第4話 〝終幕〟世界終焉へのシナリオ

 帰還命令に従って国境を越え、ラグナスへ入国したバルドとナナ。

 王城へ到着した二人を、国王自らが出迎える。


「おお、会いたかったぞ、ナナ。うむ、貴公がバルド・ダンディだな?」

「はい。お初にお目に掛かります。国王陛下」

「わっはっは! かしこまらずともよい! いずれ貴公も、我ら王家の一員となるのだからな!」


 ラグナス国王は豪快に笑いながら、使用人らに祝宴パーティーの指示を出す。

 当初抱いていたイメージとの差に、バルドは内心で首を傾げた。


「軽いでしょ? 父上ってば、昔からなのよ。まぁ、人が良すぎるっていうか」


 そう言って深く溜息をつくナナ。バルドが周囲をよく観察すると、側近らしき高官や貴族らの中には、こちらに対し敵意混じりの冷ややかな視線を向けている者もいた。


(なるほど。人が良いとは、そういうことか)


 おそらく、現在の王権は実質的にかいらいと化しているのだろう。

 あの国王がナナへの不当な扱いや〝暗殺〟を指示するとは考えにくい。


「これはこれは王女殿下。フレストでは〝豚小屋〟にお泊りになっておられたとか? いやぁ、いけませんなぁ! あの国は!」


 カールしたひげでながら、高官らしき男がナナに皮肉めいた挨拶をする。


「ふむ、新しいお相手は金髪なのですな! とはいえ、色合いの美しさは王子殿下には遠く及びませんが!」

「はーいはい、わかったから。あたしら疲れてるから、部屋に帰るねー」


 ナナは慣れた様子で高官をあしらい、バルドの腕を引っ張ってゆく。

 去り際にバルドが男へ目をると、彼は実に憎々しげな笑みを浮かべていた。



「はー。スレイルったら相変わっらずなヤツ!」

「さっきの高官か?」

「そーよ。昔っから、あたしのこと馬鹿にしてんの」


 自室に戻るなりナナは嘆息し、巨大なベッドに身を投げ出す。

 二人は国王公認の仲となったらしく、同じ部屋での生活を許されていた。

 それにナナの胎内には、すでに新たな命が宿っている。


「そういえば、イスルドが〝銀髪〟だってことは、この国の者に話したのか?」

「んー? 話してないんじゃないかな。彼氏が出来たとは手紙に書いたけど」


 バルドにはどうも、さきほどのスレイルの言葉が引っ掛かる。

 交換留学が行なわれているとはいえ、両国の関係は緊張状態だ。密偵が送られていた可能性は捨てきれないが、わざわざ髪の色まで報告するだろうか?


(気をつけたほうが、いいかもな)



 その後、祝宴の準備が整い、二人も城内の会場へと向かう。

 巨大な長テーブルには豪勢な料理が盛られ、国王や高官らが席に着いていた。


(あれが、例の王子か……)


 上機嫌な国王のスピーチを聞き流しながら、バルドはナナの兄であるウル王子の姿を観察する。金色の短髪には角が生え、くまのできた赤い眼をしている。

 容姿だけを見れば、お世辞にも男前とは言いがたい。


 さきほどから王子は恨めしそうに、バルドへ視線を向けている――。


「はいっ。バルド、あーん!」

「んっ? あーん」


 いつものように愛情表現をし、そ知らぬ顔でワインを喉へ流し込む。

 その時、王子が不意に邪悪な笑みを浮かべた!


「うッ……!? 毒か……!」


 強烈な脱力感に襲われ、バルドの意識がグラグラとれる。

 見ると王をはじめ、ナナや高官らも次々と倒れている。

 ただ一人――ウル王子だけが立ち上がり、勝ち誇ったようなわらい声を上げていた。



「ここは……」


 全身を襲う痛みに耐えながら、バルドは重いまぶたを上げる。

 どうやら、地下牢らしき場所へ連れて来られたらしい。彼の隣には青ざめた顔で横たわる、ナナの姿もあった。


「ナナ!」

「無駄だよ。そろそろ目を覚ますだろうが、どちらかは死ぬ」


 牢の外から聞こえた声――。

 バルドがそちらへ目をると、不敵な笑みを浮かべる王子の姿があった。


「他の者は眠らせただけだがね。君たち二人には、特別に致死毒を用意してもらった」


 かつだった。警戒すべきだと自らに言い聞かせたばかりだったのに。

 王子は下品に嗤いながら、錠剤と革の水筒を牢へ投げ入れる。


「それを飲めば、どちらかは助かる。さあ、どうする? 我が義弟おとうとよ」


 バルドはらを拾い上げ、迷わずナナの口元へ近づける。

 だがふと、一つの考えに思い至った。


 もしもここでナナが死ねば、魔王の誕生は阻止される――。


(ふっ、馬鹿げている)


 バルドは小さく首を振り、錠剤と水を自らの口へ運ぶ。

 そしてそのまま、口移しでナナの口内へと流し込んだ。


「うっ、バルド……?」


 薬が効いたのか、ナナは直ぐに目を覚ます。

 彼女とは対象的に、今度はバルドが冷たい石床へと倒れこんだ。


「ナナ……。良かった」

「嘘でしょ? しっかりして!」

「俺は……君を心から……愛して……」


 そこまで言い、バルドの意識は闇の中へと堕ちてゆく。

 最後に彼が耳にしたのは、王子のかんだかい笑い声と、ナナの悲痛な絶叫だった――。





 それから二百年後――。

 ラグナス魔王国はフレスト聖王国との国境を破り、進軍を開始した――。


 侵攻後間もなく、魔王ヨルムルド・バルダンディ・ラグナスの奇襲により、フレスト聖王は暗殺。その後は魔王軍による一方的なじゅうりんが続き、フレスト聖王国は世界から姿を消した――。



 さらに一年後。

 神々は、混迷を極めた植民世界・ミストルティアの終了を決定。

 そして世界は〝大いなる闇〟へと消滅した――。



「ふむ、駄目でしたか」

「残念ながら。しかしだん博士はかせ。そこまで仰られるなら、直接降臨なされては? ご自身のアバターですし」

「それでは意味がありませんよ。我々が手を出したのでは〝真世界〟たり得ない。地球と同じ末路を辿るだけです」


 きらめく光の浮かぶ〝大いなる闇〟を見つめながら、檀出は長い息を吐く。


「それに貴女あなたこそ。お気に入りなのでしょう? ナナ博士?」

「おあいにくさまっ。あたしは博士あなたと恋愛なんてまっぴらですよ。たとえアバターでもねっ!」

「手厳しいですな。では、私は次の世界創世へと取り掛かるので。失礼しますよ」


 檀出は自走式車椅子を作動させ、自動ドアから通路へと出てゆく。

 彼の後ろ姿を見送り、ナナは闇へと視線を戻した。


「植民世界・ミストルティア。やっぱり、名前が悪かったんじゃないかしら?」

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滅びゆく世界と創世の神々 幸崎 亮 @ZakiTheLucky

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