【短編】人間が滅んで、俺は初恋相手だった死霊術師と二人きりになった

カブのどて煮

第1話 世界が終わっても終われなかった二人

 御堂みどう朱鷺とき

 それが俺の幼馴染で、初恋の相手で、家族友人知り合いすべての仇で、人間の世界をぶっ壊したイカれ女の名前だった。


「お、おかえりきりくん。ねえ、あんまり遅いから喉乾いちゃったんですけれど?」


 外出から戻ってくれば、ソファでゴロゴロしていた朱鷺がそう声をかけてくる。

 昔から、知らぬ間に人の家のリビングに上がり込んでは妹と遊んでたような奴だ。そうやってねだられることには慣れている。


 昔なら「自分で取ってこい」と一言返せば、朱鷺が楽しそうに笑いながら飲料を取りに行って終わっていたやりとり。

 けれど、あのときとは何もかもが変わり果てた今だ。当然、朱鷺に返す言葉だって変わってくる。


「……うるせえ。そのまま渇き死ね」

「いつも通り辛辣だねえ。元気でよろしい」


 くっきりと隈が刻まれた顔を見て、そんなことを言い放つこいつはやっぱりイカれてる。

 朱鷺はケラケラと、楽しげに笑うとソファから転げ落ちた。右腕右足を失って、何の補助具も付けていない今の朱鷺は、一人ではまともに移動もできないのだ。


 文字通り、這う這うの体で床を移動する朱鷺。

 助ける義理なんかない。けれど、息を切らしながら這いずる朱鷺の姿があまりにも苛立たしくて、気が付けばその身体を背負っていた。


「あ、助かる助かる。ついでにお水ちょうだいな」


 朱鷺の身体をソファに投げ捨てる。どうせここまで関わってしまったのだから、と自分に言い訳をして、水筒もソファに放った。


「あいたっ。もう、女の子には優しくしろってお父さんに言われてたでしょうが」

「……黙れ」

「ええ? やだよ、もう娯楽なんて桐くんと喋る以外にはないんだから。外はどうだった? 人間、見つかった?」

「……黙れよ」

「そうかそうか、いなかったんだね。ま、そりゃそうか。他に生き残りを見つけてたら、私のところに帰ってくるはずがないもんね、え──ご、かひゅっ」


 朱鷺が苦しげに咳き込む声。聞き慣れた音で、無意識に朱鷺の首を絞めあげていたことを知った。


 目の前には、首を絞められて呼吸を封じられているくせに、にやにやと笑い続ける朱鷺の顔。徐々に徐々にと朱鷺の身体から力が抜けていく。


「か、ご、こふ、げふっ! げほ、えほっ! ……ありゃ。またやめちゃうの?」


 床に放られた朱鷺は呻き一つ上げることもなく、普段の調子で話しかけてくる。

 朱鷺は昔から何一つ変わらないまま。けれど俺はといえば何もかもが変わり果てて、もう、自分の思考すらはっきりと掴めなくなっていた。


 俺たちがこうなったのは一年前のことだ。

 ある日、まだ形の残っていた死体が一斉に動き出して、人間を襲い出した。死体に襲われて殺された人間の死体も動き出した。混乱の中、異常事態に耐えかねて自殺を選んだ人間の死体も動き出した。


 その異常は全世界、全地域、まったくの同時多発。

 備える術があるはずもない。あっという間に国が機能しなくなって、どうにか抵抗しようとした人間も一週間と保たずに死体になった。


 近隣で生き残ったのは、俺と朱鷺の二人だけ。

 俺がまだ生きているのは、どうしてか死体に襲われなかったから。朱鷺が生きているのは、主犯の一派だから。


 御堂朱鷺。家族の都合とやらで、異変が起きる二週間前から姿を消して、世界に溢れていた死体が綺麗さっぱり消え去った後で再会したこいつは、死霊術師なのだと名乗った。


 何もかもが破壊された今、昔ならただの冗談だと笑ったような主張も受け入れるしかない。

 

 姿を消していたのは世界を死体で埋め尽くす準備のため。腕と足を失ったのは反対派との抗争によって。死体が消えたのは、もう自分たち以外に生き残りはいないと判断したから。


 俺と再会した朱鷺は、お手本のような驚き方をしていた。

 なんでなんで、と騒いで、俺の頬をつねって死体ではないことを確認して、そして楽しそうに笑った。


 ──まさか桐くんが生きてたなんて。びっくり。

 ──小さい頃から私と一緒にいたせいかな? それとも、桐くんにも死霊術の才能があるのかな?

 ──ま、理由はどうであれ。殺してあげられなくて、ごめんね?


 ともあれ、この付近で生き残っているのは俺と朱鷺の二人だけ。

 人が消えた廃墟で、物資を漁ってどうにか生き繋いでいる。

  

 朱鷺と再会して、同じ廃屋で過ごすようになってから、何度も何度も何度も、俺は朱鷺を殺そうとした。

 けれど、必ず途中で止めてしまう。今みたいに無意識で殺そうとして、無意識のうちに手を止めていた。


 どうしてなのか。

 理由なんかとっくの昔に知っている。


 朱鷺を殺したが最後、俺はもう二度と人間と出会えない。自殺する覚悟もない意気地なしは、死ぬまで一人で生き続けないといけなくなる。

 たとえ残った片割れが憎くて憎くて仕方ない相手でも、一生続く孤独の恐怖に勝てなかった。だから、一人では移動もままならない朱鷺の世話をして、矛盾で頭が割れそうになりながらも二人で生きている。


「……朱鷺。お前、どうしてこんなことしたんだよ」

「みんなを幸せにするため。何回も言ってるでしょ」


 呆れたように朱鷺は言う。左腕で這いずって、俺の足元までやってくる。昔と何も変わらない瞳が俺に向けられる。


「生きているから生き物は苦しいの。桐くんが今、こんなに苦しんでいるのも死ねなかったから。でしょ?」

「…………」


 何も言い返せない。

 ああ。確かに。世界が終わったときに俺も終われていれば、今頃はどんなに楽だったのか。


「桐くんが死ねなかったことは本当に申し訳なく思ってる。でも、こうなっちゃったからにはもう仕方ないからね、死ぬまでずっと一緒にいよう?」


 世界を終わらせた初恋相手は、幸せそうな顔で言う。


「大好きだよ、桐くん」

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【短編】人間が滅んで、俺は初恋相手だった死霊術師と二人きりになった カブのどて煮 @mokusei_osmanthus

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