死中に活
「あっちぃ!」
叫びながら地団駄を踏む。
振り返ったゲリューンは困惑を見せた。その首には刀が刺さったままだ。
「あちち。かすっただけだろうがッ」
急いで炎に包まれた靴を脱ぎ捨てる。ついでにベストを脱ぎ、シャツとズボンの袖をまくり上げる。
「避けた、のか?」
「おうよ」
腰に手を当てながらネモは頷く。柄を踏んで炎から逃げた。
普通の刀だったら曲がるところだが、ネモの刀は流星より作られたとも流星から見出されたとも言われている。一度も歪んだり刃こぼれしたことはない。それをいいことに無茶な使い方をしてきたが。
「それで、退く気は起きたか?」
刀を首から抜きながらゲリューンが問う。
「これが退く気のある男の顔に見えるか」
「武器を失った。勝ち目はない」
「いくらでもやりようはあるぜ」
ゲリューンは静かにユファを見る。ユファはただ黙って戦況を眺めてるようだった。
「加勢しないのか」
ゲリューンの問いにユファは首を振る。手首には腕輪があった。
「手を出したらボクが恨まれる」
ため息を吐きながら、そう言われた。
「そうか」
刀が無造作に投げられる。ネモの目前まで来たそれは手元に戻る形となる。
「名乗れ小僧。貴様との一戦、土産話にはなろう」
ネモは鞘に刀を納める。
「いいのか、シュミ優先で」
「危険性が一番高いと判断したまで……ということにしておけ」
「いいシュミだ。地獄であったら酒飲もうぜ」
酒瓶を持つ真似をして、高く掲げる。それからいつも通り柄に手をかけた。
ニィ、と笑う。
「……やぁやぁ、我こそは!」
声を張り上げる。刀を抜く。
「男爵令嬢フリート・モンスのミーレス、ネモなり!」
刀をゲリューンに向ける。
こんな名乗りなぞしたことはない。だが、それでも名乗りあげたのは今の自分には主君がいるからだ。
そして、己は主君の剣であるからだ。
「いざ推して」
ただ戦うだけだったネモに、フリートが与えてくれたもの。ネモの、戦う為の意義。戦う以外の意味。
「参るッ!」
ネモに芽生えたもの。浮かびつつあるもの。それを胸に、ネモは突貫した。
紅蓮の中で笑う様は、どちらがモンスターかわからなかった。
ネモは全ての技術と身体能力で紙一重で避け続け、ゲリューンに確実に攻撃を当てていく。
しかし悲しきかな。ネモの攻撃はゲリューンに通じない。フルプレートメイルのような体がそれを許さない。
ただの人間にゲリューンは倒せないだろう。おそらく知能のある上位の存在だ。
伝説上のモンスターは全て、災厄のような存在であった。嵐にたったひとりで立ち向かえる人間がいようはずもない。
だからこそ人は結束し、魔力操作技術を磨き、身体能力強化と魔法という
、嵐を打ち払う力を得たのだ。ネモのあれは嵐の中で踊るような、イカれた行為でしかない。
拳を握りしめる。
なのになんで、こんなにも惹かれるのか。
「不思議だ、キミは」
少しでもかすれば致命傷だというのに。ただひたすらに剣一本で戦っている。その姿が絶望的な状況にも関わらず、希望を魅せてくれる。
「……なぜだ」
猛攻を続けながらゲリューンの疑問が響く。
「魔法をなぜ使わない」
「そんなもん知るか」
「魔力をなぜ使わない」
「知るか、そんなもん」
ゲリューンがたじろぐ。野蛮人に出会った知識人のように。
「剣が振るえりゃ、あとは気合と根性よ!」
「──化け物か、貴様ッ」
飛び上がったネモが、右手から左手に刀を持ちかえる。そして逆手持ちにして、剣を振り下ろした。
「──左型、激流、下り!」
スパン、と。ゲリューンの兜に切れ目が入り、そこに鞘の抜剣攻撃が入る。
ネモは鞘による打撃の衝撃で距離を取った。ゲリューンは後退した。
兜が落ちていた。ゲリューンの兜があった空間に炎が噴き上がる。
「結局顔は、その腹んやつか」
「兜の中に顔があると思っていたのか」
「いいや」
ネモは鞘を腰に戻す。
「割れるか試しただけだ」
「……試した?」
「おう。割れるんなら
沈黙が流れる。
「……はは。ガハハハ!」
それを破ったのは、ゲリューンの大笑いだった。大剣を地面に突き立て、腹を抱えて笑う。
「最期に貴様に出会えて良かったわ!」
「そりゃどうも」
「……なればこそ最大の敬意を持って我が最強の一撃で葬ってやろう」
大剣を上に向ける。牙が剥き出しになり、口を開けた。上下の牙に稲妻が走り、青白い巨大な刃を形成する。サークルの端まで届くような巨大な剣。
「この一撃、受け切れるか」
「やりゃわかる」
柄頭の辺りを持ち、右脇で構える。
確かリヒトに使っていた、左型一文字という技だ。
しかしそれよりも姿勢は低く、身も縮こまらせている。背中も相手に見せるのではないかというほど身をねじっている。
似ているが、別の技だ。
「ティール・ハンマー!」
「──雪花、一閃」
振り下ろされる雷剣。ネモに避ける術はないだろう。なればこそ、ネモは逆に突っ込んでいった。
雷剣が晴れると、そこには腹の牙を砕かれたゲリューンと、剣を振り切り無傷で立つネモがいた。
技の挙動とは、常に攻防一体である。優れた技とはそういうものだ。
攻撃を受けられたら、返されたらに常に備え、互いに読み合い、競い合う。
しかしこれはそれを無視した一撃だった。
雪花とは字にもある通り雪。儚くとけていく、短い命。
外れれば死が待っている、そんな思考の技を「四門」とした。
愚か者と罵られた。そんなもの、何になるのか、と。
「――無論、今この時の為よ!」
砕けた牙の先に見える炎を見て、ネモは左片手突きを繰り出す。
「ぐおぉ……!」
炎に刀を突っ込んだだけだが、ゲリューンが腹を貫かれたかのように苦しんだ。
「そうだよなぁ、炎だろうがてめえの中にある炎だ、大事なもんだよなぁ!」
深く深く突き刺す。胸の目が見開き、血管が浮き出る。
「ごぶっ」
最初の不意打ち以外、一切口を開いての火炎をしてこなかった。それはつまり攻撃されてはまずい部位ということだ。
「ふはは、はは」
力なくゲリューンが笑う。そしてネモの左手を掴んだ。
「……貴様の勝ちだ。しかしこれも戦、道連れになってもらう」
炎の純度が増すのがわかった。元々熱を感じていた左手が、焼けるようだった。
「何するつもりか知らねえが……」
ネモは刀から手をはなすと拳を握りしめる。そしてゲリューンの体を引き込んだ。
足首を蹴り、相手のバランスを崩して己の背中を地につける。
「あの世には、てめえだけいきやがれ!」
力任せに、己の左手なぞ引きちぎられようがお構いなしに、刀の柄頭を蹴った。
深く刀が炎に刺しこまれ、鎧の裏まで到達したのか、鉄の歪む音が響く。
「オォオオオ!?」
ゲリューンの体が宙に浮き、衝撃と痛みに耐えられなかったのか左手から手が離れた。
大地からゲリューンが追放される。
そもそもネモの身体能力は並外れている。鎧を蹴りとばすことくらいワケはない。
そしてネモは素早く身を返すと立ち上がって走り出した。
程なくしてゲリューンの体が大地に叩きつけられ、背中からネモの刀が飛び出す。
「ごぶっ……!?」
ゲリューンの手足が一瞬跳ね、それから力なく伏せた。
「……見事」
「お前さんもな」
「ふはは。存外、幸福だったやもしれん」
ゲリューンから炎が消える。文字通りの命の灯火だったのだろう。
「──勝った」
ユファの呟きに、ネモは頷く。
「おう、怪我無いか?」
ユファは目を見開いてネモを一瞥した後、ため息を吐いた。
「無事ですとも。とっても」
腕輪をみせて、手をひらひらさせる。
石はまだ健在であった。
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