乱入者
重い沈黙が訪れる。
その場にいる誰もが、現実を受け止められないようだった。
ユファは全身の力が抜け、剣を下ろす。腕輪の石は砕けていた。
つまりネモの勝利である。
観客席で見守っていたフリートは、高鳴る胸を抑え、緩んだ頬をひくつかせた。
勝った。
魔力なしのミーレスが、剣聖の弟子に、勝った。
興奮が収まらない。ましてや、男爵家のミーレスが、聖女のミーレスに勝ったのだ。最底辺が最高峰に、力を示した。その事実が、ネモの姿が、まるでおとぎ話に出てくる騎士のようで心が踊る。
帰ったらどんな言葉をかけたらいいだろうか。
フリートは頭を悩ませながら、勝者の宣言を待った。
ネモはゆっくりと刀を鞘に納め、そして。
ユファを蹴り飛ばした。
刹那、上空から落雷が降った。
否、雷にみえるものが落ちた。それはユファがいた場に、つまりネモがいた場に落ちていた。
煙が発生し、中央が見えなくなる。
「ネモ!」
思わず叫んだ。
煙が晴れる。ユファを庇うように屈み込んでいるネモ。
その視線の先には赤黒い鎧をまとったモンスターがいた。
モンスターとわかったのは胸部分に鋭い目があるのと、腹部に巨大な口が見えたからである。
上空を見ると巨大な裂け目ができていた。それも魔法陣が穴を塞ぐように展開されると、一瞬で閉じる。
聖女の、恐らくフォワの魔法だろう。
「モンスター!?」
「ここは学園よ! 聖女様がいるのに」
赤黒い鎧のモンスターが手をかざすとサークル内が黒い膜で覆われ、何も見えなくなる。
「ネモ! ネモ!」
フリートは何度もネモの名前を呼ぶが返事が来ることはない。
「お願い、無事でいて……」
フリートにできることは祈ることだけだった。
ネモは立ち上がり、腰に刀を差す。
目の前の面妖なヤツと対峙し、ユファを庇うように立つ。
「ヤツはモンスター!? 見たことないぞ。しかもフォワ様がいるこの学園で!?」
「いるんだからしゃあねえだろ」
相手は馬でも斬るのかと思うほどの大剣を地面に突き立てている。まるで意思があるかのように刃の中心が裂け、
「誰だ、名乗れ」
「ちょ、モンスターなんだから話が通じるわけ」
「……ゲリューン」
腹の口が開くまでもなく、歯をむき出した笑みを浮かべたまま、声が響く。
「魔剣士ゲリューン」
「モンスターが、喋った……」
驚きのあまり呟くユファ。ネモは腕輪を外すとユファの方へ投げた。
「え?」
「つけろ。一度だけでも致命傷避けられるのなら、つけとく意義はあんだろ」
「……キミはどうするつもりさ!?」
ネモは目を細める。ゲリューン胸の目が、ユファをにらみ続けている。
「狙いは、消耗した剣聖の弟子ってか」
「そやつは世界の脅威だ」
太い指がユファに向けられる。
「はん、てめえの世界の、だろ」
裂け目の向こう側がどこに繋がっているかは知らないがモンスターが来るのだからモンスターの世界があるのだろう。
「本当は聖女を殺したかったがな」
「なら行きゃいい」
「守りが厳重だ。最も邪魔になる存在。それを消さねばならん」
「それがユファか」
「然り」
大剣を持ち上げる。
「隔離できる状況が限られていたのでな。狙わせてもらった。万全でないのは残念だが……」
大剣をユファに向けた。
「命に換えて、討ち取らせていただく」
「生き残るつもりはねえみてえだな」
「用意されたのは死地への片道だ。時間もない」
「の割には喋るな」
「最期なのだ、味合わせろ」
「へっ、気に入った」
ネモはゲリューンと対峙する。
「ネモ!」
「腕輪はつけたか」
「死ぬつもり!? どう考えても普通のモンスターじゃない! それに狙いはボクだ」
「いいから腕輪をつけろ。負けたんだから譲れ。こんな強いヤツ滅多に会えねえ」
滲み出る殺気。向けられる決意。肌がピリピリとする感覚。
久々の
「ゲリューン。俺が相手になってやる」
「退け、剣聖の弟子にしか用はない」
「退かせてみろ」
ネモは駆ける。そして、ゲリューンに突っ込んだ。
抜刀する。
ゲリューンの大剣が中心から分かれて大口をあけた。ハサミのごとく、ネモの首をはねようと、その顎を閉じる。
ゲリューンは雑草でも刈るように冷静だった。
「へへっ。妖刀ってか」
閉じる間際、飛び上がる。そして牙を踏んで刀を振るう。
寸分違わず鎧と兜の隙間へ刀を入れる。
「……やった?」
後ろでそんな声がした。
ガチリ。
兜が前に傾いて隙間を無くす。刀ははさみ込まれ、動きを止められる。
「サヨナラだ」
腹部の口が大きく開く。地獄の釜の蓋でも開けたように、そこには炎の塊があった。
「やべ」
ネモの言葉は、吐き出された炎によって消し炭となった。
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