最終話 思い込み


 明石は『まだわからないのか』と言わんばかりに答えた。

ということだよ」


 そこかよ!

「だって警察はそう見立ててるんだろう?」

「長い針状のもので、突き刺しやすくて、金槌かなづちで叩いてとどめを刺したとなると、普通はそう考えるよな」


 明石は振り向いて言った。

「春日、工具箱の中に『画鋲がびょう抜き』と『釘抜き』はないか?」


 春日は工具箱を開けて中を覗き込んでいたが、「あったよ」と言って持ってきた。

 明石はそれを受け取ると、『画鋲抜き』で片っ端からポスターの画鋲を抜いていった。床に画鋲が転がる。


「危ないから画鋲は拾っておいてくれ」

 すると佐山美久が言われたとおり画鋲を拾い出した。

「刺さると危ないぞ。そういうのは三上に任せておけ」

佐山美久は、明石が気を遣ってくれたのが嬉しかったのか、微笑んだ。それで拾うのは僕の役目になった。


 左側から3枚目、上から2枚目のポスターまで来たとき、『画鋲抜き』が画鋲下に入っていかなくなった。するとすかさず明石は『釘抜き』に持ち替えた。そして画鋲を引き抜くと・・・。


「なんじゃこりゃあ!」

 僕は思わず声を上げた。なぜならその画鋲から突き出ている針は、からだ!


「田中管理官、凶器はこれだと思います。うまくいけば、指紋と血液反応が出るでしょう」


 田中管理官は画鋲のようなものをハンカチで受け取ると、鑑識係を呼んでそれを渡した。


「どういうことだね、これは」

「言ったでしょう?『木を見て森を見ず』だって。思い込みですよ、凶器が千枚通しだっていう。だから千枚通しを探してしまう」

「確かにこんなトリックだとは思ってもみなかったが・・・どうやってそれに気づいたんだ?」


「まず、画鋲が古いやつでニューデザインのものでなかったことですね。ニューデザインはプラスチック製なので、こういう細工はできませんから。それと、犯人の家が電子機器の基盤の組み立てを行う工場だということですね。当然『はんだごて』など、金属を加熱して接着する機械があるでしょうから、それを利用して犯人は千枚通しから抜いた針を、画鋲の頭の部分に接着加工したものと思われます」


「しかし、犯行後に凶器をこれほど深く壁に打ち込むには、金槌で相当叩かなければならないはずだが、誰もそんな音を聞いていなかったんだぞ」

「それはそうでしょう。犯行後にそんなことをしたら、わる目立ちしますよ。だから犯行前日の放課後とかにコツコツとやってたんでしょう。少しずつ穴を開けては抜きを繰り返して、でも最後まで打ち付けたりはしないで、指でも抜けるようにしておく。そうして凶器は鞄にしまって、開けた穴とはズラして画鋲でポスターを止めておく。犯行後にはポスターに止めてあったその画鋲を抜いて、どこかほかに刺したはずです」


「あっ、その画鋲がこれかな?」

 サークルメンバーの藤吉ふじよし君が、ポスターから少し離れたところに刺してあった画鋲を指差した。


「その可能性が高いな。後でそれも鑑識に回した方がいいでしょう」

 それから明石は、説明をこう締めくくった。

「犯行後には、ポスターの上から開けておいた穴に凶器の針を通して、金槌で1回だけ叩いて固定する。これで隠し通せると思ったんでしょう。そして、ほとぼりが冷めた頃に凶器を回収するつもりだったに違いありません」



 次の日、凶器から犯人の指紋と血液反応が出て、犯人が犯行を認めたと田中管理官から連絡があった。



 今日も佐山美久みくはミステリー研究会に来ている。彼女はちゃんと受験勉強をしているのだろうか?


「あらあら、明石君はいよいよ彼女に取られちゃったかな?」

 星野有紀ゆきさんが来て、ため息を漏らした。あんたもこの前恋人を殺されたばかり(※『密室の容疑者』参照)なのに、すぐに明石に狙いを変えるなんてどうかしてるぞ?


「三上さん、独り者同士、飲みにでも行きませんか?」


 えっ、今度は僕にロックオン?



    (終)


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【推理士・明石正孝シリーズ第6弾】凶器の行方 @windrain

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