今日の埋め合わせは
西しまこ
夫がわたしの車で
夫がわたしの車を使って、釣りに行ってしまった。
仕方がないので娘のひなたに《ごめん、迎えに行けなくなった。パパが、ママの車で釣りに行っちゃったから》とLINEする。夫の車はマニュアル車だから、オートマ限定のわたしの免許では運転出来ないのだ。そもそも、スポーツカーで車体も低いから、オートマであってもわたしには運転が難しかった。
《どうやって帰ったらいい?》ひなたからLINEが来る。
中学生のひなたは部活で遠方に行っていて、行きはわたしが送って行ったのだ。
《悪いけど、電車で帰って来てくれる?》
《駅まで遠いんだけど》
《ごめんね。バスとかないかな?》
《……調べてみる》
わたしはスマホを見ながら、溜め息をついた。最近、こういうことが多い。夫は釣りが趣味だ。釣りのときは、わたしの軽自動車の方が便利なのだ、恐らく。だけど、断りもなく勝手に乗って行ってしまうので、わたしはその日の行動に困ることが多かった。
夫に《車、勝手に乗って行かないで》とLINEしようと思って、やめる。こういうことをLINEで言うと、嫌味になることを知っていたからだ。以前、それでケンカになった。
LINEから目を離し。ふとテーブルを見ると雑誌があった。
いちかが買って来たのだろうか?
めくると、それは少し近くの街のお出かけスポットが載ったものだった。珍しいな、と思う。何でもスマホで検索する子が。好きなお店があったのだろうか。高校生になったいちかは、スマホで様々なお店を検索して、友だちと食べに行くのを楽しみとしていた。
なんとなく見ていたら、フルーツ専門店が載っていて、急にそのお店に行きたくなってしまった。新鮮なフルーツのジュースもフルーツの盛り合わせも、フルーツたっぷりのケーキもパフェも、何もかもがおいしそうだった。
特に目を引いたのは、ぶどうのショートケーキだった。苺の代わりにぶどうが使われているそのケーキが、急に食べたくなってしまった。シャインマスカットの緑が鮮やかにわたしの心に響いた。
家族LINEに《ねえ、フルーツ専門店に行かない?》と雑誌の写真を添えて送る。すぐにひなたから《行きたい!》と返信が来る。いちかからも《そこ、行きたいと思っていたんだよね》と来る。夫からは来ない。だけど、わたしとひなたといちかの三人で、いつ行こうか何が食べたいか。など、LINEの会話が弾む。
《パパにおごってもらおうよ。今日、わたし、大変だったから》ひなたからそうLINEが来て、《パパ、またママの車、乗って行っちゃったの?》といちかが言う。そして、《パパ、ママの車、勝手に乗ってたら駄目だよ! ママが困るから! わたしたちも困るときあるし!》と続けて言う。
わたしの言いたかったことを、娘が言うと、なんだかそれはとげとげしくならない。不思議だ。
《パパ、今日の埋め合わせは、おいしいもので!》
ひなたからのLINE。
たぶん、リビングにいたら、みんなで声を出して笑っていた。
了
一話完結です。
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☆これまでのショートショート☆
◎ショートショート(1)
https://kakuyomu.jp/users/nishi-shima/collections/16817330650143716000
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今日の埋め合わせは 西しまこ @nishi-shima
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