けれど、抜き放たれた剣は巨大すぎた大剣なまくらではない。一見すると普通の剣に見える。ロングソードではない。持ち運びしやすい短剣だ。
これは山岳竜マウンテンドラゴンの素材から生み出された魔竜剣どんがめ。打ったのはもちろん父親のダルドルフだ。
(聖剣は選ばれし勇者以外を拒むため持つことができないほど重くなるって話だったけど……やっぱりこのどんがめよりは軽いよね)
改めて思いを馳せるのはどんがめの重さ。
光神ルクシア。神の抵抗さえも軽いと感じさせる規格外の重さの魔竜剣どんがめ。その力を発揮するためには、同じくマウンテンドラゴンの素材で作られた山岳鎧が必要だ。そうしないと踏み込みで大地そのものが砕けてしまう。
光り輝く魔法陣。
掲げられた魔竜剣どんがめはどんどん巨大化していく。
どんがめは自由に形を変える。どこまでも固く重くなる。ただそれだけの魔剣だ。
それだけが恐ろしい。光をも歪ませる破壊の化身の登場に人類軍はもちろん、魔王さえも目を見開いて驚愕していた。
魔王の放った黒き稲妻に向かって、斬撃が振り下ろされる。
力の拮抗はなかった。
どんがめの一撃は黒き稲妻ごと大地を深く切り裂いたのだ。
一撃。
されどその一撃で力の差を理解できないモノはいない。
人類軍は畏怖し身動きが取れない。
剣先を向けられている魔王軍は茫然自失し、恐慌状態に陥るのに時間がかかった。
それよりも早くアザレアに二の構えが完成していた。
長く穿たれた地割れに沿うように走り、魔王軍に迫る。
構えは横薙ぎ。左側。地面と平行するように横になったどんがめは細く長い、あまりに長すぎる剣に姿を変えていた。
そして一閃が奔る。
空を飛べる一部の魔物と魔王は避けたが、魔物ほとんどが上と下に切り裂かれていた。
たった二撃で魔王軍は壊滅した。
たまらず魔王が叫ぶ。
「何者だ貴様は!? どこの神が介入してきた!?」
「私の名はアザレア。ただのドワーフよ」
「ドワーフ? 工作の小神ゴブニアごときがおこがましくも大神の争いに介入しようというのか!?」
「……うちの神様を貶したな三下。これで二つ目の大罪よ」
神速の構え直し。
魔王の前に迫っていたアザレアは振り下ろしの体勢に入っていた。
「馬鹿め! ゴブニュごときが闇神デネブラの守りを打ち破れると思うな」
魔王の嘲笑。
アザレアが構えているのはどんがめだ。
光神ルクシアの聖剣ではない。
魔王を傷つけられるはずがない。
はずがないのだが、どんがめが黒く染まっていく。
重力が光さえも飲み込み、闇よりも暗く輝いていく。
光神も闇神も抵抗できない純粋な暴力だ。
魔王は逃げようとした。本能が負けを認めたのだ。空間魔法で自分だけでも助かろうとした。
けれどアザレアとどんがめからは逃げられない。
重力の歪みが空間魔法も破壊する。
「ま、待て! なぜドワーフが邪魔をする!?」
「……私は今年で二十歳だったんだよね。理由あって二十歳までお酒を飲まないと決めていたの。最初の酒はお母さん手作りのニホンシュと決めてね」
「それがどうした!?」
「お前のせいで今年の稲作が潰れた。今年のニホンシュ制作も中止になった」
「だから!?」
「お前は酒を飲もうとするドワーフの邪魔をしたんだよ!!!」
振り下ろされた魂の三撃目。
闇神デネブラの守りごと魔王は文字通り消失した。
そんな一方的な戦いを見届けた人類は後世のために一つ法を創った。
アザレア法。
『ドワーフが酒を飲むのを邪魔してはならない』
異世界転生ロリドワーフグレートソード無双~魔王軍はブラックホール幼女の悪夢を見るのか~ めぐすり@『ひきブイ』第2巻発売決定 @megusuri
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