無能ばかり転生してくるので、面接で落として地球に送り返します。

@momomomom

第1話

 「残念ながら、この世界への滞在を許可することはできません」


 ひんやりとした石に囲まれた寂しい部屋で、彼は向かい側に座る無精髭の男にそう言い渡した。

「したがって、あなたには元々生活されていた母世界へ帰還して頂くことになります。問題がなければ早速その手続きに入りますが、いかが─」


「いやいや……」無精髭は中途半端に口を開けながら呆然としていた。「いきなり面接みたいなことやらされて、挙句の果てに不許可なんて言われてさ。問題しかないんだけど」

「厳正な審査の結果ですので……」彼は穏やかにそう伝える。


「大体さっきの実技試験だってこの上ない結果だっただろうが。あんな巨大な化け物を完膚なきまでに叩きのめしたんだ。俺の圧倒的な雷で」無精髭は少し誇りに満ちた顔で、その右手を眺めながら言った。

「申し訳ありませんが、審査内容についてはお伝えできませんので─」

「ふざけんな!クソッタレの世界の役所みたいなこと抜かしやがって。俺はあんな世界から逃れて、異世界で悠々自適に過ごすために毎日お祈りしてたんだ。今日こそ苦痛に満ちた地球を脱出して、そして素敵な世界に転生できますようにってな。それでやっと、数年もかかってたどり着いたってのに……俺は留まるぞ。何があってもあんな世界には戻らない」無精髭は目に涙を浮かべながら激昂していた。

「皆さんそう仰られるんです。しかし規則ですので」彼は手元にあるザラザラした厚紙を検めながらそう言った。紙には無精髭の情報が簡単に記してある。



 22歳男性

 職業不定

 能力:電撃系B

 志望:魔王討伐

 協調性D

 順応性D

 道徳D

 バランスブレイカー

 備考:

 総合:ランクF


 やはり許可を与える水準には到底達していない。強制送還に相当するランクFが妥当だ。彼は書類から顔を上げ、左後方に佇んでいる女性に視線を向けた。彼女は何も言わず、ただ頷いた。


 彼は視線を前に戻した。視線の先では、ようやく事態を把握したのか、無精髭がしきりに貧乏ゆすりをし、慌ただしげに部屋の隅々を見回していた。

「後も詰まっていますので、それでは早速送還の手続きに入らせて頂きます」


 彼が発言すると同時に、無精髭は立ち上がった。

「ダメだ!何としても俺はここに残るんだ。死に晒せ面接官!」啖呵を切ると同時に先ほど自慢げに眺めていた右手を突き出した。その刹那、静電気ほどの小さな稲妻が迸った。静まった冷たい部屋の中で、ただその可愛らしい稲妻がまるで線香花火のようにパチパチと弾けていた。


「なんで……」右手を震わせながら、無精髭はまたしても呆然としていた。その足元で、単眼の生き物が無精髭を見つめ続けていた。

「だめだよ」単眼の生き物はその小さな口をパクパクさせながらそう言った。大きさは膝丈に満たないほど。ふっくらとした胴体におまけのような四肢が付いており、それで四足歩行をしている。犬というよりは、太った蛇に足が付いているような、不思議で愛らしい姿をしていた。獣の耳の下にある、並外れて目立つその単眼は、絶えず無精髭を捉え続けていた。

「俺の能力に何しやがった!返せよ!俺の電撃だぞ」

「だめだってば」カタコトで単眼の生物は諭す。

「この部屋での能力の使用はお控えくださいね。もう次の面接が迫ってるんだ。エルネ、頼んだ」彼は後方を振り返って言った。


「はいはい」彼女は無精髭の近くに寄った。

「やめてくれ……もうあの世界には戻りたくないんだ……毎日辛くてなんの救いもない。俺はこの世界で電撃を操りながら理想的な生活を送るんだよ……人々から尊敬されながら」無精髭は懇願するような目でエルネにそう言った。

「大丈夫よ」エルネは微笑んで、そう囁いた。そして、つま先で無精髭のスネを蹴り上げた。

「ギャッ」無精髭は悲鳴と同時に黄色味を帯びた光に包まれる。そして消滅した。


「お疲れさま、ナギ」エルネは淡々と言った。「メダマもおつかれ」

「うん」単眼の生き物はよちよち歩きまわりながら返事をする。

「次の転生者はもう到着してるのか?」ナギは椅子に深くもたれかかりながら尋ねた。

「知らないわよ。自分で見てきたら?」エルネは爪をいじりながら部屋後方の定位置に戻る。

「ふん。なあ、メダマ。隣の部屋覗いてみてさ、誰かいないか見てきてよ」

「こきつかうなよ」そう言いつつメダマは隣室へトコトコと覗きに行った。


 ナギは一息つくために机の上のコップを手に取った。粘性の高い液体が半分ほど残っている。それを少しづつ喉に通しながら、今日の残りの仕事について思案した。予定では先ほどの無精髭が最後から二番目の転生者だった。だからあと一人の面接をこなせば今日の業務は終わりだ。鉄格子のはめられた窓の外を見ると、既に日は落ちかかっていた。紫色の風景から少し冷たい風が吹き込み、肌をピリピリと刺してくる。そんな些細な刺激によって、一日の疲れが一段と増したように思われた。


 もうひと踏ん張りだ。仰け反りながら椅子の上で大きく伸びをしたとき、後方にいるエルネが目に入った。少々露出度の高い、ワンピースのような黒い装束に、アホみたいにとんがった大きな帽子を被っている。帽子の下には短い金色の髪が覗いていた。それは換金できそうな程に煌びやかで、魅力的だった。依然、彼女は大きな瞳を凝らしながら、すらりとした指先の爪を弄り回している。魅力的ではあるんだが、中身が少し─と思っていると、爪から目を離した彼女と目が合った。

「なに?」

「いや、その服装可愛らしいよなって思ってさ」

「衣装指定したのはあんたでしょ?ふつう魔術師はこんなの着ないし。どこの文化か知らないけどこんなの着させられちゃってさ、レルネかわいそう」彼女は不満げに言った。中身がな、と再び思った。

「うちの世界では魔術を使えない連中でさえ着てたんだよ。ドンキとかに売ってたんだ」

「ドンキって何。興味無いから答えなくていいけど」彼女は相変わらず爪をいじりながらそう言った。

「まぁ、魔術使うならその服を着るに越したことはないんだ。雰囲気って大事だしな。ところでマナの方は大丈夫か?あと一人分だけ残ってれば問題はないが」

「こんな雑魚ども相手に切らすわけないでしょ?一人残らず完璧に転移させてやる」

「そりゃ頼もしい。審査通ったら転移させなくてもいいんだけどな」

「大体まともな生物は転生してこないんだから、問答無用で追い返せばいいのよ」

「上からのお達しだから仕方ないだろ。それに俺みたいなまともなのだって転生してくるんだし」

「あんたも怪しいけど」

 ナギは特に言い返す言葉もなかったので沈黙し、転生してきた際のことをぼんやりと思いだした。あの頃は俺も面接を受ける側だったな、と懐かしく思った。今では不思議なことに面接官側に回っているが。


「きた」メダマが隣室から男を引き連れて、そう告げた。

「えー、それではどうぞおかけください」ナギは姿勢よく座り直して、男に促した。


 男はキョロキョロとしながら、何も言わずに座った。年齢は三十歳ぐらいだろうか。真っ黒なジャージにスニーカーを履いていて、それらはだいぶ年季が入っているようだった。随分と長いこと髪を切っていないのか、伸びきった前髪が片目を完全に隠していた。不思議とその目隠れと挙動不審さがマッチしていて、それが自然な振る舞いのように思われた。

「事のあらましは護送官からお聞きになりましたか?」

「ゴソーカン?」目隠れは低い声で無愛想に尋ねた。

「目覚めた場所からこの建物まであなたを連れてきた大男のことです」

「あぁ、それでそいつが何?」

「その大男から、あなたがいかなる状況に置かれているか、大体の説明は受けましたか?」

「あぁ、転生したんでしょ?俺。願ってた通りにさ。まさか面接受けさせられるとは思ってなかったけどさ。俺面接嫌いなんだよ」

「そうですか」ナギは冗長な受け答えに嫌気がさしたが、表情にはださなかった。「それでは、護送官の説明通り、ただいまから面接を始めさせていただきます」

「あぁ、面接嫌なんだけどね、俺」後方から舌打ちが聞こえた。レルネの顔が容易に脳裏に浮かんだ。

「えー、まずご年齢から」

「いくつだったかな。もう長らく誕生日なんて祝ってないから曖昧だな。多分29ぐらいだろ」

 曖昧ならキリよく30で良いだろ、下らないプライド持ちやがって。そう思いながら、羽根ペンを用いて書き込んでいく。インク代わりの赤褐色の液体からは、鉄臭い臭いが漂ってきた。

「母世界、つまり地球ではどのようなお仕事をなされていましたか?」

「仕事?うーん、営業とか?」

「とか、とは?」怪訝そうな顔で聞き返す。

「営業ってことにしとくわ。書いとけよそうやって」目隠れは相手の目を一瞥もせずに、相変わらず部屋の中を見回していた。そして部屋の隅で座り込むメダマと目が合うと、そのふたつの生物はしばらく見つめあっていた。

「こっちみるな」メダマはキレ気味に呟いた。

「この化け物なんなの?なんか怒ってるけど。あんたのペットか?」

「いえ、うちの職員です」

「おまえはしつもんするなよ」メダマは目隠れの足を甘噛みしながら憤った。

「うわっ、痛えよお前」目隠れは咄嗟に椅子の上で体操座りをし、その甘噛みから免れた。

「気を取り直して、次の質問です。これは護送官からはお聞きになられてないと思いますが、あなたは現在ある能力を付与された状態にあります。それはお気づきになられましたか?」

「それほんとか!?」突如、目隠れはその片目を輝かせて、上半身を乗り出しながらそう尋ねた。

「はい。そのご様子ではまだお気づきになられていないようですね。それでは私の方からその能力の詳細についてお伝えさせていただきます」

「死に戻りだろ!?俺の能力って死に戻りだろ!?」

「違いますが。あなたの持つ能力はいわゆる再生です」

「あぁ、再生。いや、再生能力か。想像に近からず遠からずってところか。いや、嫌いではないよ。むしろ好印象だ」目隠れは早口で興奮していた。

「気に入って頂けたようでなによりです」

「いや、本当に気に入ったよ。再生能力ってこの世界でも結構重用されるんだろ?どうせこの世界にも魔王やら何やら居るだろうし、そいつへの刺客としてピッタリだろ?再生能力を活かして魔王の手下を悪戦苦闘しながらも倒して、そしてその親分にとどめを刺すんだ。パーティメンバーにはそこの姉ちゃんみたいな可愛い子がたくさんいて、尚且つ持て囃してくれる。そういうことだろ?」唾を飛ばしながらとんでもない早口でまくし立てる。またしても後方から舌打ちが聞こえた。

「事によるとそうなるかもしれません。とりあえず、現段階では能力の概要をお伝えしたに過ぎませんのでその点はご了承ください」 

「大体なんで俺の能力が分かったんだ?俺ですら気づけなかったのに」

 転生者特有の質問の多さに辟易としながら、仕方なく丁寧な回答をする。「それが私の能力だからです。私は対峙する相手の能力を看破することが可能です。それ故に、あなたのような転生者に情報を与え、そして審査を行うことが私の生業となっています」

「ふーん、そうなんだ。それはそれで有益そうだけど。でも、俺の再生能力と比べたら少し劣るね。はは。何だか物語の中盤ぐらいで、利用されるだけされて死ぬ脇役みたいな能力だ。ふっ」目隠れは勝ち誇ったような顔で、初めてこのときナギの顔をしっかりと見据えていた。足と腕を不自然に組みながら、まるで魔王を複数匹倒した伝説の勇者のような威厳を示しているつもりのようだった。

「ご満足頂けているようでなによりです。それでは次の質問に移ります。この世界において、あなたが志望される活動はいかなるものでしょうか」

「よく考えてみると、たかが人の能力がわかる程度なのに偉そうだよなぁ、お前。まぁいいや。志望なんてとくに無いけどさ。まぁ再生能力があるんなら魔王やらを倒したりするのがやっぱり妥当なんじゃないか?お金も名声も得られるんだろ?」

「えぇ、おっしゃる通り、この世界に魔王は存在しています。現在、我が国ユーティリアと魔王軍は緊張関係にあり、多くの一般市民が少なからず魔王軍から影響を受けています。それ故に、魔王軍の力を抑制した者には、国から当分飲み食い娯楽には苦労しないほどの報奨金が支払われますし、同時に勲章も与えられます」

「ふーん、なるほどね。それならもう決まりだ。俺がそのレイとかいう魔王をぶっ倒してやる。この再生能力でな」さらにふてぶてしい姿勢を取りながら、目隠れは自信に満ち溢れた声でそう宣言した。「それで、いつ能力の使い方は教えて貰えるんだ?早く使いたいんだが」

「それは後ほどです。あといくつか質問をします。その後に能力の実技試験を執り行わさせて頂き、そこで同時に能力の使い方も大まかに説明いたします。この試験は別室にて執り行わさせて頂きますのでご了承ください」

「あっそ。早く能力使いたいからさっさと下らない質問は終わらせてくれよ。俺はお前と付き合ってる暇はないんだ。なんせ魔王と戦わなきゃいけないからな」極度に浮つきながら目隠れは答える。

「それでは今から合計3つの質問をさせて頂きます。場合によっては追加の質問もすることもあります」

「分かったから早くしろって」

「それでは一つ目です─

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