開眼

 こちらの方が圧倒的に有利のはずだ。負ける要素なぞないはずだ。しかし、ネモがまるで有利かのように立っている。


 ネモは刀を引き抜き、両手で持つ。


 ユファは手を地に付けると、猫のように姿勢を低めた。そして、全力で走り出す。何もかもを置き去りにして、ネモを斬りつけようとする。


 涼しい顔で避けられた。だが、必殺を狙った一撃ではない。壁まで突進すると、足を前に出して、壁に足をつけた。

 そして、跳ぶ。何度も壁を蹴って加速し続ける。何度も斬るが、避けられ受け流される。


 己の最高速度まで達したところで突きを出そうとしたが、足を床に突き立てて全力で止まった。


 ネモの眼前ギリギリで止まる。ネモの刃は正確にユファの首を捉えていた。止まらなければ斬られていただろう。


 ふらふらと後ろに下がり、それから斬りつけた。


 まるで嵐のように剣が舞う。火花を散らし、激しく金属音を響かせる。


 斬り合っているとわかる。


 自分が斬られるビジョンが浮かんで、何度か振るえなかった剣がある。なのに相手は一度も戸惑っていない。全て織り込み済みだ。


 全力で振るい続ければ、相手は追いつけなくなる。それは確信としてある。


 だというのに、全力で振るい続けられない。どんな熟練者相手にも隙なぞ認知される暇もない、連続攻撃だ。もし全く同じ戦闘スタイルと強さを持つ相手がいたとして、ユファ自身ですら隙を見出すことはないだろう。


 どこから隙を見出してるのか、この男は。しかもまだ目を瞑っている。


「――表」


 ネモの呟きに全身が警笛を鳴らす。繰り出されるは上段の振り下ろし。体が反応して後ろに跳んで避ける。


「虎返し」


 刃が、返される。

 斬り上げが襲ってくる。ユファは剣を振り下ろして対抗した。身体強化によって力は完全にユファの方が上だ。


 弾かれた。


 理由はわかっている。こちらは後退しながらの苦し紛れの一撃だが、相手は全身のバネを利用しての攻撃だからだ。

 だから、だが。

 でたらめだ。


 ユファは全力で距離をとった。追ってこないネモを警戒しつつ、汗を拭う。


「はぁ、はぁ……」


 ネモが目を開けた。


「やっと、本気かい」

「ずっと本気さ。目じゃ追えないってんなら目で追う必要はないだろ」

「けど目に入ってくる情報は膨大だ、それを閉じる理由なんてない」


 相手の構えや踏み込み、周りの地形。それを把握できる目を、あえて見えなくする必要はないはずだ。

 しかし、ネモはそれで対処した。


「使わない情報なんて拾う必要はねえんだよ」

「じゃあ、なんで目を開けたの」

「もう追える」


 無意識に剣を握る力が増す。


「ユファ」

「なんだい」

「楽しいか?」

「……楽しく、ない」


 わからない。


「なんで楽しくねえんだ。強いやつと戦えるってのは面白ぇもんだろ」


 ワカラナイ。


「わかんないんだよ、キミがなんで強いのか、なんで魔力なしでボクに追いつけてるのか」


 頭がもやもやする。混乱して、どうしようもない。

 それがたまらなく、気持ちが悪い。


「単純だ。俺は別にお前さんに追いついてない」

「は? じゃあなんで戦えてるのさ」

「追いつくつもりがないからだ」

「どういうことさ」

「俺は俺の戦い方をしてる。お前さんと張り合ってるわけじゃねえ。速さを競ったわけでもねえし、力でねじ伏せたわけでもねえ。剣を視て、予測して、打ち込みに対応しただけだ」


 ネモは肩をすくめた。


「振り切れよ、ユファ。答えはもっと単純で、思ったほど大したことじゃない」


 左手に剣を持ち、片手突きの構えを取る。


「頭ん中空っぽにして、一番好きな技で来いよ。きっと応えて・・・くれるさ」


 口角を吊り上げる。


「準備ができるまで、いくらでも待つぜ?」


 ユファは魔力の身体能力強化を解除して、構えも解く。

 深呼吸をする。無駄な思考や疑問を排除して、思い出す。剣聖おじいちゃんから教わった技の全てを。


 褒めてくれて、笑ってくれて、自分でも上達することが喜びだった、幼き日のころを。


 剣を振るうだけで楽しかった。次教わる技は何かとワクワクした。


「すう」


 剣を背中に構える。


 貴婦人の構え。


『ワシのとっておきじゃ。ヒミツじゃぞ』


 いたずらっぽく笑う、剣聖の姿を思い返す。


 剣を背中に隠すようにして構える、超攻撃的な構え。それから剣にゆっくりと魔力を馴染ませる。


 風が吹く。


 剣が光を放ち、周りの空気をざわめかせる。


 ――どうして強い相手にワクワクしたのか。


 それはきっと、剣が好きだったから。存分に自分の好きを表現したかったから。


 目の前の相手は、真剣な表情で待っている。


 刃を延長させるでもなく、魔力の奔流を生み出すわけでもなく。ただひたすら一撃を高めるために、魔力を集中させる。


「準備はできたか」

「……うん」

「なら、行くぞ」


 姿勢を低くする。

 ネモも同じだった。


 そして、同時に踏み込んだ。


 ネモが左片手突きを放ってくる。それを正確に目で捉え、剣を振り下ろす。瞬間的に魔力を体に巡らせると、身体強化を施した。


 突きを止める。


 相手の峰に剣を巻き込ませて拘束する。ユファの脚元まで、ネモの剣を引きずり込んだ。そこから斬り上げで首を狙う。


 ネモの口角が吊り上がる。


 剣から硬い感触が伝わってきた。


 鞘だ。


 ネモは逆手持ちにした鞘でユファの剣を防いでいた。鞘で突き上げて剣を上方にそらされる。


 左手を引き戻される。


 再度の左片手突き。己の剣は鞘に巻き込まれて戻せない。手を離して格闘で防ぎに行きたいが、鞘が予想外だったために反応が遅れる。


 そして。


 石が砕ける音がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る