43 傀儡奏者③
一瞬だけ空中に浮いた結界魔法は、すぐさま
アルトとデルノールが揃って悲鳴をあげ、身を寄せ合って不可解な状況に目を見開いている。
奥まった倉庫で、周囲に他の人間が居ないことが幸いだったが、この爆音である。警備の騎士が来てしまうのも、時間の問題だった。
アルペルは面倒そうな息を吐き出し、青い顔のケイデンスに視線を戻した。
「もう少しで俺の部下共が来る。お前は何かやることがあるなら、先に行け」
「えっ、いやしかし、公爵閣下に後処理を任せるなど」
「馬鹿かクソガキ、俺様が分家の
言い終えた瞬間に再び結界が崩壊し、辛うじて絶叫が聞こえたものの、瞬く間に魔法が再構築され、土煙が二人の間を通り抜ける。
もはやケイデンスが、切羽詰まり対抗していたことなど、お遊びであったかのような蹂躙だ。
「この一体の倉庫はそもそも、アーグダンテ領の所有物だ。所有者が問題のあった場所を確かめにきても、なーにも問題ねぇだろ?」
「……え……」
「ハルキナ公爵が無断で借用書を作って、王家に提出してっけどな」
「無断で? 双方の家紋が入った印や、サインか……必要ですよね?」
「王家はどっちかってーと、ハルキナ公爵寄りだ。時期女王であられる、ベルノイア第一王女殿下の意向だろうよ。印だろうがサインだろうが、捏造なんて造作もねぇ。……まぁムカつくが、今は好都合だ」
アルペルが欲しいのは、この倉庫に来る建前と、ハルキナ公爵家が問題を起こしてるという事実だけ。彼はヒースリングの力も借り、わざわざ部下まで連れてきて、この倉庫で行われていた実験の現場を押さえたいのだ。
あまり自身の状態を、腑に落ちていないケイデンスに、彼は再び肩を組んで耳打ちする。
「いいかクソガキ。リリアリア第二王女殿下から、ある程度の話は聞いている」
「……!」
「功績を得るってのは、第三者の目が必要だ。お前がやってくれたって証言する、声が必要になる。一人で裏方回って解決したって、誰かがお前の功績を横取りするだけだ」
装甲を身につけた無骨な片手が、強めにケイデンスの胸を叩いた。息が詰まって咽せそうになりつつ、アルペルが伝えようとしている事実を噛み締める。
彼の言う通りだ。リリアリアの望みはケイデンスが、王家に彼女を望めるほどの確かな功績を得ること。国王を目に見える形で、納得させることだ。
禁術を使用するケイデンスは、誰にも悟られない事が最優先故に、立ち位置も思考も後方支援に寄ってしまっている。それもこのままでは、目に見えない形でだ。第三者の賞賛を得られなければ、王家は動かない。
アルペルがケイデンスを覗き込む。ニヤリと物騒に笑う顔は、随分と悪どいのに頼もしい。
彼の話振りから、ケイデンスの立場は理解をしているものの、魔法については、リリアリアから情報を引き出すことはしなかったようだ。単純に、ケイデンスとリリアリアがやろうとしていることに、俄然興味を示しているだけで、それ以外は眼中にないようである。
「俺様は強欲な人間が好きでな。だから何をしてでも欲しいもんは、絶対に欲しいって思うリリアリア殿下を気に入ってんだ。だからお前にも手を貸してやる」
「殿下は」
「そんなんじゃねぇってか? 嘘つけ、強欲で私利私欲まみれだ。いい女だよなぁ、お姫様にしとくのは勿体ねぇ。ま、俺様の好みじゃねぇけど」
再び軽くケイデンスの胸を叩いたアルペルは、組んでいた肩を放し、ケイデンスの背中を軽く押した。
片手を振って踵を返し、ようやく静かになった倉庫の結界魔法を解いて、裏口から再び中に入っていく。
ケイデンスは一秒ほど間を置いてから、裏口に向けて頭を下げた。
(今は公爵閣下のご厚意に甘えよう。プラトヴァーニ様の屋敷に向かわないと)
倉庫から離れようとした時、『秘境の使徒』二人の姿が視界に入る。
二人はこちらを警戒しているが、攻撃を仕掛けてくる様子はなかった。
「……早く行きたいところに、行って」
アルトが吐き捨て、デルノールの頭を抱え片手を前に突き出す。
デルノールの方はケイデンスと対峙した記憶がないので、やや混乱しているようだった。
ケイデンスは迷ったものの、彼に施した魔法を解除しながら、二人の前に膝をつく。
「一つ、教えてくれないか」
「……なに」
「プラトヴァーニ様の屋敷にいる、魔物を狙っているんだろう? 騎士団に根回しまでして、あそこにいるセイレーンを捉えたいのか?」
「待て、何の話だ?」
「え?」
混濁する記憶が徐々に整理されてきたのか、デルノールの眉間に深い皺が寄っていたが、彼が片手でケイデンスの言葉を遮った。
アルトは不思議そうに双方を交互に見やり、ケイデンスは目を瞬かせる。
「魔物を捕まえようとしてるんだろ?」
「それは……そうだが、騎士団に根回し? どうやって?」
「……アルコイが第一小隊の隊長と、話し合っているのを聞いた。騎士団に情報を流す代わりに、『秘境の使徒』が魔物を貰うって……」
聞いた内容をなるべくそのまま伝えるが、デルノールの表情は次第に強張っていく。
そして思案げに片手で口元を抑えたものの、やはり首を振ってケイデンスに視線を戻した。その双眸は不信感以上に、誰かに対する疑念が浮かんでいく。
「そんな危険を伴う作戦、俺は聞いてない。騎士団と接触だと? そんな話も知らない。……どういうことだ、アルコイ……!」
無詠唱歌の禁術使い 向野こはる @koharun910
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