魔力なしのミーレス

 ゲリューンを倒したことで、黒い膜はなくなり、ネモとユファはサークルから出た。観客たちがざわめいていたが、気にしても仕方がないだろう。


「後で、治療してもらおう」


 ユファが神妙な面持ちで左腕を見てくる。ネモの指先から肘あたりまで火傷になっていた。


「動かせる、平気だ」


 左腕を振るネモに、ため息が吐かれた。


「顔の傷も放置のせいなのかな」

「さぁな」


 通用口を抜けて、廊下に出ようとしたところで足を止める。

 聖女フォワとフリートが待っていたのだ。その後ろに何十人もの兵がいる。


「倒したのですか、あのモンスターを」


 フォワの問いに、ユファは肩をすくめて親指でネモを示す。


「ネモがね」


 フリートがネモに駆け寄る。そして、頭を胸にぶつけてきた。


「お嬢」

「ユファさん、なぜネモに腕輪がないのですか」


 肩を震わせながら、フリートが問いかける。


「なぜ、左腕をやけどしているのですかっ!」


 顔を上げるとユファを睨んだ。体を震わせ、唇を嚙んでいる。


「ゲリューンの狙いがユファだったからだ。腕輪は渡した」


 ネモは右手でフリートの肩を叩く。


「ゲリューン? あのモンスターの名ですか」


 フォワの問いに、頷く。


「あいつ、喋ったんですよ。名乗ってました」

「やはり、ただのモンスターではなかったようですね」


 フォワは何やら思案顔のまま、ネモに近づいた。


「失礼します」


 ネモの手にさらりと触れる。それだけでネモの左腕は完治していた。後ろの兵たちがざわめき、ネモも驚愕して己の腕を見る。


「ユファを守ってくれたのですね。心から感謝申し上げます」

「気にすんな。獲物を横取りしたようなもんだ」


 フリートが頭を下げる。


「ありがとうございます、聖女様。あなたのミーレスへの無礼な態度、謝罪させてください」

「いえ、あなたの怒りは最もです。ミーレス・ネモ。自分の体はいたわるように」


 ネモはフリートを見る。不安げに瞳を潤ませて、俯いている。


「肝に銘じておきます、聖女様」


 フォワは満足げに頷いた。


「フリートさん」

「はい」


 姿勢を正して、フリートは返事をする。


「貴女のミーレス。借りることがあるかもしれません。いずれ、心強い味方となるかも」

「聖女様のお力になれるのであれば」


 フリートは頭を下げて、了承の意を示した。


「……では、兵と共に私は調査に行きます。あなたがたは寮に戻って休むこと。そのうち事情聴取されるでしょうから……ユファ、ついてきなさい」

「はい」


 フォワはユファと兵を引き連れて、ゲリューンの亡骸があるサークルへ向かう。


「お嬢様」

「何かしら」

「心配してたんか」


 眉をひそめられる。


「アナタね、当たり前じゃない」

「心配すんな」


 ネモはフリートの頭に手を置く。


「俺は強えからな。ちゃんとお前さんを守るさ」


 微笑みかける。

 フリートは呆けた後、顔を真っ赤にした。


「……約束よ」


 フリートはネモに歩み寄る。そして踵を浮かせた。

 左頬の傷に、キスをされた。


「ワタシのミーレスさま」


 いたずらっぽく、子どものように。

 フリートは言った。




 しばらく学園は休みとなった。決闘祭にモンスターが乱入してきたということで安全性の強化をするらしい。あれからネモも事情聴取を受けたが、大して時間を割かれることはなかった。まぁ、詳細不明でしかないから、だろう。


 フリートは紅茶を飲みながら、ネモを見る。


 寮内のフリートの部屋。その円形テーブルで二人とも座っている。ネモの目の前にもカップが置かれており、湯気がのぼっている。


「――おいしいわ」


 ネモはほっと胸を撫でおろす。


「茶葉のおかげかしら」

「良さげなの買ってたしな」

「……冗談よ、アナタがちゃんと成長したのよ。ほら、飲みなさい」


 ネモはカップを見てから、おそるおそる取っ手に指を通し、持ち上げる。そうしてゆっくり口をつけて、一口飲んだ。

 瞳の色が変わる。


「よくがんばりました」

「も、勿体ないお言葉」


 ぎこちない言葉遣いに思わず笑ってしまう。


「楽にしなさい。外じゃないんだから」


 本当なら庭でティータイムなど楽しみたかったが、決勝祭で優勝してからというもの、ネモは注目されがちだ。あわよくば誘惑しようとする女生徒もいる。


 強さは生物の優秀さを示す情報として、わかりやすい。女性に瞳にネモの姿が魅力的にうつってしまったのも仕方がないことだ。顔も良い。


 フリートにとっては非常に腹立たしいことだ。


「……ずっと聞きたいことがあったのだけどいいかしら」


 テーブルにカップを置いて、フリートは尋ねる。


「アナタ、本当は記憶喪失なんてなってないんじゃない?」


 ネモの雰囲気が変わる。まるで別人であるかのように。


「どうしてそう思うんだよ」

「確かに、アナタはここの常識を知らなすぎるわ。でも、違う常識を持っている感じがするもの」


 ネモはずっとネモの価値観に基づいて行動していた。フリートが教えたここの常識と知識で多少物の見方が変わったのかもしれないが、それでもネモという個はある。


 個というものは長い人生の経験で成り立つ。

 失った者にしては、中身を感じるのだ。


「……あったらどうする?」

「どうもしないわ。気になるだけ」


 ネモは目を瞑って、息を吐く。


「お嬢様の言う通りだ」


 さらりと、答えられた。


「本当の名前は?」


 記憶があるのなら、フリートが与えた名前ではない、本来のものがあるはずだ。


「ネモだが」


 だというのに、ネモの答えはフリートの望んだものではなかった。


「ワタシがあげたものじゃなくて、拾う前の名前」

「犬に食わせた」

「犬?」

「あぁ。犬が食っちまったから忘れた」


 教える気はなさそうだった。


「……帰りたいとか思わないわけ」

「例えば、異世界から来たって言ったらどう思う」

「ありえなくはないわ」


 フリートは断言した。


「ワタシたちは裂け目がどこに繋がってる・・・・・・・・か知らないもの」


 モンスターの出どころがわからない。逆に言えばどこから来ていてもおかしくはない。

 そしてそれが、モンスターだけとは限らない。


「だからモンスターのように、ネモは何かの裂け目が出来て、それをくぐってやってきたのかも」


 ネモは驚いたように目を開いて、それから口角を上げた。


「……へっ」


 立ち上がって、それからフリートの隣で跪く。


「元々流浪。旅人の身だ。帰る場所なんざ、お前さんのとこしかねえよ」


 胸に手を置く。


「俺はネモ。フリート・モンスお嬢様のミーレスだ。そんで十分だろ」

「アナタはそれでいいの」

「それがいいんだ、お嬢様。これからも頼むぜ?」


 ネモの瞳には、フリートの姿だけがうつっていた。




『魔力なしのミーレス』 




──────


ここまで読んでいただいてありがとうございました。


一応こちらで完結となります。

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魔力なしのミーレス 月待 紫雲 @norm_shiun

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