6. あの日の僕ら2 86~90


-86 まさか・・・。-


 守は深呼吸して大体の状況を把握すると、冷静に対処してみる事にした。


守「あの、ここ何処ですか?」

男性「お前、自分がいる場所が分からないのか?ここはネフェテルサ王国、至って平和な国だ。」

守「日本では・・・、無く・・・?」

男性「ニ・・・、ニホン・・・?聞いた事ない国の名前を言うなって。」


 どうやら守は異世界に転生してしまったらしい、一先ず真帆の事を知らないか聞いてみる事に。


守「すいません、俺と一緒に女の子はいませんでしたか?俺より一回り小さな女の子がいたと思うんですけど。」

男性「見て無いな・・・、俺が見かけた時そこで寝てたのはお前1人だったぞ。」

守「そう・・・、ですか・・・。」

男性「ん?もしかして彼女か?」

守「そうです・・・、真帆って言うんですが。」

男性「聞いた事がない名前だな、また情報が有ったら教えるよ。」


 すると守の腹の虫が盛大に鳴った、その音に目の前の男性は驚いた様だ。


男性「何だよお前、何も食ってねぇのか?」

守「そうなんです、色々あって昼飯を食いそびれまして。」

男性「そうか、じゃあついて来いよ。腹が減っては何とやらと言うだろう。」


 暫く歩くと使い古した牛舎と新築の豚舎のある肉屋へと到着した。


守「あの俺・・・、金無いんですけど・・・。」

男性「安心しろ、これから稼げば良いだろう。」


 守は男性の台詞の意味が分からなかった、ただ今はそれ所ではない。


男性「ほらよ、残り物で悪いけど食いな。」

守「えっと・・・、良いんですか?」


 肉屋の厨房の横にある食堂らしき場所で目の前のテーブルに並べられた数々の肉料理に食らいつく守、日本と同様の料理に何処か安心感があった。


男性「ああ・・・、というかお前、俺が返事する前に食ってんじゃねぇかよ。」


 男性は守の向かいの席に座ると幾つか質問し始めた。


男性「お前さん、まず名前は?」

守「守です・・・、宝田 守。」


 男性は何処かで聞いた事のある苗字だと思ったが気の所為だろうとスルーして次の質問をした。


男性「仕事は何をしてたんだ?」

守「営業の仕事をしてました。」

男性「営業ね・・・、外回りとかのあれか。という事は養豚の仕事は経験無しって事だな。」

守「無いですけど・・・、どういう事ですか?」

男性「守、金が無いって言ってただろう。」


 守は懐から財布を取り出した、中には1万円札が1枚。


男性「あんじゃねぇかよ、でもこれは残り物だから金は貰えねぇよ。その代わり今年新しく豚舎を増設したから人手が欲しいんだ、ここで働かねぇか?」


 グイグイ来る男性に思わず困惑したが働き口があるのは嬉しいし助かる。


守「分かりました、宜しくお願いします。」

男性「そう来なくっちゃ、じゃあこれからよろしくな。俺はケデール、この肉屋の店主だ。一応、店の2階に空き部屋があるからそこ使ってくれ。テレビ付きで良い部屋だぞ。」


 ケデールの案内で2階へと向かい、奥の部屋へと入ると腰を下ろした。普段から掃除がせれている部屋で一息つくと、早速守はケデールから渡された制服に着替えた。


ケデール「おっ、来たな。今日から宜しく頼むぜ。」


-87 3つのルールと朗報-


 2人は早速、新設された豚舎へと向かい、守は店主の指導の下で豚の世話をし始めた。ケデール曰く守は意外とセンスがあるとの事だ。


ケデール「おいおい、お前俺に嘘つきやがったのか?」


 ケデールはそう言いつつも顔がニヤついていた、どうやら新しい従業員の実力は店主の想像の斜め上を行っていたらしい。


ケデール「そうだ、今日は早めに店を閉めて呑もうか。守の事をもっと聞かせてくれよ。」


 守が久々の酒に笑顔を隠せずにいると、店の入り口から女性の声がした。


ケデール「お客さんだ、・・・ったく中の奴は何やってんだよ。はーい、今行きますね。」


 ケデールがその場を離れると守は可能な限りの事を行い、豚達の世話をし始めた。この世界の豚も日本の物と変わらない、そして・・・。


守「こいつら結構可愛いな・・・。」


 守が一言呟くと丁度店から戻って来た店主が応えた。


ケデール「そうだろそうだろ、愛着が湧いてくるだろう。俺もこの広大な土地に店を構えて良かったって思うんだよ。そうだ・・・、忘れてた。」


 突如何かを思い出したケデール。


ケデール「実はな、ここで牛や豚を育てるに当たってルールを3つ設けているんだ。」

守「「3つのルール」ですか?」

ケデール「ああ、この広大な敷地で牛、豚にストレスを与えず伸び伸びと自然に近い状態で育てる為の物だ。①可能な日は午前中、必ず外で放牧する。②化学肥料を使って育てた物を飼料として使わない。そして③、これが1番重要だ。この子達の世話をする時は絶対魔法を使わない。」

守「魔法が・・・、あるんですか?!」


 驚愕する守の横で店主は大爆笑していた。


ケデール「おいおい笑わせるなよ、魔法無しでどうやって生活するんだ。」


 夜7:00、早めに店を閉じたケデールは食堂の冷蔵庫からビールを取り出して守に渡した。


ケデール「守・・・、お前はこの国にどうやって来たんだ?」

守「入院中に毒殺されました、牛乳の中に入ってたみたいでして。」

ケデール「毒殺って・・・、差し支えなければ、詳しく聞いても良いか?」

守「実は俺より先に亡くなった母が投資家で、本人が所有していた持ち株を俺が引き継いだんですが、それを奪おうとした敵対する投資家に背後から刺された後毒を盛られまして。」


 守の発言に店主が顔を蒼白させ、数時間程呑み明かした後、2人は各々の部屋に入った。呑み過ぎたのかすぐに眠ってしまった守は、夢の中で誰かが呼んでいる事に気付いた。


声「宝田 守だな。」

守「そうですけど・・・、どうして俺の名を?」

声「私は全知全能の神・ビクターだぞ、当然の事だ。」


 守のイメージとは違い、眼前にはタキシード姿の男が1人。


守「でしたら、俺の恋人を知りませんか?森田真帆って言うんですが。」

ビクター「そやつなら確か・・・、俺の管轄外の世界にいるはずだ。ちょっと待てよ。」


 ビクターは懐からスマホを取り出して電話を掛けた後に守に告げた。


ビクター「どうやら時の流れにズレがあって、その真帆は既に結婚して子供もいるらしい。」


 守は少量の涙をこぼした、真帆が幸せそうで安心したのだ。


ビクター「そう泣くな、お前にも朗報だ。お前が愛した好美もこの世界におる。ただお前、この世界に来ようとするなと言われたんだろ?実は本人に口止めされていて居場所は言えないが特別に助言をやる、今いる店で働きながら店主に協力したらすぐに会えるぞ。」


 夢から覚めた守はこの世界に来て初めて、嬉し涙を流した。


-88 神との約束-


 ベッドの上で守は涙を拭いながら起き上がり、全知全能の神から聞いた助言などを思い出そうとした。


守「確か・・・。」


 目を瞑りゆっくりと頭を回転させていく。


ビクター(回想)「良いか守、助言の通りやるからと言って絶対にしてはならない事が2つ有る。そのどちらかを行ってしまうと一生好美に会えないどころかお前の下から消え去ってしまうだろう、俺との約束を守れるか?この世界に本人がいる事をお前に言った事がバレると、俺が好美に何をされるか分からないんだ。」


 どうやら学生時代の「鬼の好美」は健在らしい、それにしても好美は目の前の神に何かしたのだろうか。


ビクター(回想)「ただな、俺の娘達が好美の世話になっているみたいだから親として恩返しをしたくてね。やはり表では来ようとするなと言ってても死に別れた彼氏に会いたいと思っているはずなんだよ、だから頼むよ。」

守(回想)「でも俺達・・・、好美が亡くなる直前まで話せず仕舞いでした。」


 ビクターは守の肩に優しく手を乗せた。


ビクター(回想)「表面ではそうしていたとしても、心の底ではお前の事をずっと愛していたはずだぜ。自分が亡くなっても尚、大好きなお前には生きていて欲しいっていう気持ちがあったからお前への手紙を結愛に持たせたんじゃないのか?」

守(回想)「やはり・・・、結愛もこの世界に・・・。」

ビクター(回想)「ああ、あいつには困ったもんだよ。本来は禁忌とされているのに何度も何度も元の世界に帰りやがったから他の神に示しが付かなくなってしまってな・・・、ってそれは良いんだ。お前との約束だよ。」


 神は未だに守との約束を伝えることが出来ていない事を思い出した。


ビクター(回想)「じゃあ言うぞ、1つ目は「決してお前の方から好美を探そうとしない事」だ。好美はお前がこの世界にいる事をまだ知らない、お前が探していると知れば会いづらくなってその場から逃げ出すだろう。そして2つ目だ、「決して店主に「何を協力すれば良いか」を聞かない事」、あのライカンスロープの事だからお前の方から聞いてしまうと申し訳なく思って絶対に話さない。するとどうなるか、お前への依頼を他の人に回して最終的に好美に出会う機会はもう無くなってしまう。呑みの席などで必ずあいつの方から依頼を話す様に持って行くんだ、分かったか?」


 守は少し汗をかきながら重々しく答えた。


守(回想)「分かりました・・・、それにしてもケデールさんがライカンスロープって本当なんですか?ライカンスロープって狼男ですよね?」

ケデール(回想)「ああ、でもこの世界の者たちは種族関係なく皆平和に暮らしているから気にせずに同じ人として接したらいい。そうだ・・・、転生者皆にやっているんだがお前にも特別なスキルをやろう。きっとこれからの生活に役立つはずだぞ・・・。」


 守は神の言葉を思い出しつつも、全くもって実感が湧かなかった。本当にスキルを貰えたんだろうか、どうすれば使えるのかを説明を受けはしたが「助言と約束」を聞いた後は何故か虚ろだった為、しっかり理解できないまま夢から覚めてしまった守を扉の外から呼ぶ声がした。


声「守ー、朝ごはんだぞ。おいおい、起きてるか?まさか二日酔いしてないだろうな。」


 声の正体は先程神が言っていたあのライカンスロープ、ケデールだ。


守「あ・・・、店長、おはようございます。」

ケデール「起きていたんだな、おはよう。早速朝ごはんにしよう、良い匂いがするだろう。」


 朝日が差し込む部屋にふんわりと良い匂いがした、朝ならではと言いたいあの匂い。


守「本当ですね、俺味噌汁大好きなんですよ。」


 階段を降りて食堂に入ると炊き立ての白飯とだし巻き卵、そして先程から優しく香る味噌汁がテーブルに並んでいた。席に着くなり、店主は守に切り出した。


ケデール「守、料理は得意か?」

守「家庭料理程度なら・・・、一応。」


-89 店主の希望-


 ケデールは先程の質問に対する守の返答を聞くと「そうか」と返事した後、何かを考える素振りをしながら黙々と食事をしていた。きっと夢の中で神が告げていた「お願い」の事なのだろうと察した守は、神との約束通り自ら尋ねようとはしなかった。

 その後、豚舎へと向かった守は餌をやりながらだが少し違和感を感じていた。


守「どうしてここの餌は緑色が混じっているのかな。」


 守は元の世界にいた頃、龍太郎と共に契約している畜産農家へと見学に行った事が有った。そこでは豚の餌にトウモロコシや穀物を使っていたので全体的に黄色いイメージを持っていたのだ。


守「まぁ、良いか。余計な詮索はしない方が良いだろう。」


 ただ、餌を餌箱に入れる度にほんの少し良い香りがしたのが妙に気になったが。

 それから数日後、餌箱を掃除していた守に放牧場から帰って来たケデールが声を掛けた。


ケデール「守、ちょっと良いか?」


 店主に手招きされた守は一緒に食堂へと向かった。


ケデール「取り敢えず、かけてくれ。」


 ケデールは守に椅子を勧めると自ら急須でお茶を淹れて守に振舞った。毎朝の食事もそうだが、どうやら目の前のライカンスロープは「和」の物に拘っている様だ。


守「う・・・、美味いですね。」


 守が一言告げると店主は目を輝かせながら食らいついた。


ケデール「そうだろそうだろ、このお茶は隣国の農家と契約して毎日送って貰っているんだ。この香りが良いだろう、実はこの茶葉を少し前からなんだが牛や豚の餌に混ぜていてね。ブランド化出来ないかなって考えているんだ。」

守「良いじゃないですか、自分に出来る事が有ったら協力させて下さい。」


 守の言葉を聞いたケデールは嬉しそうにお茶を啜った。


ケデール「助かるよ。それでなんだが守、この前俺が料理が出来るか聞いたのを覚えているか?」


 内心では「遂に来た」と思いつつ、慎重に会話を進めた守。


守「確か・・・、朝ごはんを食べている時にですよね。」

ケデール「うん、これはまだここだけの話にしておいて欲しいんだが、品種改良が上手く行けばなんだけど、ブランド化した折に地元のレストランや拉麺屋さんの方々を招いて豚肉の試食会をしようと考えているんだ。」

守「拉麵屋?!拉麵屋さんがあるんですか?!」


 ケデールは守の反応に笑いながら屋外へと案内して市街地の方向を指差した。


ケデール「ほら、あそこに大きなマンションが建っているだろう。そこの一番上に住んでいる大家さんがオーナーになって拉麵屋をしているんだよ。」


 守は何処かで聞いた事のある話だと思いつつ、普通の反応をした。


守「そうなんですか、凄い働き者の方なんですね。」

ケデール「そうなんだよ、その上その人は王城で夜勤をしてからやってんだぜ、頭が上がらないよ。」


 それから数か月の間、守は豚の品種改良やお世話に尽力しつつ、休憩中はケデール拘りのお茶を飲みまくった。ずっとそのお茶を飲んでいたせいか、守はある疑問を抱く様になった。


守「店長、何か隠し味を入れていませんか?」

ケデール「やっぱり、ずっと飲んでいるから分かるか。最近冷えて来たからお茶に「あれ」を入れてみたんだ。ほら、そこの冷蔵庫にあるだろ?」


 守はすぐそばの冷蔵庫を開けて中をまじまじと見た。


守「やはり、「これ」でしたか。あの・・・、「これ」使えそうですね。」


-90 涙がくれたもの-


 冷蔵庫の中を確認して1人顔をニヤつかせる守を見て怪しそうな表情をする店主は、目の前の従業員が何を言っているのかが分からなかった。


ケデール「ん?何にだ?」

守「ほら、例の試食会の料理にですよ。俺の得意料理に丁度良いのがあるんです。」


 ケデールは守に試食会で出す料理の提案と当日の調理をお願いしていた事を思い出した。


ケデール「そういう事か、良いじゃないか。是非、その方向で行ってみてくれ。」


 そして迎えた試食会当日、朝早くに起きた守は何度も味見を繰り返して料理に使うタレを作っていた。


守「あ、店長。おはようございます。」

ケデール「おはよう、朝から気合が入ってんな。」

守「店長のお役に立ちたくてつい・・・。」

ケデール「それは有難い事だが、朝の餌やりも忘れるなよ。」

守「あ、もうやって来ました。」

ケデール「嘘だろ・・・、相変わらず凄い奴だな・・・。」


 守がタレを作り終えた後に2人は朝食を摂り、ケデールが牛や豚達を放牧場へと誘導する中、守は試食会に向けて調理を進めた。


ケデール「おっ・・・、良い匂いじゃないか。これなら皆さんに高評価を貰えるだろう。」

守「ですね、では配膳台に乗せておきます。」


 守が作業を進める中、食堂へと向かうケデールは踵を返してある事を思い出した。


ケデール「そうだ、思い出した。この試食会はお前の紹介も兼ねているから呼んだら来てくれな。」

守「わ・・・、分かりました。」


 そしてケデールは配膳台を押しながら食堂へと向かった。

 遂に試食会の時が来た、ケデールが来客たちと言葉を交わす中、食堂から漏れる数人の声を聞いた守はある事に気付いた。


守「聞いた事のある声だ・・・、まさか・・・。」


 そして店主に呼ばれた守は食堂へと向かい歓喜した。


守「いらっしゃいませ、やはりそうだったか。」


 来客達の中に見覚えのある女性達が2人。


女性達「守・・・!!」


 そう、目の前に好美と真希子がいたのだ。

 試食会の後、守と好美は豚舎へと向かった。


好美「どうしてここにいるの?!手紙送ったでしょ?!」

守「不可抗力だった、毒を盛られたんだ。」


 守の事情を知った好美は怒るのをやめた。


好美「そうだったんだ、ごめん・・・。そうだ、桃や美麗は元気にしてる?」

守「ああ、ただ死んだはずの結愛の出現に驚いていたけどな。」


 友の事を聞いた好美は数秒程笑った後に泣き始め、素直な気持ちをぶつけ出した。


好美「私、もう守と会えないと思ってた。右も左も分からない所に来てずっと寂しかった。会いたかった・・・!!」

守「俺もだ、好美が死んだ原因を作ったあの工場長の事が憎くて堪らなかった。でも今は、この上ない程嬉しい。」


 好美にはこの世界に来てから守に伝えたい事があった。


好美「守、本当にごめんね。私守の事誤解してた、ずっと誤解したままだった。ずっと守に寂しい思いをさせてた、今からでも良いならやり直せないかな・・・。」


 守もいつの間にかもらい泣きしていた。


守「決まっているだろ、答えるまでも無い。」


 そう答えると好美を抱きしめ、唇を重ねた。ずっと会えなかった分、長く・・・、長く・・・。

 またこうして2人が会えた奇跡は、きっと好美を失ってから守や多くの人々が流した「涙がくれたもの」だ。


再び、戻る事が出来たんだ・・・。


「あの日の僕ら」に・・・。(完)

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夜勤族の妄想物語3 -6.あの日の僕ら2~涙がくれたもの~- 佐行 院 @sagyou_inn

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