第8話



「――バトルドレス、メタモルフォーゼ!」


 俺の口上に呼応して、光の渦がなつめとまりかを塗り替える。

 イギリスのカレッジを思わせるモカブラウンのブレザーは、フリルとリボン、そして星に彩られた可憐でド派手なセーラー服へとコスチュームチェンジされていく――!


「なんですかこれ、コスプレ……?」

「え、なになに、超可愛いじゃん!」


 俺が咄嗟とっさの判断で魔法少女の妖精さんを気取ったのも、あながち間違いではなかったのか。それとも、気を利かせた勇者アストティティアがそれっぽく寄せてくれたのか。いずれにせよ、まりかはさておき、なつめの士気はぐんと向上しているらしかった。


「とにかく、これで戦えるってわけでしょ? ――なら、」


 なつめの手の平に、光が収束する。華やかな意匠を湛えた剣を、くるりと一回転。


「さっさと片付けちゃいましょ!」

「同感……!」


 まりかの手にも光の盾が生まれ、二人は一気呵成いっきかせいに魔王の眷属の包囲網へと駆け出した。


「はああああああああ!」


 踏み込みは深く、動きは軽く。魔王の眷属達の爪撃を紙一重でかわしつつ、なつめの剣戟けんげきは情け容赦なく敵をほふっていく。

 鋭い剣のひらめきは、稲妻のごとし。今もまさに、すれ違いざまの真一文字が魔物を切り裂いていった。


「ふっ……!」


 なつめが疾風迅雷の一撃ならば、まりかは対称的に重く、力強い一撃だった。大ぶりの盾は、それだけで光の力の塊だ。それが一転、防御としてではなく攻撃として振るわれるのだから、魔王の眷属にとっては一撃必殺の威力なのだろう。脅威として明白だった。

 獲物ではなく、敵対者として立ちふさがった二人の攻撃は、まるで舞踏のように華麗で苛烈だった。


「最後の!」

「一匹ッ!」


 鏡の月よりも力強く闇を照らして、最後の魔物を双撃が撃ち抜く。


「す、凄い……凄い凄い!」


 ――新たな魔法少女ヒーローの誕生に、俺は呆気に取られながら見惚れていた。

 それこそ、興奮を禁じ得ないくらいには。


「あんなにいた魔王の眷属を全部! 凄いよ! 全然目じゃないって感じだ!」

「アンタ、語尾はどうしたのよ。『~だロン』ってあれ」

「あ……ろ、ロン!」

「あははは! 変なの」

「それより、大切なことを訊かせて。これで学校は元に戻るの?」


 まりかの言葉は、舞い上がっていた俺をたしなめ、見定めるべき現実へと引き戻すに足る冷静なものだった。勇者アストティティアの答えを、そのまま復唱する。


「……まだ駄目ロン。ここが異世界の魔王城に変わってしまっているなら、魔王と、その配下の魔王三将軍も現れているはずロン。今日はひとまずゲートを開いて帰れるけど、そいつらを倒すまで平和は訪れないロン……」


 魔王と、その配下の魔王三将軍。この学校を魔王城に変えている要石のようなものか。道のりは辛く険しいものだとうかがわせる。


「……そっか。そううまくはいかないか」

「千里の道も一歩から。とりあえず今回は戦えるようになっただけでも、十分な成果だと思う」

「それもそうね」


 そう言ったところで、「……それで、」とまりかは切り出した。


「この状態って、なんて言うの?」

「?」

「これよ、これ。この変身した姿」

「え」


 マズい。なにも考えていなかった。

 ここまで饒舌じょうぜつだった勇者アストティティアも『特に名称はない。自由に名付けてくれ』とハシゴを外し、毛並みに冷や汗が伝う。じっと見つめてくるまりかを、図らずも見上げる構図となった。


「え、え~っとぉ……」


 まりかの肩の向こう――夜空には、星が輝いて見えた。こんなにも変貌へんぼうしてしまった世界でも、星空の明るさは変わらないのか……と思った時、天啓が舞い降りた。


「す、」

「す?」

「スピカ! スクール・スピカだロン!」


 闇に包まれた学校を照らす、春のおとめ座の星――ちょっと詩的だが、少しくらいロマンチックな方が箔がつくだろう。魔法少女のネーミングとは、大概がそんなイメージであるし。


「ふ~ん……ま、いいんじゃない? 個別にはなんて呼ばれるの?」

「ぷ、プリティースピカと、トゥインクルスピカだ、ロン……」


 流石さすがにそこまで訊かれるのは想定外だったが。


「ダサくないです……?」

「えー! いいじゃない、平成レトロって感じで」


 俺のセンス、平成レトロなんだ……これがジェネレーションギャップ……。


「とにかく!」


 なつめが俺を抱き上げる。腕にすっぽり収まった様から、本当にマスコットキャラになってしまったのだと痛感する。

 そんな俺に、なつめは満面の笑みを浮かべた。


「これからよろしく、ヒロン! アタシの名前は、茨砦なつめ!」


 ……やり直したいと思ったところから始まったこの関係だったが、よもや異世界の勇者とやらの手によってマスコットキャラと化し、二人は魔法少女となってしまったとは。相応の対価と呼ぶには、高い買い物だったと思う。


 ――だが、


「よろしく! ……ロン!」


 この笑顔が見られたのなら――苦労も少しは報われただろう。


「ほら、アンタも。同じクラスの栗檻まりかでしょ? 挨拶しなさいよ」

「……ない」

「?」

「あなたには協力しない。わたしは一人でやる」

「えっ」


 ――そうして、スクール・スピカは結成早々、前途多難な始まりを迎えたのだった。





――――――――

パイロット版は以上となります。

完成まで今しばらくお待ちください。


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【パイロット版】双つ星のスピカ(仮題) 羅田 灯油 @rata_touille

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