【推理士・明石正孝シリーズ第6弾】凶器の行方

@windrain

第1話 容疑者確保


「正孝さん、私の学校の近くの高校で殺人事件があったみたい」

 いつも学校帰りにミステリー研究会に立ち寄る、中学生の佐山美久がそう言うと、サークルメンバーたちは色めき立った。


「明石君、行ってみようよ」

 サークル主催者でリーダーでありながら、いまや推理士・明石あかし正孝まさたかの手下に成り下がっているような春日が言うと、明石も無表情ながら立ち上がった。

 こういうときの明石って、興味なさそうなふりをしてはいるけど、きっと内心はワクワクしているんだ。


 明石と僕・三上みかみ良郎よしろうとミステリー研究会のメンバー5人は、佐山美久の案内でその高校の前までやってきた。△〇工業高校というその学校の前には人だかりができていて、警察官が何人か立って通せんぼしていた。


 その警察官のうちの一人が明石に気づき、

「田中管理官に呼ばれたんですか?」

と聞いてきた。明石を知っているらしい。


「いや、そうじゃないけど田中管理官が来てるんですか?」

「はい、ちょっとお待ちください」

 そう言ってその警察官は、携帯で連絡しているようだ。


 田中管理官というのは県警本部捜査一課の幹部で、殺人事件などの陣頭指揮をる人だから、重大な事件が起こったのは間違いないようだ。


 間もなく学校の中から一人の男性が出てきて、右手を上げてこちらに手を振った。田中管理官だった。


「もう嗅ぎつけたのか? 早いな。でも来てくれて助かった」

 彼は当たり前のように僕たちを敷地内に招き入れた。ところが佐山美久も入ろうとしたのを見ると、警察官は部外者と思ったのか「ちょっと待って」と静止した。


「その子は僕の秘書です」

 明石がそう言ったので、警察官は彼女を通した。


 えーと、秘書的立場にいるのは僕だと思うんですが。彼女は嬉しそうに明石の後をついていった。


 全員来客用のスリッパに履き替えてから、校舎の2階へと続く階段を上っていった。『機械実習室』、『電気実習室』など、普通科高校出身の僕にとっては見覚えのない表示板がかかっている教室の前を通って行くと『美術室』があった。


 田中管理官は、その美術室に入っていった。僕らもそれに続いた。


 美術室の後方の床に番号札が置いてあり、血痕が残っている。ここが殺害現場らしい。


 僕はそういうのを見るのが苦手なので、視線を外して教室を見回した。後方の壁には生徒がデザインしたと思われるポスターが何枚も貼ってある。


「工業高校でも、美術を勉強するんだな」

 僕が言うと、

「中学の同級生が工業高校に進学したんだが、芸術的な感性や表現力を育成するために、美術の授業もあるそうだ。いわゆる『ものづくり』の力を養うためにも必要らしい」

と、明石が教えてくれた。


 そうは言ったが、明石の目線は殺害現場に向いたきりだ。

「田中管理官、そこに落ちてる金槌かなづちは凶器ですか?」

ちょっと離れたところに金槌が落ちていたらしい。


「凶器の一部というか・・・おそらく容疑者は、被害者に睡眠薬入りの飲み物を飲ませて眠らせた上で、千枚通しで被害者の胸を刺し、さらに金槌で叩いてとどめを刺したのだろう」


「それはまた残酷な犯行ですね」と言った後、明石はふと気がついたように問い返した。「今『容疑者』って言いました? 犯人は逮捕されたのですか?」


「まだ逮捕はしていない。事情聴取の最中だ」


 途端に明石は興味を失ったようだ。

「それなら、僕たちの出番はないですね」

「それが、そうでもないんだ」田中管理官は困ったような顔をした。「容疑者は『凶器は見つかったんですか?』と言ったきり、黙秘を貫いているんだ」


「どういうことです?」


 田中管理官は状況の説明を始めた。それによると、容疑者と被害者は午後の授業をサボって美術室にいたようだ。

 2階の情報処理実習室で授業を受けていた生徒の一人が、気分が悪くなって保健室へ行こうと廊下に出たところ、容疑者が美術室から出てきて階段を降りていくのを見かけ、さらに美術室で被害者が倒れているのを発見した。


 それからすぐに救急車を呼ぶとともに、警察に通報、下校途中の容疑者が確保されたということだった。

 鑑識の見立てでは、容疑者は千枚通しのようなもので胸を深く刺されたようだが、それがまだ見つかっていないということだ。


「金槌は元々どこにあった物なんですか?」

「この教室に備え付けの工具箱から出してきたもののようだ」

「千枚通しもですか?」

「いや、千枚通しは工具箱に入っていなかったというから、自分の家から持ってきたんだろう」


 明石はそれを聞いて考え込んでしまった。


 そこで今度は僕が尋ねた。

「千枚通しはわざわざ持ち帰ったということですか? どうしてでしょうね?」


「容疑者が黙秘しているということは、千枚通しが出てこなければ状況証拠だけで書類送検できないと思ってるんじゃないかな」

明石が呟いた。


「そのとおり」田中管理官が明石の発言を引き取って続けた。「金槌からも容疑者からも血液反応が出ている。だが被害者が倒れているのを見て、つい触ってしまった、面倒に巻き込まれたくないから逃げたと言えば、血液反応の証拠能力は低くなる」


 そうか、状況証拠だけで起訴したパワハラ殺人事件(※「禁断の捜査」参照)が冤罪だったから、県警としては物的証拠を固めたいだろうし、容疑者も凶器が出てこない限り逃げ切れると思っているのだろう。


「所持品の中にはなかったから、帰る途中でどこかに捨てたということになる。それがまだ発見されていないんだ。どこかに隠したとしても、容疑者を確保したのは通報があってからわずか20分後だ。その範囲内はくまなく探してみたんだが・・・」


「電光石火の確保劇だったんですね」明石が言った。「その確保された場所を教えてもらえませんか?」



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