3 極東のハロウィーン、その輝ける勝利。そして伝説へ……
北高校には、たまたまハロウィンの本場、アメリカのミシガン州デトロイト市から留学に来ているメアリーさんという一年生がいた。
ちょっとホームシック気味になっていたらしい彼女は、友人たちに連れられてパソコン部へとやってきた。本場のハロウィンそのままらしい、という評判に期待していたという。
BGMの選曲(=「犬神家の一族」)や死神のふるまいに、怪訝そうに首を傾げていた彼女は、意を決した様子で何か英語を発した。
「Trick or treat!」
その場にいたパソコン部員たちの誰一人として、その意味が分からなかった。
凍り付いた空気を読まずに、ミニスカ魔女の先生が縄を振り回して現れる。
メアリーさんは、とうとう耐えきれなくなったように泣き始めた。
「コんなの、Halloweenじゃないヨッ! はるかなるミシガンにかえーりたいッ!」
その叫びは、部員たちに衝撃を与えた。彼女の唱えた「チュリッカチー」という呪文のような言葉には、何か重要な意味があったらしいのだ。
「これじゃ駄目だ。本場の人間を納得させられないままじゃ、失敗だ」
部長としての責任を感じて、順は頭を抱える。
「わかりましたよ」
熱心にページをめくっていた英和辞典から、一関くんが頭を上げた。
「『トリック・オア・トリート』。彼女は、メアリー☆ジェーンさんはそう言ったのです」
辞書に解説されていたその言葉の意味は、思いもよらぬものだった。そういうお祭りだったのか、ハロウィーンは。
「まだ、今なら事態は挽回できます。急ぎましょう。駅前に向かうのです」
そう言ってせかす一関くん、それに順と美紅ちゃんの三人は、大慌てで駅前のニチイデパートへ向かった。メアリーさんに全否定されて大ショックの先生と西郷副部長は、魔女と死神の姿のまま部室で待機だ。
食品売り場に駆け込んだ順たちは、それぞれ思い思いにお菓子を選んだ。
そう、本場のハロウィンでは、悪戯の決行を予告して相手を脅せば、お菓子をもらえることになっているらしいのだった。
結局、色とりどりのラムネの詰め合わせやゼリービーンズ、名糖アルファベットチョコレート辺りがまあまあ欧米っぽくてヨシ、という結論になった。これらのお菓子でいっぱいのレジ袋を持って、彼らは学校へと戻る。
「もう一度だけ、僕らの部室へ来てもらいましょうか。今度こそ、本気のハロウィンを見せてあげますよ」
翌日、メアリー・ジェーンさんの教室に現れた一関くんは、通訳をしてくれる彼女の友人に、妙に強気でそう告げた。
メアリーさんのほうも、泣き叫んだりしたのはさすがに大人げなかったと反省をしていた。
このはるか
そういうわけで、メアリーさんは素直に部室まで来てくれた。
途中までは、ほぼ同じ展開だった。
ただ、美紅ちゃんの弾くBGMは「犬神家の一族」からマイケル・ジャクソンの「スリラー」に差し替えられている。まさに欧米におけるハロウィン・ソングの代表格であって、この努力にはメアリーさんも微笑んだ。
そして、巨体の死神と共に姿を現す、荒縄の魔女。この魑魅魍魎を打ち払うべく、さあ今こそ叫ぶべき時だ。
「Trick or treat!」
その言葉が放たれた瞬間、「PC‐6001mkⅡ」の画面が変わり、例のハロウィンカラーで描かれたラムネ・ゼリービーンズ・チョコの三つのイラストが、高速で順番に表示されはじめた。
これこそ、パソコン部のオリジナルにしてハイテックな最先端のハロウィン演出、「お菓子スロット」だった。スクリーンモード4、ページ4の最大スペックを駆使している。
「ワンモア・アゲイン!」
里佳子先生の魔女が叫ぶ。そして、その意図を察したメアリーちゃんも、再びあの呪文を唱えた。
「Trick! or! treat!」
パソコンの画面が止まる。そこに表示されていたのは「ラムネ」のイラストだった。
実のところ、ラムネというのは「落雁」を源流とする、ジャパンオリジナルなお菓子であって、全く欧米ではない。
しかし、色とりどりのセロファンに包まれた、甘くさわやかなその謎の
徹夜で色々やりなおしたパソコン部一同の努力は、見事に報われたのである。
伝説となったこのハロウィーン・ナイトは、緑町北高校パソコン部の伝統行事として、長く受け継がれていくことになる。
なお、ずっと後の時代になって、卒業生の一人が、大阪に新たにできたUSJに就職することになった。
USJの大人気イベント、「ハロウィン・ホラー・ナイト」とこのパソコン部のイベントには、果たして関係があるのか?
その辺りは、まあ定かではない。
(終わり)
パソコン部のハロウィーン伝説、1987(短編・全3話) 天野橋立 @hashidateamano
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