2 欧米風お化け屋敷、それが彼らのハロウィーン

「あっ、そういえば」

 順は思わず振り返って、自分が操作していたパソコンのモニター画面を見た。


 パソコン部の主力機の一つ、「PC‐6001mkⅡ」という名前の8ビットパソコン。

 その画面には、黒とオレンジとピンク、そして紫の4色で描かれたイラストが表示されていた。これはまさに、ハロウィンカラーではないか。


 80年代前半の入門パソコンであるこの「mkⅡ」では、高解像度モードを使おうとすると、黒を含めてたった4色しか同時に表示することができない。

 ところが、その4色の組み合わせの一つが、たまたまハロウィンにぴったりの配色になっていたのだった。別に、それが目的で設計したわけではないだろうけど。


「要するには、欧米風お化け屋敷ってことよね、ハロウィーンって」

 浜辺先生が、独自解釈で言い切った。

「そのパソコンなら、ちょうどハロウィーンっぽい絵が出るわけでしょ? やりましょうよ、お化け屋敷。そんなの誰も見たことないわよ」

 そりゃ、そんなの誰も見たことないだろう。

 こうして、パソコン部の新たなイベントが決定した。ハロウィーン・ナイト。

 部室を使っての西洋お化け屋敷の計画が始動したのだ。


 イベントの実行に向けて、部員それぞれが準備に入った。

 部長の順は、ハロウィーンの顔とでもいうべき、お化けカボチャのイラストを表示させるプログラムを作成する。

 方眼紙の上にイラストを描いて、線の座標を拾って数値データ化し、それをプログラムにぶち込んで画面に表示させるのだ。

 面倒な作業ではあるが、カボチャや黒猫の絵柄であれば、複雑な美少女のイラストをデータに起こすよりはずっと簡単だった。


 一関くんはそのサブで、ハロウィーンっぽいメッセージ(あくまで彼らの解釈による)を出したり、音声合成でセリフをしゃべらせるプログラムを作る。

「『ようこそ、身の毛もよだつ、ハロウィーンの館へ』、最初のメッセージはこんな感じでしょうか?」

「うーん、それだけだとホラー感が足りないなあ。『お前もお化けカボチャにしてやろうか!』ってのはどうだ?」

「あ、それいいですね! じゃあそれで」

 と、クリエイティブにしてチャレンジングな作業が続く。


 音楽担当の美紅ちゃんは、

「クリスマス・ソングはわかるけど、ハロウィーンの歌ってあるのかしら」

 と悩んでいた。

「ああ、ホラーっぽい曲なら何でもいいよ。映画のサントラとかに、いい曲ないかな」

 順のアドバイスを受けた彼女は、以前に見た「犬神家の一族」という映画の曲を練習し始めた。

 あんまり欧米感のない、哀愁を感じさせる和風の曲だ。だが、生首が転がったりする映画の内容のせいで、彼女にとってはトラウマ物の怖い曲だった。


 現場でお客さんをおどかすお化け役には、パソコン部の副部長である西郷という二年生が抜擢された。

「なにが抜擢だよ、なんで俺だけパソコン関係なしのそんな役回りなんだよ」

 西郷副部長は不満げだったが、ガタイのよい彼が扮するガイコツ顔の死神は大変な迫力で、打ってつけの役回りなのだった。


 日数がなくて急ごしらえでもあったが、こうしてハロウィーンお化け屋敷の準備が整った。当時としては珍しい、プリンターで印刷したポスターを校内に貼って回り、宣伝も万全。

 職員室は「新設のパソコン部がわけのわからないイベントを開催しようとしているらしい」という話題で持ちきり、里佳子先生はまたジャージの胸を張っていたらしい。


 では、「ハロウィーン・ナイト」の切り抜き文字で飾られた、パソコン部室に入ってみよう。

 扉の向こうは真っ暗で、美紅ちゃんが演奏する「犬神家の一族」のテーマがただ流れている。

 そして正面の「mkⅡ」の画面に、ハロウィーンカラーで描かれた、お化けカボチャの絵とメッセージがぼんやりと浮かび上がる。


「ヨウコソ、ハロウィーンノヤカタヘ」

 音声合成の不気味な声が流れると、暗闇の中から、妙に体格の良い死神が姿を現した。

「お前もお化けカボチャにしてやろうか!」

 そう叫んで、頭上高くから発泡スチロール製のお化けカボチャを投げつけて去って行く死神。これはマジで怖い。


 画面のイラストはコウモリ、黒猫、生首と変化し、「犬神家の一族」が高鳴る。

 そして最後に登場するのが、黒い三角帽子をかぶり、長い脚のほとんどを露出するミニスカートをはいた魔女だ。これは、里佳子先生がぜひチャレンジしてみたい、と手を挙げたのだ。


「あたしのムチは痛いよ!」

 荒縄を振り回して、魔女が叫ぶ。何が何だかわからないが、とにかく非常に怖い。

「絶対にやめてくれ! 怖い!」と妙に嬉し気に荒縄に打たれようとする客が多かったというのは謎である。


 非常に本格的な、本場のハロウィーンが味わえる、と来場者の評判は上々だった。パソコン部の名前が、これでまた知れ渡る。ところが、その好評に冷や水を掛ける大事件が起きることになった。


(その3 最終話「極東のハロウィーン、その輝ける勝利。そして伝説へ」に続く)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る