第47話 5

 シロウにとって世界最強と言えば、この世界において断言できるのはシロウ・アーガマの師匠達だ。

 セイラ、ノア、レイ達は其々魔術、武術、剣術に長けている。そして、今はその行方を暗ましている彼らの師匠も、おそらく最強と言って過言ではないだろう。

 そんな最強達を苦しめた魔族の王は更にその上を行くのだろうか。封印されたのだから、五分五分だったのかも知れないが、シロウは知る由もない。

 しかし、それはほんの氷山の一角にしか過ぎず、森から外へ出ればマシュー・ウェインやセリーナ・ハサウェイと言った人の域を超えた化け物がいたりする。

 学園に入らず自分は最強師匠の弟子だなんて天狗になっていたらと思うと、背筋が凍る思いである。

 近づく程その体積を広げていく氷塊を目前に、シロウは走馬灯のように過去を思い返し思慮に耽る。


 氷魔法、それは。この世界には四種類の火、水、風、土の基本属性からなる魔法が存在する。

 基本属性は魔法を扱える人々なら誰でも使用できる魔法ではあるのだが、中には適正がないと扱えない属性がある。

 それが、雷、樹、光、闇の四種類。この四種類に関しては、基本属性より扱える者が圧倒的に少なく、適正があったとしても好き好んで使う人はそうそう居ない。特に、闇に関しては魔族が唯一使える属性と同一の為、公にせず隠しているのがこの世界では一般的だ。

 未だ多くの謎に包まれる適正属性ではあるが、その種類は四種と決まっていて、氷は適正属性そこに含まれない。

 しかし、現にセリーナは氷を魔法として使用している。なら何故そんな芸当が可能なのか、それは小魔力オドの暴走。属性の覚醒、または限界突破。

 極めて稀に出現する、一属性を突出させた人間。

 氷は水属性の系統で、水魔法は本来ある一定の温度以下には下がる事がない。また、上がる事も無いのだが、属性の覚醒を果たし一属性を突出させた人間は、その上限下限を無視する事が可能となる。

 その為、零度を下回ったセリーナの水魔法は凍り、氷結魔法という例外が出来上がる。

 属性の覚醒と言う才能を先天的に持っていたからこそ、彼女は氷結と呼ばれる。

 それがセリーナ・ハサウェイである。


 迫る氷塊はシロウのいる場所へと落下し、重量を感じさせる轟音を立てて闘技場広場に沈む。

 その場にいるカシアスもマリアナも、教師のナサニエルでさえも、その場の誰もが氷塊はシロウへと直撃したと思っていた。唯一、その氷塊を生み出したセリーナだけを除いて。


「やっぱり、ニカーヤは


 セリーナはニヤリと口角を上げて氷塊へ向けて声をかけるが返事はない。しかし、それでもセリーナは今までの無表情が嘘だったかのように狂気とも取れるほど顔を綻ばせる。

 高揚感に満ち溢れたセリーナは鼻歌を歌いステップを踏みながらシロウが出てくるのを待つが、いつまで経ってもシロウは姿を現さない。

 流石に決着がついたとカーンが審判を下そうと手を挙げるか、それを感じ取ったセリーナは「まだ!」と大きく声を張り上げて牽制する。

 氷塊を見つめ続けるセリーナに背中越しに止められたカーンは、ポカンと口を開けて振り下ろすはずだった手を空中に留めて行き場を無くす。

 セリーナは既に、当初の目的であるニカーヤとの違いを見極めを済ませている。その上で、目の前の戦闘に没頭する。

 まだ、終わっていない。まだ、シロウ・アーガマに傷一つ付けられていない。そんな中途半端な所で終わらせられない。

 そんな彼女の想いに応えるように、氷塊は次第に水蒸気を発し始める。


「やっぱり!やっぱり!私は、運が良い!」


 ギラギラと興奮した様子でセリーナが見つめる先は、ドロドロと中心部から液体になり溶け始める氷塊だったもの。

 そして、現れる

 氷塊から出たその手は、握って開いてを何度か繰り返す。すると、手を包む青い炎は次第に強さを増して大きく揺れ始める。


「なんだ・・・あれ・・・」

「青い、炎・・・?」


 その光景を目にするカシアスとマリアナは夢ではないかと互いに顔を合わせて確かめる。目の前の初めてみる光景が現実で起きている事なのかと、激しく燃える青い炎を纏う人物を確かめるように、二人は確かめ合う。


「カシアス様、あれは・・・あの青い炎を放っているのは・・・」

「・・・ああ、アーガマだ」


 そして姿を現す燃える青い炎を纏い氷塊を溶かす手の主人、シロウ・アーガマ。

 その青い炎は全身を纏っていて、自身を捉えていた氷塊の全てを溶かし切る。


「凄い!本当に、凄い!前より強くなったのに、ニカーヤには全部が効かない!」


 セリーナは笑って言う。

 サラッとシロウをニカーヤと呼んでいて、シロウもそれに気づいている。普段なら、即座に言い返すところだが今はそれをしない。

 属性の覚醒。それはなにもセリーナだけの専売特許ではない。

 歴史的に見ても覚醒した者の数が少ないのは事実ではある。が、シロウ・アーガマは三百六十七年修行に身を費やした男。人の域など遥か昔に超えており、全身に青い炎を纏うシロウ・アーガマもまた属性の覚醒を果たしている。

 セリーナもシロウも属性が覚醒した希少な人物。これを人は覚醒者と呼び、本来なら扱えない魔法。常識を覆す常人の域を超えた異端な者だけが扱える事から、この魔法は氷や炎ではなく『覚醒魔法』と呼称して別格の物として扱われるようになった。

 その上、覚醒魔法を使える者は歴史上数える程しかいなく、かなり希少だ。下手をすれば、何十年と表舞台に出ない事だってあり得る。故に、覚醒魔法はとして扱われる。

 シロウの覚醒魔法は炎。セリーナとは対照的に温度を高めた青い炎。小魔力オドと共に酸素を取り込み火の魔法を使う事によって、燃えるスピードが増す。取り込む空気が増えれば増えるほど火の色は赤から青へ変わり、激しく燃える炎へと変貌する。


「ニカーヤ、炎使えたんだ。ずっと、騙してたの?」

「・・・」

「ニカーヤ、何か言ってよ」

「・・・」

「どうしたの?ニカーヤ」

「・・・」


 シロウはその特異な姿を露わにしてから一言も発していない。否、発せない。

 覚醒魔法には強力なメリットがある代わりにデメリットが存在する。

 小魔力オドの消費量が桁違いなのは勿論、自身の身を守る為にある上限下限を無視する為、気温を零度以下に維持して氷を空間に生み出すセリーナは低体温症を、青い炎を身に纏うシロウは窒息と焼身のデメリットが、覚醒魔法を使う際には常に付きまとう事になる。

 覚醒魔法を使う際、炎で鼻と口は覆われてしまい呼吸が困難になるが、無呼吸状態でも一時間、無呼吸運動でもその半分の三十分をシロウは後遺症無く生存する事ができる。

 しかし、同時に肌も焼けている現状では持って六分。シロウが体を維持しながら覚醒魔法を使えるのはたったの六分である。

 現在は青い炎を纏ってからおよそ二分が経過しており、炎に晒される肌は爛れ焼け焦げていき、衣服は原型が無くなり燃えカスが風に乗って辺り一面に散らばる。


 いつも通りなら、シロウが覚醒魔法を使う事はまずない。

 強さを認めたカシアスやバーナード然り、マシュー・ウェインを相手にしてさえ、覚醒魔法を使う事は無かった。

 呼吸一つさえ命取りになる酷く無様な現状、これが発展途上の技ならどれだけ良かった事だろうか。

 現時点でのシロウ・アーガマが使用する火の覚醒魔法は、である。上手く扱えない訳ではない。

 覚醒魔法は熟練度が上がれば上がるほど、膨れ上がるその力の強大さに比例するようにデメリットは肥大化して行く。

 故に炎は全身を包む。コントロールした上で、シロウは自身の生命の導火線に火をつける。

 せざるを得ない。デメリットを背負ってでも、覚醒魔法で対抗せざるを得ない。

 死なないはずの決闘において、覚醒魔法を使用しなければセリーナに殺されるとシロウは判断した。それ程までにセリーナはものの数分でシロウを追い詰めたのだ。

 死なない為には、興奮したセリーナを抑える為には、覚醒魔法の力が必要だ。


 残り四分、その間に方を付けなければ、シロウ・アーガマは敗北する。

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世界最強の弟子は自由を謳歌したい! 三三三 @33mi

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