パソコン部のハロウィーン伝説、1987(短編・全3話)
天野橋立
1 チャレンジングなハロウィーンで、みなさんの度肝を抜こう
「文化祭のライブ、終わっちゃいましたね……」
一年生部員の
「盛り上がったねえ、昨日のライブ。すごく良かったよ、美紅ちゃんの演奏。まあ、僕の歌がなければもっと良かったんだけどね……」
最後のほう、段々小さくなる声で答えたのは、二年生で部長の
10月の放課後、窓の向こうで沈みゆく夕陽に照らされた部室にいるのは、この二人だけだった。年季の入った木造の床に、それぞれの影が落ちる。
「ライブ」とかいう単語が飛び交っているが、ここは音楽系の部活ではない。
今年、1987年の春、この緑町北高校に新設されたばかりの「パソコン部」。それがこの部活の正体だ。
なぜそれが「ライブ」なのかと言えば、まだまだ知名度の低い部の存在をアピールするために、部員四人でわざわざ文化祭のステージに出ることにしたからなのだった。
幸い、一年生の美紅ちゃんはピアノやエレクトーンの経験者で、ヤマハのシンセ内蔵パソコン――というのが当時あった――に接続した専用の鍵盤を使って見事な演奏を披露してくれた。
部長である順の歌はアレだったが、ライブは大成功と言って良く、ギター部などの他の音楽系部活も、パソコン部という予想外の伏兵の出現に驚いたという。
ガラガラと扉が開いて、ジャージ姿のスリムな女性が入ってきた。ベリーショートの髪がボーイッシュで、宝塚歌劇の男役のような美形だ。
「今日は二人だけ?」
そう言って、順の向かい側に座ったのは、顧問代わりをしてくれている、浜辺里佳子先生だった。
体育教師で、水泳部の顧問である浜辺先生には、パソコンのことは1ビットたりとも分からない。しかし、ちゃんと知識がある正規の顧問が決まるまでの、「つなぎ」の先生だからそれでいいのだ。
「ライブ、良かったわねえ。他の先生方もびっくりしてたわよ。パソコン部ってこんなこともできるのかって。顧問代わりとしても鼻が高いわよ」
先生は、得意げに胸を張った。
「それが先生、鞍馬口さんが落ち込んじゃっててですね。ライブが終わっちゃって、寂しくなっちゃったみたいで」
順の言葉に合わせるように、美紅ちゃんがシンセピアノでマイナーコードを短く奏でる。
「分かる、分かるよ美紅ちゃん。何か、次の目標になるイベントが必要、っていうわけね」
先生は力強くうなずいた。
「じゃあ、クリスマスパーティーはどうでしょうか?」
これからの季節でイベントといえばこれだろう、と順が提案する。
「楽しそうだけど、そこにパソコン部としてのチャレンジはあるの? 何か目標がないと、美紅ちゃんたちだってやりがいがないよね?」
里佳子先生は突然、難しいことを言い出した。どうもこの人、挑戦とか目標とか勝負とかが大好きなのだ。肝心の美紅ちゃんは、戸惑ったように目をぱちぱちさせている。クリスマスパーティーにチャレンジ精神を求める人を、今まで見たことがない。
「じゃあ、クリスマスコンサートを」
と彼は言いかけたが、それではまた美紅ちゃん頼みになってしまうし、そもそもパソコン部だかシンセ部だかわからなくなる。また歌を歌わされるのも困る。
ここは何か他のアイデアを考えないと。
彼が考え込んでしまい、沈黙が支配した部室に、またドアが開く音が響いた。
姿を現したのは、もう一人の一年生部員である
「おや、今日は浜辺先生もお越しでしたか。どうも、こんにちは」
先生に向かって一礼してみせた彼は、太川部長と美紅ちゃんがそろって黙り込んでいる様子なのを見て、不思議そうな顔をした。
「なるほど、そういうあれで」
事情を聞いた彼は、納得したようにうなずいた。チャレンジングなクリスマスパーティーと、いうのは確かに意味不明の難題だ。
「クリスマスも良いのですが、その前に今月はハロウィーンがありますよね。ここは一つ、派手なハロウィーンパーティーを開催して、校内のみなさんの度肝を抜くというのはどうでしょうか?」
「ハロウィーン?」
一同は、そろって驚いたような顔をした。
「それって、あれよね。欧米人がお化けの格好して、凶悪な顔のカボチャを投げつけたりとかする」
「『トムとジェリー』で見たことあります、わたし。楽しそう!」
そう、1987年の日本に、ハロウィンを祝うなどという習慣は、まだほとんどなかった。東京ディズニーランドは数年前にオープンしていたが、ハロウィンイベントが始まったのはその10年も後、1997年の話である。
ハロウィンパーティーと言えば、外国の映画やアニメなどの中に登場する、なんか不気味な行事という感覚が普通だったのだ。
(その2 「欧米風お化け屋敷、それが彼らのハロウィーン」に続く)
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