嵐の翌朝
西しまこ
たとえばものすごい風雨の音が
突然の激しい風雨に目が覚めてしまった。
悪魔の嗤い声のような、激しい雨音。こわい。硝子が割れてしまうんじゃないだろうか。屋根が飛んでしまいそうな風音。思ったよりも大きく、響く。嘲笑のように。
暗い寝室で、音だけが満ちて、それは心理的不安を引き出して、寝室中、うねりをもって広がった。
隣では夫が健やかな寝息を立てている。この恐ろしい音に、どうして目が覚めないのだろう? 子どもたちもそれぞれの部屋でぐっすり眠っているようだった。もし目を覚ましたら、わたしを起こしに来るはずだから、眠っているに違いない。
遮光カーテンで出来た暗い闇の中、わたしは、息をひそめていた。まるで、この家にはわたし一人しかいないような、そんな錯覚に陥っていた。
どうして。
どうして、この激しい風雨の音に誰も目を覚まさないのだろう?
家が揺れている。巨大生物が、家を揺らしているかのように。雨音も、まるで窓を突き破る弾丸であるかのようだ。
もしかして。
この家でわたしだけが違う人間なのかもしれない。
「食べたお皿は下げて」「脱いだ靴下は洗濯機に入れて」「水筒はすぐに出して」「ペットボトルはラベルを剥がして、ラベルはキャップといっしょに捨てておいて」
だって、日本語が通じない。何もかも、彼らを素通りしていく。
「ゲームの時間を守って」「朝はきちんと起きて」「駅までは歩いて行って」「ゴミはゴミ箱に入れて」「自分が飲んだコップくらい洗って」
外で暴れているのは、わたし自身であるかのような気がしてきた。
普段心の中に秘めていた暴力的な思いが噴出し、家を揺らしている。もういい加減にして、と。怒りの咆哮が破壊を伴って家を襲っている。
このまま、どこかに飛んで行ってしまえたらいいのに。壊れた家の一部となって自分の肉体が遠くに遠くに飛んで行くさまを思い描いた。その想像は、不思議に安らかな眠りをもたらした。真っ暗な中、わたしは黒い木々の羽根に抱かれるようにして、遠くに遠くにゆくのだ。
*
翌朝、抜けるような青空が広がっていた。
誰も起きてきていないリビング。
カーテンを開けて、空を眺め、空の青さに吸い込まれそうになった。庭木は夜中の雨粒を光らせ、色を濃くしていた。
鳥が鳴いた。
新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んで、わたしは朝ごはんを作るためにキッチンに行く。あと一時間もすれば、家族全員がここに集まる。手早くごはんを作る。
夜中の物思いは嵐とともに消え去り、青空が新しい気持ちを運んで来た。
「朝だよ! 起きて!」
了
一話完結です。
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嵐の翌朝 西しまこ @nishi-shima
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