第45話 3

 決闘は死ぬ程面倒臭い。もう二度とやりたくないし、関わりたくもない。

 それだというのに、またしても決闘申請をされてしまった。

 元々、人と戦う事はそこまで好きでもないし、戦う事自体が怠くて面倒で嫌いなのだが、いかんせん悪戯に持っている力を振り撒いていれば、自ずと戦地へ赴く事になってしまう。

 今までの俺の行動が、俺自信に牙を剥く。良かれと思って取っていた行動は、思いの外悪手でしかなかったのだ。


「しかし、それは意外と良いのかもしれない」


 そんな俺の考えとは真逆に、カシアスはセリーナさんとの決闘を後押しするように言う。

 腕を組んで佇む彼は、その瞳にマリアナを映して続ける。


「実際、アーガマは私より強い。セリーナ代表とは良い決闘を行えるだろう。それにこの決闘で、マリアナの誤解も解けるだろうしな」

「カ、カシアス様・・・?誤解・・・?」

「勝手に話進めるなよ!俺は決闘を承諾しねえぞ!」

「ニカーヤ。私と決闘、する」


 各々が様々な反応を示して場は混沌を極める。

 思案を巡らせるのも面倒になり、決闘決闘とうるさいセリーナさんを他所にさっさと帰りてえなと考えているとカシアスが混沌と化した場を纏めようと声を上げる。


「このままでは埒が明かない!いいか、まずセリーナ代表!」

「なに」

「セリーナ代表はアーガマと決闘を行えば、そのニカーヤというのかどうか完璧な判別は付けられるのだろうか」

「可能。私はニカーヤの小魔力オドを記憶している」

「・・・だ、そうだ。アーガマ、どうする?」


 俺に話を振って返答を促す。

 確かに、それなら決闘をする意味は俺にもある。

 しかし、小魔力オドは指紋みたいなもので、個々人によって若干の違いがあったりする。しかし、それを記憶するという事は魔眼持ちでもない限り殆ど不可能だ。

 可能だとするのならば、俺のように何度も同じ人の小魔力オドに当てられる事が絶対条件となり、俺はそのせいで師匠達の小魔力オドだけは記憶している。

 それを記憶しているとは意外だったが、この条件なら喜んで決闘したいほどだ。

 これが学園でなければ、その場で小魔力オドを使えば良いのだが、学園内で特例を除いた場合の小魔力オドの使用は禁止されている。

 少し程度ならバレないと思いたいのだが、その微力な小魔力オドですら感知してしまう無駄に高性能な感知器が学園内の至る所に設置されている。

 街へ駆り出せば好きにできるが、外出申請が受理されるのは遠い未来の話になる。

 また、学園の敷地と地続きになるイオク家が所持する土地のダンジョンは先日崩壊させた一件のみで、その他ダンジョンは他の家の私有地となっている為、ダンジョン内で小魔力オドを見せる事も叶わない。

 セリーナさんが魔眼を持ってさえいればなとたらればを考えてしまう程に八方塞がりだ。だから特例として扱われる決闘が、この学園内で今すぐに証明できる唯一の方法となっている。

 小魔力オドなら誤魔化しは効かない。この決闘は俺にも都合が良く、ニカーヤでないと証明する事ができる数少ない機会でもある。

 現時点で、断る理由は無くなった。


「ああ、わかった。受けるぜその決闘!」

「本当?やった」

「しょ、少々お待ちくださいまし!」


 決闘の話がひと段落したところで、マリアナが困惑した表情で話の輪に入る。


「カシアス様!この平民をセリーナ様と戦わせるつもりなのでしょうか!?」

「ああ、そうだが。何か問題が?」

「そ、そんなの平民が哀れな姿になってしまわれますわ!それも、見るも無惨な無様な格好になってしまうのは間違いもなく!」

「なんだ?マリアナ先輩は俺の心配してくれんのか?」

「心配なんてしおりませんわ!ただ、防げる悲劇は防ぎたいだけでしてよ!」


 マリアナは閉じた扇子を俺に向けてキッパリと言う。

 それと心配の何が違うのだろうかと思ったが、それを口にする前にカシアスがマリアナへ言葉を返す。


「大丈夫だ。先ほども言ったが、アーガマは強い。セリーナ代表、貴女が知るニカーヤという人物も相当な手練れなのだろう?」

「そう。ニカーヤは強い。とても」

「もしアーガマがニカーヤと同一人物ならば、それこそ杞憂だ。私達は安心して決闘を見守れば良い」

「オイ、お前勝手に俺とニカーヤを同一人物にするな」


 別人だからな!と念を押すが、その言葉は誰の耳にも届いていない。

 そんな話よりも、カシアスの言葉にその場の全員が耳を傾けている。


「マリアナは私を信じてれば良い。この決闘、悪いようにはならないさ」

「・・・カシアス様がそこまでおっしゃるのなら、私に異論はありませんわ」


 爽やかスマイルで放つカシアスの言葉に、マリアナは絆されて渋々といった様子で承諾する。

 そうと決まればとカシアスは手を叩いて首唱者として音頭を取ろうと話を進める。

 セリーナさんの決闘を承諾した俺としては、さっさと終わらせてしまいたいのでこの後すぐにでも始めたいと思っていた矢先、「まず日程は」と話題に上がる。


「今すぐだ!今すぐ!」

「同意。私も、今日確かめたい」


 日程の話題が出るや否や、すぐさま俺とセリーナさんは今すぐに決闘を行いたいと申しでる。俺は面倒事を早く片付けたいし、彼女は早く確かめたい。

 お互いに利害が一致しているので問題はなさそうなのだが、マリアナは難しい表情をして押し黙る。

 そんな様子を疑問に思ったカシアスがどうしたのかと尋ねると、マリアナは躊躇いながらも口を開く。


「恐らくですが、決闘を受理してくださる教員の方が今はいらっしゃらないと思われますわ」


 さっさと始めてしまおうとやる気を漲らせる俺とセリーナさんは出鼻を挫かれる。

 本来決闘を行うには申請、承認、受理の行程を踏む。

 前回を例えに出せば、カシアスが俺に対して決闘の申請を行うのが第一段階だ。まずこの申請が無ければ決闘の話は始まらない。

 そして、第二に申請された側の承認が必要となる。俺の場合はウェインさんの策略によって半ば強引に承諾したようなものだが、本来は断る事も可能だ。

 申請を承認しない限り次の段階へ進む事はないが、基本決闘を申請された者が承認を見送る事はまずない。

 誇り高い連中だ、自分の威信に賭けて売られた喧嘩を買うのが礼儀なのであろう。それがこの世界の貴族というものだ。

 そして、最後に申請と承認を経た上で学園の教員による決闘申請の受理が行われる。

 決闘申請の受理は学園の教師陣にしか行えなく、この受理を行わない限り闘技場の使用は原則不可能であり、もし受理を行わず無理矢理にでも決闘を行なってしまえば、学園のサポートを受けられずに下手をすれば死んでしまうこともある。


 前回の決闘はウェインさんが受理してくれた事もあり、無茶に体を張った俺や腹に一撃を貰ったカシアス、気絶まで追いやられたバーナードでさえ翌日には回復、復帰をしている。

 死ぬほど痛いダメージに変わりはないので気絶や嘔吐程度はするが、逆にそれで済んでいるのは受理された事により万全なサポートを受けられるからである。

 寧ろ、決闘申請受理を行なえなかったウェインさんが即日復帰している方がおかしいのだ。だから、人の域を超えているとあの人は言われている。

 しかし、今はその決闘申請を受理してくれる教員がいないとマリアナは言う。


「どうしてだ?まさか、授業を終えたからもう学舎内に教諭らがいないとかか?」

「ええ、それもありますわ。ですが、というか、大半の教員はこの時間に学舎内にいても決闘を受理しませんわ」

「でも教師じゃなきゃ決闘は受理できないんだろ?放課後は決闘に向いてるってのになんでまた」

「放課とは、その日の定まった授業を終わらせる事を言いますの。つまり、教員は自分のその日の仕事を終えたのでしてよ。その上でこの時間に決闘申請を受理するという事は、時間外労働という事になりますわ」


 カシアスと俺の問いにマリアナは淡々と答える。

 まさか、時間外労働という単語を異世界に来てまで聞くとは思わなかったが、なかなかどうして何百年振りかに聞くと元の世界に未練は無いはずなのにも関わらず、日本を思い返して懐かしんでしまう。

 そんな事を考える俺を他所に、カシアスとマリアナは話を続ける。


「そうか、そうなのか。それは知らなかった」

「いえ、新入生のカシアス様がご存知ないのは当然かと思いますわ」

「だとしても、何故だ?闘技場のサポートは教諭自らやるものではないだろう?」

「サポートに関しては闘技場に予め用意された大魔力マナを使用するので問題はございませんわ。教員は決闘申請受理後に大魔力マナ使用の許可を申請しますの」

「ああ、それは理解している。申請から受諾までも時間はそうかからないはずだ。それなのにどうして、教員は受理したがらないのだ?」

「この学園において時間外労働には給与が発生しませんの」


 その言葉を受けてカシアスは固まる。

 この世界に時間外労働、つまり残業という概念は存在する。

 マリアナの話から推測すれば、残業を行えばその分の手当金が発生するのは元の世界とは変わらないのだが、ヘムズワース学園内においては例外であるようだ。

 元の世界でも残業代が出ないなんて話はたまに耳にしていたが、異世界まで同じなんてまるで夢がない。


「それなら、仕方ないか。悪いな、アーガマ。今日は無理そうだ」

「いいって、今の話聞いて無理にでも受理しろなんて思わないよ」

「残念。でも、仕方ない」


 さっさと俺がニカーヤじゃない事を証明して帰りたかったが、事情が事情なら仕方ない。

 それはセリーナさんも理解しているようで、無表情ながらも肩を下ろしているのがわかるくらいには落胆しているが、「後日、必ずする」と引き下がる。

 このまま有耶無耶になるのが一番ありがたいが、そうはいかないだろうなと引き攣った笑みを浮かべていると、ドアが三回ノックされる。

 来訪者に覚えのないマリアナは黒服へ目を向けると、ドアを開けるように促す。

 それに頷いて黒服がドアを開けると、ヒョロっとした見た目の長身男性が立っていた。

 お世辞に筋肉質とは言えないほど細く、無地のシャツとスラックスだけを着用したお洒落とは無縁の格好をした見た目から怪しさを漂わせ、面長の顔に印象的にある糸目は、余計に警戒度を上げさせる。

 その人物は、マリアナをその細く開く瞼の奥に映すと「ああ、やっぱりまだいらっしゃいましたか」と述べる。

 誰だこの人と俺が聞くまでもなく、その人物を目にしたマリアナはあっと声を上げる。


「カーン教諭!?も、もうそんなに時間が経っていらっしゃいましたか?」

「ええ、そろそろ退出していただかないと鍵の返却も確認しないといけないので」

「それは申し訳ありませんでした。でも、鍵の管理をカーン教諭自らされなくても・・・時間外労働になってしまわれるのでは?」

「ああ、いや、僕が心配性なだけですよ。鍵の返却も相互確認すれば、お互い安心して今夜は寝れるでしょう?」


 カーン教諭と呼ばれたこの学園の教師はそう言って微笑むと、今度は俺やカシアスに目を向けて「これは」と襟を正す。


「初めましてですね。私はナサニエル・カーン、この学園で歴史学の教師をしています」

「これはご丁寧に、私はカシアス・イオクと申します。以後ともよろしくお願い致します」

「あ、えっとよろしくお願い申しあげます・・・?」


 ナサニエル・カーンと名乗る教師が挨拶をすると、カシアスはすかさず挨拶を返す。その所作は流石貴族と言ったところで、所作を全く知らない俺でも見惚れるほどに美しい。

 その流れで俺も挨拶を返すのだが、カーンさんは「教師に貴族への挨拶は不要ですよ」と笑う。

 教師相手には別の挨拶があるのかと戸惑っていると、カーンさんは「それにしても」と俺とカシアスを交互に見て言う。


「お二人がいるとは。もしや先程から扉越しに聞こえていた決闘の話はお二人が再戦を?」

「聞こえていらっしゃいましたか、お恥ずかしい。決闘をするのは私とアーガマではありませんよ」

「おや、それなら誰と誰がするのでしょう?」

「アーガマと、セリーナ代表です」


 カシアスのその言葉を受けて、カーンさんは目を見開きセリーナさんと俺を交互に見ては「はは」と軽く笑みをこぼす。

 少し興奮した様子で「受理は?決闘はいつ頃に!?」と問うて来るので、若干ドン引きしながらも「受理はまだで詳しい日程も決めてません」と言う。

 すると、カーンさんはそれはいけないと拳を握り、目を爛々に輝かせて俺に詰め寄る。


「それだったら、僕が決闘申請を受理しましょう!決闘は、今から!このあとすぐからでよろしいですか!?」


 鼻息を荒く糸目を全開に開けて言い放つ。

 俺としては願ってもない事だが、良いんだろうか。

 セリーナさんは「やった」と小さくガッツポーズを決めているし、カシアスとマリアナはお互いに顔を見合わせている。


のセリーナ・ハサウェイ生徒代表と噂の新入生シロウ・アーガマ君!この戦い、熱くない訳がありません!」


 握った拳を掲げ、口角を引き上げ白い歯を見せて笑う。興奮を隠さず、決闘に盲目になるその姿勢は、つい先日どこかで見た教師の姿を思い出す。

 ウェインさんが実戦専門の戦闘狂だとするのなら、ナサニエル・カーン教諭、この人はウェインさんとは違って観戦専門の戦闘狂だ。

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