とある創作少女の選択

幸崎 亮

ある晴れた春の日に

 私の名前は、さなぎはら さく

 Web小説を書くのが趣味の、かわいい高校三年生!


 はぁ……。

 なーんて。そんな台詞を言う気分じゃないんだよねぇ。


 小説。

 頑張って投稿してはいるんだけど、なかなか読んでもらえなくって。


 それで思い切って、

 『感想・コメント待ってます! どんどん酷評してください!』

 ――って書いちゃったんだ。そしたらさ……。


 『つまんね。ヒロインカワイソス』

 『桜の木の下で待ち合わせとか。ときメモのパクリ』

 『こいつ中身オッサンだろ』

 『チーズ牛丼食ってそう』


 もおおおっ! なんなのっ!?

 酷評して良いとは言ったけど、悪口オッケーとは言ってないしっ!


 大体、私は女だしー! ジェーケーだしー!

 あと〝ときメモ〟って何!?――時々メモするってこと?



 はぁぁ……。

 こんなことなら、ちゃんと指摘と感想をくれる人にお願いするんだった。

 どこかに、そんな素敵な人とか居ないかなぁ。


 せっかく書いた小説を酷評――っていうかボロクソに言われて。

 傷ついた私は気分転換も兼ねて、久しぶりに地元を散歩してるってわけ。


 あっ、得意なジャンルはラブコメねっ!

 ちなみにさっきの元気なキャラは、主人公のみるちゃん!

 いつもみんなを明るくしてくれる、〝こんな私〟とは正反対の女の子。


 私もこんな子になれたら――。

 そんな願いをこめて生み出した、理想のキャラなんだよね。


 でも現実は残酷。

 現実リアルじゃ友達は居ないし、大学受験には落ちちゃうし。


 よしっ! こうなったら、書籍化するまで書きまくってやるっ!

 ――って思った矢先に、悪口ばっか言われるし。


 『チーズ牛丼食ってそう』


 もおおおっ! だけ本当に意味わかんないしっ!

 思い出したら、またムカついてきた!


 「だいったいっ! 私は、ピザの方が好きだもん――っ!」


 私は叫びながら、歩道に落ちてた透明のカップを思いっきり蹴っ飛ばす!

 てか、道に捨てるなっ!


 「おおっと! びっくりした。キミ、お腹空いてるの?」

 「――ええっ!? へぇっ!?」


 不意に前の方から聞こえた声に、私は慌てて顔を上げる――。

 目の前には、なんと! きんぱつへきがんのイケメンが立っていた!


 彼は驚いた顔をしたあと、絵に描いたように爽やかな笑顔をみせる。


 「……えっ、えっと。それはあの……」


 無理無理っ! 私にはこんな状況、乗り越えられない!

 お願いっ、助けてみるちゃん!


 私は彼から目をらすように、車道の方へと視線を向ける。

 すると私の視界に、黒いネコちゃんが映りこんだ。

 さらには小さな命へ迫る、無慈悲な大型トラックの姿も――!


 「あぶない――っ!」


 私は無我夢中で車道へとはしり、頭から飛び込む!

 そして間一髪!――ギリギリのところでネコちゃんを保護することに成功した!


 「トラックが! 急いで!」


 ――そうだ、逃げなきゃ!


 私は必死に起き上がり、なんとか歩道の方へと避難する!

 直後――私が居た場所を、トラックがごうおんと共に走り去って行った。



 はぁぁぁ……。危なかったぁ。

 危うく〝異世界転生〟するとこだったよ……。

 私は驚いて暴れるネコちゃんを、ゆっくりと歩道に下ろす。


 「大丈夫かい? ずいぶん無茶するね、キミは……」

 「えっ……? あっ……はいっ。大丈夫! 大丈夫っすー!」


 私は彼に変な敬礼をして、逃げるようにその場を去った。

 だってあんな所、誰かに見られて噂されたら恥ずかしいし……。


 ネコちゃんを助けた時に、ちょっと引っかかれちゃったけど――

 まだ長袖の時期だったし、平気平気!


 私があんなに動けたのはビックリだけど、きっとみるちゃんの人格を降ろしてたおかげだねっ! キレッキレのダンスも踊れる、私の理想の女の子なんだ――。



 「うー。でも、ちょっと痛いかもぉ……」


 駆け込んだ公園の桜の下で、私は服の上から左腕を押さえる。

 血が出ちゃってるのか、しっとりと濡れてるような感触がある。


 はぁ、でも左腕で良かった。

 あの時に比べたら――このくらいの傷なんか、ね?


 私はそでぐちからチラリと見える、古いきずあとから目を背ける。

 そうだよ。私は、もう生きるって決めたんだ――。


 「ねぇ!」

 「いひぃ!? ひゃいぃ――!?」


 またしてもとうとつに話しかけられ、私の口から変な声が飛び出す。

 振り返ると、さっきのネコちゃんを抱いたイケメン男子が立っていた。


 「急に居なくなっちゃうから。怪我とか、大丈夫かなって」

 「大丈ブー! 大丈夫ヨー! ホントニ!」


 私は彼を安心させるために、手を振り上げながらピョンピョン飛び跳ねてみせる。

 ほら、ラジオ体操とかでやらされる、アレね!


 「本当に? あっ、でもその傷……」

 「こっ、これは自分で……! あっ――」


 彼は何かを察したのか――

 私の目をじっと見つめたあと、ネコちゃんを抱いたまま公園のベンチに腰かけた。

 まるで私に座りなさいっていう感じで、右半分を空けている。


 「悩みがあるなら……聞くよ?」

 「えっと……。その、これはかなり昔のやつだから……」


 私は言いながら、ベンチの右側に腰かける。桜の木の下にあるベンチ。

 特等席なんだろうけど、たまに毛虫が降ってくるから正直あんまり好きじゃない。


 彼は真っ直ぐ前を向いたまま、黙って私の言葉を待っている。

 たくましい腕に抱かれた黒いネコちゃんだけが、じっと私を見つめている。


 悩みなんて、たくさんあるに決まってる――。

 もしかしたら、この人だったら小説の話とかも聞いてくれるのかな?


 私は思いきって、書いた小説に悪口を言われたことを話した。

 もちろん、いきなり何でも言うのは厚かましいし、その部分ね?



 「そっか。頑張って書いたのに、それは酷いね」

 「でしょ!? 私は批評が欲しかっただけで、悪口なんて望んでなかったのに!」


 、これがヲタクのサガなんだろうか――っ!

 好きなことを話し出すと、どんどん早口になってきちゃう!

 それでも彼は、静かに話を聞いてくれた。


 ちなみに、名前は〝シュウさん〟っていうんだって。

 だから私も〝さくらです〟って、下の名前だけを名乗った。


 苗字を教えるのは、なんとなく怖いからやめた。

 いくらイケメンだからって、知り合ったばっかりだもん。


 「そういえば――昔、ジャッキー・チェンが出てた映画でね。〝ジャコウネコの蒸し焼き〟を注文するシーンがあったんだけど」


 ――えっ? 何……?

 夢中で話しちゃってたから理解できてないんだけど、いきなり何の話?


 「……それって、美味しいの?」

 「うん。悪役も、そんなふうにく場面があって。だから二つ注文したんだよね、ジャッキー。でも一匹で二人とも、お腹いっぱいになると思わない?」


 シュウさんは正面を向いたまま、静かな美声イケボで話を続ける。

 わざと嫌そうな顔をしてみたんだけど、全然こっちを向いてくれない。

 彼にしっかりと抱かれたネコちゃんだけが、何かを訴えるように私を見てくる――。


 「ああ、そうだ。そういえば、〝金田一少年〟の二つめの事件にも――」

 「――あっ、あのっ! よっ、よかったら、何か食べに行きませんか!?」


 私はポケットから、スイーツのクーポンが載ったチラシを取り出す。

 金田一少年って子が誰なのか知らないけど、絶対ネコを食べる話だっ……。


 「あっ、いいね。――って、ピザ?」

 「――へ?」


 シュウさんの目線を追うように、私は自分の手元へ視線を移す。

 そこには〝開店記念! ピザ全品半額!〟って書かれたチラシが――。


 あああ――っ!

 これは今朝、〝不合格通知〟と一緒に入ってたヤツじゃん!

 じゃあ、あの時丸めて捨てたのが、スイーツのだったのか……。


 「そういえば『ピザが好きー!』って叫んでたっけ。ふふ、いいよ。注文してあげるよ」

 「えっ……あっ、あれは……」


 私は赤面し、思わず自分の足元を見る。

 さすがに悪口の内容までは、恥ずかしくって言えなかった。

 彼は「わかってるよ」と小さく言って、私の手からチラシを抜き取った。


 はっ……恥ずかしすぎる……。

 でも、いいもんっ。これできっと、にゃあちゃんが犠牲にならずに済むし。

 シュウさんが電話で注文している間も、ネコちゃんはしっかりと腕の間に掴まれていた。


 しばらくすると公園の外にバイクがまり、ジャンパー姿のお兄さんがピザの箱を運んできた。シュウさんは箱を受け取り、配達員さんに代金を支払う――。


 「あっ、お金……」

 「いいよいいよ。僕は、これでも大人だし。チョーコちゃんは気にしないで?」

 「はい……。ありがとう、ございます……」


 えっ――? 今、なんて……?

 私のこと、〝チョーコ〟って呼んだ?

 なんで、私が〝創作で使ってる名前〟を知って――。


 私の苗字が〝さなぎ〟だから、綺麗な蝶になれますようにって。

 そう思って付けた名前だった。まだ、彼には話してないのに。……どうして?


 「本当に酷いよね。こんなに可愛いチョーコちゃんを、オッサン扱いしてたなんて。ごめんね――ちょっとってて?」


 シュウさんにピザの箱を手渡され、私のひざに温かな質量が乗る。

 ネコちゃんは未だ、彼の腕に掴まれたままだ。


 彼がピザの箱を開けると、中には真っ赤なトマトソースが掛かったピザが入っていた。トッピングは何も無し――。


 いや、違う。なぜか包丁が、一本だけ載っかっている。

 彼は何も気にすることなく、それを手に取る――。


 「具材は充分だから、シンプルにしたんだ。それじゃ、頂こうか。チョーコちゃん?」


 私は声を出すことも出来ず、小刻みに小さくうなずく。


 いったい、どこで間違えたんだろう?

 違う。たぶん――きっと、最初から……。


 はぁ……。本当にごめん、みるちゃん。

 やっぱり素直に、彼と幸せにしてあげるべきだった。


 これは、やっぱり。

 間違いなく、私もバッドエンド直行だよね――。

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