第2話 アクシデント


「校門を出て右に曲がり、まっすぐ1キロちょっと行った先にある書店のあたりだ」

 田中管理官はタブレット端末のマップで、その位置を示した。明石は自分のスマホのマップで同じ場所を出してそこにマークしてから尋ねた。

「途中に何本も右に入っていく道がありますが、そこは調べたんですか?」


「勿論。だが側溝まで探しても凶器が見つからなかったので、今は防犯カメラを探して容疑者が映っていないか確認作業をしているところだ」


「念のために僕たちも探してきます。ストップウォッチはありませんか?」

「明石、それなら僕のスマホにストップウォッチ機能があるから、借りる必要はないよ」

「そうか。それじゃあ、早速それをスタートさせてくれ。まず犯人の確保現場までどれくらい時間がかかるかを検証する」


 それから僕たちは言われたとおり、校門を出てから右へ曲がって歩いて行った。左側は片側1車線の車道だが、交通量が多いので、信号のある場所でしか渡れそうにない。

 だからわざわざ向こう側へ渡って凶器を隠すとは考えにくいのだが、そういう読みを逆手にとった可能性も考えられなくはない。


 僕たちは普通のペースで歩き、目的地の書店までやってきた。そこまでにかかった時間は、23分41秒だった。


「警察に通報がいってから確保までが約20分と言ってたから、最初に2、3分のロスはあったはずだ。とすると、ほとんど寄り道していないことになるな」

明石は呟いた。

「凶器が見つかるはずがない、と犯人がたかをくくっているところを見ると、あらかじめ隠し場所を決めていた可能性が高い。もしここまで来る途中の路上で隠したのなら、やはりメインストリートではなく右手に入っていく路地のような目立たない場所だろうな」


 それから明石はミステリー研究会のメンバーに向かって、人通りの少ない路地を中心に、メインストリートから30メートル以内を手分けして探すよう指示した。




 このとき、佐山美久は明石と僕の後をついてきて路地に入っていたのだが、その後から入ってきた3人組の高校生に、なんとナンパされていた。


「君、可愛いね。俺たちが奢るから、美味しいスイーツでも食べに行かない?」

「今、ちょっとお仕事中なので・・・」

と彼女が断ったにも関わらず、

「そんなこと言わないでさあ」

と一人が彼女の左腕をつかんだ。


 このとき僕は(3対2か)と思いつつ、明石をちらっと見た。

 明石はため息を一つつくと、つかつかとそいつに歩み寄って言った。

「妹が嫌がってるだろう。離せよ」

ロリコンと思われるのが嫌だから、妹だということにしたな。


「おや、お兄様でしたか。これはどうも」

 と言うが早いか、そいつはいきなり明石に右パンチを放ってきた。しかし明石は左手でそれを払うと、右のボディブローを相手の腹にめり込ませた。

 そいつは膝をついて動けなくなった。


「この野郎!」

 もう一人が明石に殴りかかろうとしたとき、その目の前に突然明石の右足の裏が現れ、そいつはピタッと動きを止めた。明石が横蹴りで牽制したのだ。


極真きょくしん空手からての高校チャンピオンに喧嘩を売るとは、良い度胸をしてるな」

 明石が言ってのけると、二人は青ざめて、倒された一人を抱えて這々ほうほうていで逃げていった。


「おお、本当に強いんだな!」

 僕が感心すると、

「本当は極真流じゃないんだけどな」と、明石はボソッと言う。

「何流なんだ?」

「・・・陸奥圓明流むつえんめいりゅう


 えーと、それ漫画『修羅の門』の主人公が使う、架空の古武術だよね? ここは笑うところなのかもしれないが、明石が言うと冗談に聞こえないから困る。


「危ないから、僕の後をついて来るんだ」

 明石が佐山美久に言うと、恋する乙女の顔になった彼女は、明石の手を握った。明石は無表情だったが、その手を離すようなことはしなかった。


 こいつ、意外に高校の頃はモテていたのかも知れない。




 1時間近く手分けして探したが、結局凶器の千枚通しが隠せるような場所は見つからなかった。

 春日は明石と佐山美久が手を繋いでいるのを見て、なんとも言えない表情をしていた。明石を指差して、僕に向かって口をパクパクしていたが、結局何も言葉にならなかった。


 僕たちは工業高校へ戻った。




「田中管理官、凶器は見つかりましたか?」

「いや・・・君たちも見つけられなかったのか?」

「今のところ、そうですね。監視カメラ映像はどうですか?」

「それが、まっすぐ自宅方向に向かって歩いているみたいなんだ」

「やはりそうですか。そうすると犯人は校内、あるいは敷地内に隠した可能性が高いですね」

「だが、それも全部調べたんだ・・・もうお手上げ状態だよ」

「僕はまだ諦めませんよ」



 僕たちは再び美術室に入った。みんなだいぶ歩き疲れていたので、それぞれ椅子に腰掛けた。田中管理官も入ってきて、空いている椅子に座った。


「どうやら犯人の思考回路から解き明かさねばならないようです」明石は田中管理官に言った。「犯人の情報を、なるべく詳しく教えてください」


「そうか、えーと」

田中管理官はタブレット端末を操作して、画面上のメモ情報を見ながら説明を始めた。

「家族構成は他に父母のみ。父は工場を経営していて、主に電子機器の基盤の組み立ての仕事を請け負っているそうだ。それで息子に後を継がそうと、工業高校に入れたらしい。容疑者と被害者は中学校以来の同級生だったんだが、過去に女性関係でトラブルになったこともあったらしい。なにぶん本人が黙秘してるんで、今のところ情報といってもこれくらいだな」


「電子機器の基盤の組み立てを行う工場ですか?」

 明石が田中管理官に聞き返すと、

「そうだが、何かわかったか?」

「いや、さっぱりわからない」


 お約束の『ガリレオ』の真似がしたかっただけだったか・・・。


「つまり犯行動機もわかっていないわけですね?」

「そういうことだな」


 明石は目をつぶって腕組みし、沈思黙考している。こんな時、ミステリー研究会の誰一人として良い考えが浮かばないのは情けないなと僕は思った。



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