3
「着きましたね」
「はい、着きました。案内ありがとう」
「芝生はこっちだけど、どうかな?」
「おぉ、うん」
彼女は辺りを見回した。
「合格、です」
「良かった。えっと、寝っ転がるの?」
「そうそう。レジャーシートを持ってきました」
「えええっ」
「どうしてそこまで、とお思いでしょう」
「はい」
どうしてそこまで。
「今日は何月何日?」
「えっと、今日は、12月14日?あ、違った、もう15日だった」
「正解。今日は、ふたご座流星群が見られる日なの」
「えええっ」
「曇らなくて良かった。さ、見ましょう」
彼女はさっさと広げたシートの上に横になった。ぎこちなくその隣に寝転がる。
***
「…………えっ!? もしかしたらと言うか、もしかしなくても今のは流星?」
「そうそう」
「おおぉ……。僕、生まれて初めて見た……。えっ初めて? 初めてだよね?」
「そうなの?」
彼女はくすくすと笑っている。
「なんでそんなに落ち着いてるの? 初めてじゃないから?」
「ううん、大丈夫。ちゃんと落ち着いてないよ。初めてじゃないけど、じんわりしてる」
そう言う彼女は、やっぱり落ち着いている。それにまだ笑っている。
「ふたご座流星群はねぇ、毎年この時期に見られるんだよ」
「えっそうなの? 何年に一度とかじゃなく?」
「うん。もちろん雲が出てたら見られないけど。私は大体毎年見てるかなぁ」
「“毎年”って、いつから?」
「えーっと」
「うわぁぁ」
「また見えたね。一時間に20個くらい流れるらしいよ」
「一時間に20個って、つまり平均すると3分に1個じゃないか!」
すごいな。
「すごいよね」
「うん。僕、今、素直に感動してる」
「良かった。今日は結構見えてるほうだと思う。何分も待たなきゃいけない場合もあるから。私は、中学の頃から見てるかなぁ」
「そんなに前から」
「うん。それに、ふたご座流星群だけじゃなくて。ペルセウス座流星群もほぼ毎年見てる」
「えっ」
「そっちは8月の半ば頃かな」
「なんてことだ……。今まで知らずに生きてきた。でもそんなに見てたら、ありがたみもなくなるもの?」
「ううん、そんなことないよ。こういうのは、何回見てもいいものだよ」
「そうか。そんなものかな」
それにしてもなんてもったいない……。
「いいな。こんな習慣を続けてるなんて。すごくいいね」
「そうかな。ありがとう」
「何か、願い事する?」
「流れ星に?」
「うん」
「しないよー」
「そうなの?」
「うん。だって、星は、星だから。願いを叶えてくれるためにあるものじゃないから」
「そっか」
「うん。おかしい?」
「いや、おかしくない。むしろ、カッコいい」
「そう?」
「考えてみれば、願いを叶えてくれるなんて、人間の勝手な決め事だからなぁ」
「うん」
「おおぉ」
何度見ても感動してしまう。
「いいなぁ。流れ星。本当に、いいなぁ」
「うん」
「願い事は、自分で叶えられたら一番かな」
「そうかもね」
僕の、今の一番の願い事……。
「僕の願い事は」
「うん」
「えっと、これは、多分そう何度も言わない」
「え? うん」
「君の。君とずっと一緒に」
「あなたとずっと一緒にいたい」
え……。
「あなたとずっと、一緒にいたい。こうやって、何度も、何年も星を眺めたい。一緒にいろんなことを話して。一緒に散歩をして。冬も、春も、夏も、秋も。あなたの毎日に溶け込みたい」
「……うん。僕もだ。えっと……出し抜かれてしまった」
「うん。先に言われたくないと思って」
彼女はこちらを見て静かに笑った。
……眠れない夜は、一緒に話して。散歩して。星を見て。劇的に何か問題を解決したり、驚くような奇跡を起こしたり、そんな大きなことをしなくても、こうして僕らは、また明日へ向かって行ける。
「……今さ、こうやって、流れ星を見に来て、たとえひとつも見られなかったとしても、僕はきっと満足だと思う」
「そうね。いや、そうかな? 本当に?」
「うん、本当に。君もそうじゃない?」
「そうね……。きっとそう。ありがとう」
「願い事、叶えよう」
ああ。
なんて、
なんて綺麗な夜なんだろう。
「ねぇ」
「うん?」
「夜に、当てられてない?」
「えっと、夜特有の雰囲気に呑まれてないかってこと?」
「そうそう」
「いいんじゃないかな。多分、そういうのもアリだよ」
「そう、ね」
***
「じゃあね」
「うん、おやすみ」
「おやすみなさい」
遠ざかっていく彼女が、ふと振り向いた。
「ねぇ」
「ん? どうしたの?」
「……ううん、やっぱりなんでもない」
「おやすみなさい」
「うん」
「おやすみ、なさい」
彼女の姿と足音が遠ざかり、やがて夜に溶けていった。
fin.
ひそやかな夜 イチカ @fuzokujo
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