第4話
6時、目が覚める。いつも俺が起きる時間。前世と変わっていない。だが、今の気分は、前世では想像できないほど澄んでいた。
学校が楽しみだと思えたのは、いつ以来だろうか。雪と会って話したい。それで、たわいもない話で笑い合いたいな。
期待に胸を膨らませながら、扉を閉め、エレベーターに乗る。そしてマンションの入り口にて雪を待つ。今日は一緒に行こうと、彼女から誘ってくれたのだ。
しばらくすると、雪が降りてきた。
「お、お、おはようございましゅ……」
「うん、おはよう」
昨日と変わらずタジタジの雪。視線は合わせられずどこかに向いているし、声も小さい。なんか、母性のようなものをくすぐられる。今すぐいい子いい子したい。……するか? よし、しよう。
俺はおもむろに雪に近付き、背伸びをして頭に手を伸ばす。固まってしまった雪の頭を数秒間撫でる。うん、満足だ。
「よし、行こうか」
「え?え?え?え?」
困惑している雪の手を引いて、学校へと向かう。頭を撫でてからずっと「え?」しか言っていなかった雪だが、しばらくすると正気に戻った。
「え、あ、あ、あの、て、手を、え?え?」
「友達だから、これくらい普通」
「え、あ、そうだよね、うん、普通だよね!」
ちょろいぜ。俺と雪は手を繋いだまま門を潜り、教室に着いた。流石に手を離す。
「あっ……」
後ろから残念そうな声が聞こえた。そんな声を出されたら、もっと繋いでいたいと思ってしまうじゃないか。でも、それはできない。だから、また背伸びをしてゆっくりと頭を撫でる。
「今はこれで我慢して」
「あ、はい……」
教室に入り、席に着く。ホームルームが終わり、授業が始まる。やっぱり、授業は退屈だ。でも、楽しみができた。
授業が終わり昼になる。
「雪、一緒に食べよう」
「は、はい!」
二人で一緒に教室を出て、屋上のベンチに座る。昨日は遠かった距離も、今は近い。隣にいる雪を見ながら、俺はそう思った。
「あれ、は、木下さん昼それだけなん、ですか?」
「うん。少食だから」
チョコを食べていると、雪に不思議がられてしまった。まぁ確かに、俺もそう思う。さすがに普通の女子高生の昼がチョコ一つはおかしい。まぁでも、俺はこれで足りるからいいんだがな。
チビチビとチョコを食べていたら、雪が箸で自分のおかずを一つ取り、俺に差し出してきた。これは……食べろと言うことか?
「あ、あの、さすがにチョコだけでは体に悪そうなので、えっと、これだけでも」
雪はプルプル震えながら、俺を見ている。おそらく今の雪の頭の中は不安やら羞恥やらでいっぱいなんだろう。
でも、それを振り切って俺のために行動してくれたんだとわかる。これは、食べるしかないな
「………ありがと」
そう言って、俺は差し出されたおかずを食べる。うん、うまい。家庭の味とでも言えばいいんだろうか。なんか、落ち着く味がする。
「ん、おいしい」
「ありがとう、ございます」
はにかみ笑いをする雪。それがとても眩しくて、可愛くて。この子は絶対に守らなければいけない、そんな気がした。
昼を食べ終え、俺達は二人で話し合っていた。
好きな食べ物はなんだとか、好きな曲は何かとか、そんな他愛もない会話だ。でもそれは、最も心が温まる会話に他ならない。
「木下さんの趣味って、なんですか?」
「主にゲームや読書、楽器の演奏とか。最近はVtuberを見てる」
「へ、へぇ。どんなVtuberが好きなんですか?」
「
「えぇ!?」
雪は心の底から動揺した声を上げる。あたふたと手を動かし、目をキョロキョロさせる。屋上でしかも端っこだから人目につかないのでいいんだけど、見られたら怪しまれてしまうな。勘のいい人なら、雪成影の中身が雪だと察してしまうかもしれない。
まぁそいつが雪に危害を加えようとしたら、問答無用で消すんだがな。
「どうしたの、雪」
「い、いえ、別に……」
あたふたしている雪の姿を見ていると、俺の心に黒い感情が芽生える。もっと揶揄いたい。もっといじめたい、と。
でもそんなことをして嫌われたら絶対に嫌なので心のうちに留めておくが。
「あ、あの、なんでわた、雪成影を、見てるんですか?」
「可愛いから」
「えぇ!?」
あ、やっちゃった。まぁいいか。雪は顔を赤くするだけで嫌がってはないし。それに、雪を揶揄う方法も見つかったしな。
「影さんは外見はかっこいいけど、中身はとても可愛くて、それで必死に前に進もうと努力していて、眩しいから、好きかな」
「あ、そ、そうなんですね……」
顔を真っ赤にして照れている雪。俺は自分を抑えられず雪成影を褒めまくったのだった。
授業が終わり家に帰ると、俺は雪成影の配信を開いた。どうやら毎日決まった時間に配信しているらしい。とても真面目だ。
『み、みなさん、お待たせしまきた。雪成影です』
:影くーーーん!!
:きたぜー!!
:影さまーーー!!!
:ん?
:影くんどしたー?
:なんか声小さくない?
:しかもなんか敬語だったし
『ごめんみんな。ちょっと動揺してた。実は今日あの友達に趣味を聞いたんだけどなんか僕をよく見てるって言われて……。それで、僕が可愛いとか、かっこいいとか、すごい褒められて………』
:なるほど
:とりあえずてぇてぇのはわかった
:大丈夫それ、バレてない?
『僕普段は声全然違うから大丈夫だと思う。それに、もしバレていたら昨日の配信の時に引かれて、そのまま友達やめようって言われてたと思うから大丈夫でしょ』
:いやさすがにそれは……
:確かに影くんめっちゃ言ってたからな
:友達が自分で限界化してるの知るのは普通に嫌だな
:嫌われても文句言えんわ
:影ちゃんを見た友達ちゃんの反応「……♡」
:↑ワンチャン惚れる可能性もあるのか?
:ないわ
「別に嫌ったりしないけど……」
なんかそう思われているとは心外だ。俺が友人の気持ち悪いところを一つ知っただけで嫌いになんてなるわけないのに。
『バレてないと信じて、僕の親友のことについてたくさん話そう!』
それから影は、俺の魅力をめちゃくちゃ語り出した。かわいい、抱き締めたい、キスしたいなど。配信者としてそれは大丈夫なのかと思うが、視聴者も盛り上がっているし、問題はないのだろう。
逆に問題があるのは俺だ。さっきから顔が熱くて熱くて仕方ない。もうちょっと別の話をしてくれないだろうか。手をパタパタして顔の熱を逃す。
満面の笑みで俺を褒める影に、なにか仕返しをしてやろうと思った。たしか、今週の日曜日は雪成影は配信しないんだったか……。
よし、雪。覚悟しろよ?
俺はメールに文字を打ち、それを雪に送りつける。
『ごめんちょっと待って。………えぇ!?』
俺のメールを見たのか、影が驚いた声を上げる。
:どしたー?
:何かあったか?
:なになに?
:まさか友達ちゃんから……
『ふへ、ふへへへ。ご、ごめん。今日はもう配信終わるよ。また来てね』
:お、これはこれは?
:この喜び方は相当嬉しいことあったやつだな?
:友達ちゃんからのメールと予想!
そのまま影は配信を終わらせてしまった。ふふ、喜んでくれたみたいで何よりだ。
林優華【日曜日、遊園地行かない?】
影野雪【よろしくお願いします!】
もし小説の主人公になって人生をやり直せたら 呂色黒羽 @scarlet910
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