マダム・ウフのパンケーキ

文重

マダム・ウフのパンケーキ

 何だか雲行きが怪しいと思ったら、若いカップルが席に着くや否や揉め始めたわ。それでもパンケーキの一片を口に入れると思わず彼女の頬が緩んでくる。彼氏のフォークが横から伸びてきたのでお皿を引っ込めようとしたけど、一瞬遅かったわね。彼氏も満足げに頬張ってる。あんなに喧嘩してたのに、食べ終わった2人は仲睦まじく手をつないで店を出ていったわ。


 あの暗い顔した方、ご近所のお爺さんね。投資詐欺に遭ってほぼ全財産失って、家族にも愛想を尽かされたって噂だけど。コーヒー代は払ってもらえるのかしら? 「試食していただけますか?」とコーヒーにパンケーキを一切れ添えて出したら、ひどく恐縮しちゃって。一口食べたら何だか憑き物が落ちたような顔。「ごちそうさま」という声が少しだけ弾んでる。


 その笑顔が見たかったのよ。私も同じだったから。今のあなたはかつての私。愛しい人も何もかも失って、卵(oeuf)1個で始めた二度目の人生だもの。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

マダム・ウフのパンケーキ 文重 @fumie0107

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ