第3話 ポスター
「どうやら僕たちは『思い込み』という森に迷い込んでしまったようだ」明石は目を開けて言った。「一度、常識を取り払って考えてみる必要があるな。田中管理官、容疑者は今どこにいるんですか?」
「今は所轄署の取調室だ」
「取り調べに立ち会わなくていいんですか?」
「黙秘しているからな。もし自供したら連絡するようには言ってある」
「ちょっと容疑者に聞いてもらいたいことがあるんで、取り調べ担当の刑事に連絡してもらえませんか?」
「何を聞けばいいんだ?」
「凶器が見つけられる可能性は何パーセントあると思っている、と聞いてもらえませんか」
「何だそりゃ? 何か意味があるのか?」
「勿論。60%以上か40%未満かで、隠し場所がおおよそわかります」
あっ、こいつ絶対適当なことを言ってる。確率的なことをいう時は、だいたいいつも適当なんだ。
田中管理官はいぶかしげな顔をしながらも、担当の刑事に電話して指示した。指示された刑事も困ってるだろうな。明石の気まぐれな行動に付き合うのが大変なことは、僕が一番わかってる。
「五分五分だと言っているそうだ。これだとどうなる?」
田中管理官を介して犯人からの返答を聞いた明石は、再び腕組みをして考えている。僕は『さっぱりわからない』がもう一度飛び出すんじゃないかとヒヤヒヤして見守った。
「だいたいわかりました。60%以上なら犯人は見つからないことに相当な自信を持っているし、40%未満ならほとんど見つかるだろうと観念していることになる。しかし50%というのなら、見つかるかもしれないし見つからないかもしれないと思っているということだ」
おい、何当たり前のことを言ってるんだ? そのくらいのことは、僕にだってわかるぞ? 田中管理官が呆れているじゃないか。
「ところで三上、気づいたか?」
明石はいつものように僕に問いかけたが、僕には何のことかわからない。
「隣の電気実習室も、その隣の機械実習室も、普段は施錠されているんだ。ところがこの美術室は普段から施錠されていない」
「それは、高価な機械があるかないかの違いじゃないのか?」
「そうだろうな。だからここで殺害したのなら、校内ではこの部屋にしか隠しようがないと思う。見つかる可能性が50%なのは、場所が限定されているからだ」
僕は驚いた。この教室は警察の手によって、一番最初に入念に調べられたはずだ。どこに隠せる場所があるというのか?
「この部屋を入念に探した方がいいかな?」
春日が言うと、
「いいですか?」
と明石が田中管理官に振った。
「いいだろう。でもここはもう調べ尽くしたぞ」
「天井裏ってのはどうだろう?」サークルメンバーの
「いや、一応天井裏も調査済みだ」
否定した田中管理官に、今度は明石が尋ねる。「配線とか多くなかったですか?」
「全然なかったな。配線は床下を通しているらしい」
「よし、それじゃあみんな、この部屋の中をめいめい探してくれ」
そう言いながら、明石は座ったまま教室後ろのポスターを眺めている。春日たちは床板を剥がせる場所がないか、とかなんとか話していたが、明石はそれには全く興味を示さない。
「何か違和感があるんだよなあ」ぼやくように、明石は言った。「僕たちは『木を見て森を見ず』の状態なのかも知れない。実は最初から変だと思っていたことがあるんだ」
「最初からって・・・だったら最初に言ったらいいだろう?」
「それじゃつまらないじゃないか」
僕は呆れてしまった。僕たちの今までの苦労は何だったんだ? 本当に僕じゃなかったら付き合いきれないんじゃないかな、こいつとは。
「それで、何が変なんだ?」
僕が問うと、
「あのポスターを見て気がつかないか?」
質問に質問で返すなよ。
教室の後ろには、後でサイズがわかったんだがB3サイズ(横364ミリ✕縦515ミリ)のポスターが縦に3枚ずつ、横に10枚ずつ貼られていた。どれもよくわからない
「全部縦長に描かれていて、横長に描かれた作品がないな」
僕が答えると、
「それは縦長指定だったのかも知れない」と、明石はまた僕を瞬殺した。「ポスターじゃないんだ。
ポスターを貼ってある画鋲。金色に光る画鋲で四隅を止めてあるが・・・。
「あっ」僕は気がついた。「随分と古いタイプの画鋲だな! これだと床に落ちたら針が上向きになって、踏んでしまうかも知れない。今は転がっても針が上向きにならない画鋲が百均でも売っているのに」
「たぶん在庫が多かったんだろうな」明石は素っ気なく言った。ポイントはそこでもないのか?「これだけのポスターを、いちいち剥がして調べたと思うか?」
「まさか。この裏に千枚通しが隠せないことぐらい、剥がさなくてもわかる」
「そこだよ」
「えっ? もしかして、壁に穴を開けて千枚通しを隠してあるとでも言うのか?」
「まさか。そんなことをしても、後で必ずわかってしまう」
「じゃあどういうことなんだよ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます