第46話 4
幸いな事、と言えば良いのだろうか。
有耶無耶になって決闘をしないで済むのが一番良いのだが、セリーナさんの性格的にそれはないだろう。
それなら、決闘で俺の
思い立ったが吉日と元の世界ではよく言っていた。なら、決闘をするのは早いに越した事はない。
だから、決闘申請受理を行ってくれる教師が見つかったのは普通なら僥倖と言えるだろう。
だが、それを断言せずに渋っているのは、ウェインさんとは別ベクトルに戦闘狂なカーンさんが決闘申請受理を行うからだ。
時間外労働をしてまで俺達に付き合ってくれるのだから、感謝をするべきではあるのだが、あの熱量には少し引いていたりする。
「君達の戦闘を間近で見れる事こそが、時間外労働の給与ですよ!」
俺達はお茶会に使用していた部屋から出て闘技場まで行く道程で少し会話をしていると、カーンさんは俺達に気を遣わせないように振る舞い始める。
「寧ろ、この程度労働にすらならないんですよ。最高の試合を見るために尽力できる事の悦び!きっとウェイン教諭以外の教師の方々は理解してくれないんでしょうね・・・」
一人で盛り上がって一人で落胆してかなり忙しい人だ。
そうやって受理を率先してやってくれるのは良いが、俺らは決闘をすると言っても戦闘をするつもりはない。ここまで期待させて申し訳ないけれど、一切戦闘せずに終わるんだ。本当に申し訳ない。
なんてカーンさんへ心の中で謝っていると、いつの間にか闘技場へと辿り着く。
カーンさんは満面の笑みで「セリーナ・ハサウェイ、シロウ・アーガマ両名の決闘申請を、ナサニエル・カーンの名の下に受理を致します!」と宣言すると扉が一人でに開き始める。
ウェインさんも似た事やってたなと思いながら、開かれた室内へ足を踏み入れる。
道中の廊下に比べて飾り気のない廊下を進むと、途中で左右に別れる道が現れる。右が観客席、左が闘技場広場へと繋がっていて、カシアスとマリアナと黒服は右へと進み、俺とセリーナさんとカーンさんは左へ進む。
「いやあ、光栄です。まさか僕が氷結のセリーナ生徒代表の決闘を受理できるなんて・・・」
「氷結の?」
「アーガマ君はセリーナ生徒代表の異名を知らないのですか?」
「そうですね、全く」
広場へと進む中、カーンさんと少し言葉を交わす。
どうせすぐに広場へ着くのだから大した話はできないのだが、セリーナさんに氷結なんて二つ名がついていたのかとついつい反応してしまう。
それに対したカーンさんの質問に答えていると広場へと着いてしまい問答はそこで終わるのだが
「きっと、聞くより見る方が早いでしょう」
そうボソリと言って、広場中央に歩を進める。
中央に辿り着くと、ニッコリとした笑顔は絶やさず振り返り「セリーナ生徒代表、勝敗はどう決めましょう?」と仕切りを始める。
「私は、なんでも良い」
「アーガマ君は?」
「俺もなんでも良いです」
なんて思っていた俺が間違っていた。
ルールを設ける事に対して問題はない。しかし、そのルールが後々自分自身に牙を剥く結果となる。
「それでは、魔法武器の使用を認め、気絶か棄権の宣言で勝敗を決めるとします!」
「ん。わかった」
「わかりました」
より面倒な思いをすると言うのに、適当に相槌を打って答える。
さっさと終わらせて帰って寝ようと呑気な事を考えているが、実際の物事はそう上手く運ばない。
これから、この時の選択を後悔する事となる。
「それでは、セリーナ・ハサウェイ対シロウ・アーガマの決闘の開始を宣言します!双方、構え!」
「ニカーヤ、期待」
「違うってすぐわかりますから」
「始め!」
カーンさんの合図と共に、俺は右手を差し出す。
要はこの決闘はセリーナさんに
差し出された
「しっかりと感じ取ってくださいね」
静かに俺の
それほど時間はかかっていないはずだ。
一分も経ったか経っていないかぐらいではあるのだが、美人な彼女の額に手を当てているだけで無駄に鼓動が速くなり一分一秒が長く感じてしまう。これも、耐性のない弊害か。
我に返り闘技場でなんて場違いな事を考えているのだろうと自身を嘲笑していると、セリーナさんがゆっくりと目を開く。
「ん、わかった」
「これで白黒はっきり付きました?」
「ん、しっかりみた」
「それじゃあ、決闘も終わりですね。カーンさん、俺棄ーー」
やっと終わったんだと広場から観客席へ移動していたカーンさんに向けて手を挙げて宣言を行おうとした時に、セリーナさんは自身の手で俺の口を塞ぐ。
急だった。刹那とはまさにこの事だろう。
俺が棄権を口にするや否や、彼女はすかさず俺の口を塞いで首を横に振る。
目的は達したと言うのに、どうしてだ?と訝しんで彼女に目を向けるとセリーナは微笑む。
「やっぱり貴方、ニカーヤと同じ
「!?」
「だから、駄目。終わらせない」
俺がニカーヤと同じ?何を言っているんだ。
同じ
特に、俺はこの世界では天涯孤独だ。血の繋がりのある人間なんて一人もいないから
同じ人間だって存在するはずもないのだ。
あるとすれば、俺がもう一人存在すると言う話になってしまう。
塞がれる手を退けて一呼吸置いてから彼女に問う。
「本当にニカーヤと同じ
「間違いない、してた。私は彼の事では間違えない」
「今までの人生でニカーヤの記憶は無いのですが」
「それなら、思い出させる」
「俺が忘れてる前提なのね・・・」
セリーナさんはそう言うと構えを取る。恐らく、戦ってニカーヤとしての記憶を思い出させてやろうって魂胆だろう。
しかし、残念ながら本当にニカーヤとしての記憶なんて一切ない。別人としか思えない人物と同一視され続けるのは面倒だから、どうにか否定しようとするが方法がない。
とりあえず今日の所はさっさと棄権してしまおうと、もう一度カーンさんの方へ目を向けると、セリーナさんは間髪入れず拳を突き立てた。
顔に目掛けて突き立てられた拳を紙一重の所で避けると、セリーナさんは「ん、やっぱ避ける」と笑っている。
「棄権、させてくれませんかね」
「駄目。否定するのなら、戦い方も魅せて」
「・・・それでニカーヤじゃないかどうかもわかるんですか?」
「勿論。私は、ニカーヤの戦い方をずっと覚えている」
「もしここで俺が棄権と言えばどうするんですか?」
「一生、付き纏う」
これが恋だの愛だの言ってる青春ラブコメなら、セリーナさんみたいな美人に一生付き纏われるのはなんの問題もないのだが、非情な現実はそうはいかない。
ニカーヤと俺を隔てる決定的な証拠がなく、
藁にもすがる思いで戦闘中に気づいてくれれば良いけどなと俺はセリーナさんから距離を取る。
棄権したっていいのだが、それは問題の先延ばしで根本的な解決にはならない。セリーナさんもそれを理解しているから一生付き纏うなんて脅しをしてみせたのだろう。
俺が距離を取ると無表情だったセリーナさんは口角を少しだけ上に上げる。
彼女も理解したのだろう。棒立ちではあるが、それが俺の構え。戦闘体勢だ。
「ニカーヤ、覚えていないから教える。私は魔法が得意」
セリーナさんがそう言うと、周囲の気温が一気に下がる。彼女がお茶会の部屋に来た時と同じ温度の低下、それを闘技場でヒシヒシと感じる。
やはり、あれは彼女の力。俺の勘が告げた危険信号は間違いではなかった。
セリーナさんに近づけば近づくほど温度は低下していき、彼女の周りにはくるくると回る小さな球がいくつも出来上がっている。
くるくると回るそれは、一定の間隔を過ぎると自動的に俺の方へと飛んでくる。
速度はそこまで速くもなく避ける事は容易だが、避けた所で球は角度を変えて避けた俺を追尾する。
セリーナさんが操作してる様子はない。おそらく、追尾してくる無数の球が自動追尾で俺を狙い、それに意識を持って行かれた俺をセリーナさんが狙う戦法だろう。
勝ち負けはどうでも良いが、全力で相手しないと怪我は酷い事になるだろう。最悪でも気絶で済むのが幸いな所だが、気絶するなんて真平御免だ。
俺の時間が気絶した分無駄になる!
だから、セリーナさんとそこそこに戦って満足してもらって終わらせる。その為には全力で戦うしか無い。この人は、ウェインさんと同じく底が知れないのだから。
決意を新たに俺は振り返る。繰り出される球は壁に当たり自滅する事もなく追撃を続けるが、その先陣を切る球を横から掴む。
突き刺すような刺激を与えるほど球は冷たく、更に回転を加えている。皮が捲れあがり急速に手が悴むのを感じるが、それに意を介さず捕まえた球を投げ返す。
あの球の硬さ、当たればきっと良くて打撲悪くて貫通もあり得る。殴ればきっと俺の拳は一撃目でお釈迦になるだろう。
だから、捕まえて、投げる。
投げられた球は追撃の機能を失い、ただひたすら俺を追撃する球に向けて突き進む。おそらく、俺に触れた時点で追尾機能は終わっているのだろうが、無数に飛んでくる球を全て捕まえるのはキツいし手が持たない。それに、これで解決できるのか半信半疑だ。
そんな俺の心配を他所に球と球同士が当たると、両方共砕けてから霧散する。俺のしていた心配はただの杞憂だった。
これが正しい攻略法かはわからないが、今俺ができる方法はこれしかないと続け様に球を捕まえて投げる。
やがてそれを繰り返していると追撃する球は無くなり、「やはり」とセリーナさんは無表情を崩して笑う。
「貴方、ニカーヤと同じやり方する」
「マジかよ・・・これが悪手かよ」
これもニカーヤがやったのかと引き攣った笑みを浮かべてセリーナさんへ目を向ける。彼女の周囲はさらに気温が低くなり、先程よりも形の大きい球が出来上がる。
掴んだ時も思ったが、これはまさに
「氷か」
「そう。私は氷の魔法を使う」
「それに加えて無詠唱ね。とんでもないよ」
「違う。とんでもないのはニカーヤの方」
セリーナさんはそう言ってどんどんと肥大化していった氷の塊を投げつける。
投げつけられた塊は、彼女の元から離れてもその面積を巨大に膨れ上がらせていき、俺の所へ辿り着く頃には逃げ場の無い程巨大な塊に仕上がる。
「冗談じゃねえよ。本当に」
そして知る。彼女が氷結と呼ばれる所以を
この世に存在しないはずの氷の魔法を使う彼女の規格外さを
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