親心

犬飯右幻

第1話

10月7日

人に興味ないんだろ。実際のところ。

進路相談で、カウンセラーになりたくないと担任の教師に告げた時の言葉だ。僕としては的外れで使い古された人を傷つけるために生まれた言葉で、ナイフで切り付けられる恐怖でいっぱいになって、なって。どうしたんだっけ。わからない。和kらなi。

何はともあれ僕は今、愛知県のどこかの港町に来てる。



「愛知県」というのは昔の名称で、今は愛知県なんて存在してない。ある日突然街の人が消えた。ということになっている。表向きでは。

僕の両親は母は精神科医、父はカウンセラーだ。元々僕は愛知県の隣に所在する静岡県の西部の街浜松市に住んでいた。あの愛知県から人が消えた日、母は愛知県にいた。母に電話をかけても、メールを送っても連絡が返って来ず、職場にもいない。と父から連絡があったので失踪届を出したところ、警察署のテレビから速報が流れた。


「愛知県、消滅」


わけが分からなかった。みんなパニックというよりも困惑。はてなマークを心に浮かべ、各々携帯で電話をかけたり、snsで新鮮な情報に触れたりしていた。段々と状況の深刻さを理解し始めたのか、警察署にいるからなのか公僕に助けと説明を求めた。

浜松は静岡県でありながら愛知県の属国とも言われる程、愛知県と密接な関係にあったからである。

一方僕はというと、呆然としていた。ただそこに存在していただけで、魂はどこか向こうに行っていた、心ここにあらずだ。でもしっかり目に焼き付けていた。人がいることを。テレビのリポーターが放送局のヘリコプターから中継していた、あの愛知県に。ぼぅっとしていると、初老の警察官に声をかけられた。おそらく定年間近であろう。

「きみ。ちょっとこっちへ」

そう言われ、いった先には黒い寝袋のようなものがあった。まさか、まさかと思いながら、警察官がそのチャックを開けていく。真っ暗闇に包まれていたものが蛍光灯の光に晒される。まだか、まだかと期待する自分とやめてくれと拒絶する矛盾する自分が内在していた。体感一時間。そこには、恐らく母親であったであろうものが存在していた。

母の顔とちゃんと向き合ったことは無かったけれど、あまりにも人ではないと思いたくなるぐらい原型をとどめていなかった。僕はまた泣くわけでもなく、呆然としていた。しかし、一つだけ覚えた感触がある。母を犯したい。めちゃくちゃにして、最終的に燃やしたい。我ながら変態だな。そんな雑念に囚われてたら、いつの間にかキスをしていた。舌は挿れられなかったことは残念ではあるが、ファーストキスの味は腐った卵だった。その後、父が来た。父は流石に母を深く愛し、信仰していたのもあって、世界一つなくなったみたいに発狂し、泣いていた。

そこから、別室に運ばれ警察官の説明を受けている間も僕は母のことを考え、勃起していた。僕だって今まで恋人ができなかったわけじゃないし、セックスだって人並みにはこなしてた。だが、母がその性欲に近しかったものを否定したのだ。母の遺体が。父はそれから自分探しの旅に出ると言って帰宅してこず、一週間後ふらっと僕の前に現れた。父は見違えるぐらい目の下を暗くし、痩せ細っていた。久々に家に来た野良猫に餌を与えるように、僕は父に手料理を振舞った。父は喜ぶことも悲しむこともなくただ受け入れていた。

僕は僕で変わったというのだろうか、世界が鮮やかに見えるようになった。

恐らく、母と一体化したことにより僕は強くなったんだ!恋に落ちたんだ!

今までこんな高揚感に浸ることもなく、安心感で満たされることも無かった。母の骨を飲んだんだ。葬式の時。幸い葬式の喪主である父は旅にでており、喪主は僕になったことで、一晩母と寝られた。僕は母を想って、右手に母を宿した。夜。事後の冷静さを取り戻し、安心して寝られた。次の日、火葬場で骨になった母を見た。親戚中が鼻をすすってハンカチで目を押さえ渡し箸しているのを横目に、バレないように左手の薬指の骨をポケットに入れた。

家に返って手を綺麗に洗った後、母の手に以前恋人にあげようとしたペアリングを嵌めた。今日は母と僕の結婚記念日だ。豪勢な料理を作り、仏壇に置く。

僕は母の薬指、第3関節をその時飲み込んだ。なんだか背徳的で美しかった母の指が僕の血肉となる。考えただけでも、僕は元気になった。

しかし、こんなこと誰にも言えるわけなく高校に通う。

机に向かって鉛筆を走らせ、板書する。その繰り返し。

つまらないな、と感じる放課後、僕には恋人がいることをふと思い出す。

いつもは外してるペアリングをわざとつけて、放課後恋人に会いに行く。

僕の恋人はいわゆるメンヘラ。嫉妬不覚て、甘えた。人から搾取する側の人間だ。彼女はすぐにペアリングに気がつき、雌猿のようにキーキーと喚き散らしていた。

「なんでそんなことするの?私のこと好きじゃないなら死んでやる!」

彼女持ち前の常套句を披露したところで、今日の僕は無敵だから効かなかった。

「別れよう。浮気してたんだ。」

素直に打ち明ける、浮気相手は隠して。

「だれ!だれなの?どんな人なの!どこにいるの!」

ヒステリックを起こす彼女の手をとり、僕の下腹部にあてる。

「ここだよ。こーこ」

彼女は一瞬フリーズした後、理解したよう青ざめて、走っていった。逃げたともいうのかな。彼女、頭が悪いわけでは無かったのか…。知性ある猿って海猿みたいで面白いと思った僕は爆笑していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

親心 犬飯右幻 @inumeshi_0929

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ