第13話 毒リンゴ

「わ、私……夢でも見てるのかな……?」


 顔が熱くなって行くのを感じた瞬間に樹は涼を見れなくなってしまう。

 つまんでいた手を慌てて離して、自分の顔を包みだす。

 手も熱くて全身燃えているのではないかという位の熱を冷ます方法を樹は知らない。


「じゃあ夢から覚まさせてあげる」

「……ぁ」


 くすくす、という笑い声は目の前から真上に移動した。

 流されるままに涼の腕の中に包まれて涼の熱を感じる。

 涼の火傷しそうな体温と早い鼓動の音が聞こえて、同じ気持ちなのだと安心して身を委ねた。


「ねえ、僕の事……好き?」


 耳元で囁くように問いかけられて、思わず涼の胸から離れる。

 だけど涼は離してくれなくて、鼻先が付くくらいの距離で見つめられた。


「キスしたら、犬飼さんは目覚めてくれる?」


 いつから毒リンゴを食べていたのだろうと思ってしまう。

 これが夢でなくなるのなら、樹は目を覚ましたいと思った。


「あ、有馬さん……目覚めのキスは、今度、私からしたい……です」

「どうしよう、今すぐしたくなっちゃった」

「だ、ダメ!! い、今は心臓がもたないから!!」


 じたばたと暴れた樹を離して涼は嬉しそうに笑う。

 湯気が出そうな位に赤い顔がかわいらしいと見つめていれば、緊張した様な視線と交わった。


「私も有馬さんが大好きだよ」


 もしこの世界におとぎ話の様なお姫様がいるのだとしたら、


「不束者ですが、よろしくねっ」


 目の前で幸せそうに笑う少年なのだと思う。



 見つめ合うだけでこんなに胸が熱くなるなんて知らなかった。

 もう一度抱きしめてもいいだろうかなんて熱い眼差しを送っていれば、同じ視線が向けられて夢中になってしまう。

 その熱に触れたいと、お互いに近付いていく。


 ――ガササ、ガサ


 地面をこする音で樹と涼は我に返り、驚きながら音のした方を見る。


 校門へ忍び足で向かっている歩と月は音を立ててしまった事に慌てながら振り向いていた。


「なに音立ててるんですか? 生徒会長さん」

「わ、私だけじゃないでしょう!?」

「俺はつられただけだ」

「私だってつられただけよ!」


 その光景がおかしくて、樹と涼は大きな声で笑いだす。

 観念したかの様に歩と月はその場に立ち止まって、同じ様に笑った。


「お前たちは笑っている方がいい」

「落ち込んでいる有馬涼なんてもう見たくないわね」


 振り回されるのも振り回すのも、もうこりごりだと苦笑すれば、樹と涼も苦笑する。


「心配かけてごめんなさい。でも見守ってくれてありがとう」

「2人がいなかったら、こんな関係にはなれなかったと思うんだ」


 大切な存在にはこれからもずっと隣にいてほしい。

 だから、樹と涼は歩と月の手を握る。


 絶対に離さないという位に強く握られた手の温かさに驚いてしまう。

 どうやっても離してくれない優しさが嬉しいと思う。

 隣にいていいのだと、安心できるから。


「ねえ、みんなでクレープ食べにいかない?」


 歩の手を大きく振りながら、樹は笑って3人に問いかける。


「僕も食べたい。ね、月も食べようよ」

「ハァ!? し、仕方ないから付き合ってあげるわッ」

「これは死刑宣告か?」

「今日こそはクレープに目覚めてね!」


 4人は並んでクレープ屋へ歩き出す。

 他愛無い会話が心地いい。


 気分よく歩く樹の手を、涼はゆっくりと触る。


 視線を向けると照れた様な表情の涼に見つめられた。


(有馬さんって……かわいいな)


 緊張しながら樹は涼の手を握る。

 いつもより赤い涼の顔は照れた様に逸らされてしまう。


 まだクレープ屋に着いていないのに、心が甘くて満たされていった。



【終】

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学園の王子様♀に恋した男の娘[LadyBoy] ~私が男だって彼女は知らない~ 響城藍 @hibikiai

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