小話(クレア)
深夜の街からの脱出劇の後、警戒していた追撃もなく、ユノとフェリスに続き、シンシアも仮眠をしにいった。
ロイルはというと、目が冴えてしまったようで、寝ずに、草の上に敷かれたマットの上で足を伸ばしている。天気は晴れ。数時間前の殺伐とした戦いが夢だったかのような穏やかな風に吹かれながら、ロイルは1人の姫ユニットのエプロン姿を鑑賞していた。
それは料理中のクレアで、彼女は手際よくにんじんやジャガイモの皮を剥き、ひと口大に切っていく。
「クレア、なにか手伝うことはないかー」
「…………」
ロイルの声を無視して、クレアは料理を続ける。火にかけた鍋で干し肉を炒め、野菜を加えて水で煮ていく。アクを取ってからルゥを入れた。どうやらメニューはカレーのようであった。(作者注、カレーもルゥも一般的に流通している、とする)
「お、この香りはバー○ントかなー?」
「…………」
「それとも、こく○ろかなー?クレア、正解はー?」
「…………」
クレアはロイルの問いかけに一切応じることなく、鍋をかき混ぜ、ある程度したところで火を消すと、鍋に蓋をした。エプロンを外して、むっつりした顔のままロイルの方へ歩み寄ってくると、彼の隣にドスンと音を立てて座った。
ロイルはその感情的な様を見て口元を引きつらせる。
「あのー、クレアさん」
「……なんだ」
「もしかして、いや、もしかしなくても……怒ってる?」
「……怒ってないと思ったのか」
クレアはロイルの方へ顔をずいっと近づけると目をきつくした。
「今回の戦闘、兵士ユニットを呼び出さなかったと聞いたぞ」
「え?まあ、そうだが……それが?」
「なぜ呼び出さなかったっ、コペル戦の前とはいえ、金をケチっている場面ではなかったはずだっ」
「金をケチる?……あー、なるほど、そういうことね。俺も別に舐めプがしたいわけじゃあないし、兵士ユニットを生成できるなら生成していたが、あの時は意味がなかった」
「む、どういうことだ?」
「クレアは『部隊編成』の知識もないみたいだな」
ロイルは現在の自分の軍がどうなっているか教えていく。
+――+――+――+
ロイル軍
部隊1
隊長:クレア
副隊長1:なし
副隊長2:なし
兵数:50人
内訳:兵種/人数/訓練度
歩兵/30人/50
長槍兵/5人/42
弓兵/10人/42
騎兵/5人/42
+――+――+――+
「つまり、だ。兵士ユニットってのはただ生成するだけでは駄目で、絶対、どこかの部隊に編入しなければならない。今のところ俺たちの部隊は1つしかなく、その隊長はクレアだ。生成した兵士ユニットをクレアの部隊に編入すると、クレアの近くに出現する、という挙動はすでに確認済みだったからな。つーわけで、クレアが一緒にいなかった今回の戦いでは兵士ユニットを生成したところで意味なかったってわけ。分かったか?」
クレアはロイルの説明を聞いてしばし考え込んだ後で聞く。
「……部隊を新たに作ってロイル殿が隊長になる、というのは?」
「部隊の隊長になれるのは帝国軍武官だけだ。帝国軍将官の俺は指揮官としての上位権限で一応、兵士ユニットも命令を聞くみたいだが、部隊の隊長にはなれないな」
「ということはユノ殿も駄目か……ロイル殿の護衛はユノ殿だけで十分かと思っていたが、武官が一人は必要か」
「あと、もちろん、ただの武官では隊長になれないぞ。姫ユニットじゃあないと」
「だから、姫ユニットとはなんなのだっ」
「そりゃあ、姫ユニットは姫ユニットだろうが」
その答えにクレアはうがーっと髪の毛を掻きむしる。
ロイルはそれを奇妙なものを見る目で見ている。
「てか、俺は普通の帝国軍の将官よ?ユノが護衛ってだけでも破格なのに、他にいらんだろ」
「いるっ!ロイル殿は自分が唯一無二の存在だと分かってほしい!」
「えぇ……?」
「摩訶不思議な力だけではない!新人武官で女の私に兵を与えてくれてっ、私の理想を捨てないでいいて言ってくれてっ、そんなロイル殿を失ったらと思うと、私はっ゛、私はぁ゛ぁ゛っ゛」
「あーあ、まーた情緒不安定になってんじゃん。クレアと初めて会った時を思い出すなー。落ち着けって。なんなら、お兄さんが膝枕でもしてあげようか?」
「なーんてな」とロイルが言葉を続けるのと同時に、クレアが体を倒してロイルの膝上に頭をのせた。
「……いや、するのかよ」
「文句あるか?ロイル殿が言ったんだからな」
「別にいいが……部下に見られているぞ?いいのか?」
ロイルが顎をしゃくった方向には周囲警戒中の兵士ユニットの一人が直立不動で立っていて、白い狐面が2人の方を向いていた。
「ならば、こうしたらいいだろう。――こーん」
クレアがひと鳴きすると、その兵士ユニットがくるっと反対側を向いた。このことにロイルは唖然とする。
「クレア……お前、いつの間にこーん語をマスターしていたんだ……」
「ふふん、すごいだろ。と言いたいが、もちろんタネはある。どうやら、伝えたい内容を頭の中で思い浮かべながら、こーんと言うと、彼女たちには伝わるみたいだよ」
「は?マジか?念話?お狐隊にそんな設定はなかったんだが?いや、『タナトス戦記』が現実になったことで起きた追加要素ってのは十分あり得るか……なにはともあれ、俺も試してみないとな。――こーん」
「……ぷっ」
「あれ?……こーん!こーん!!こーん!!!」
「あはははははははっ」
ロイルは叫ぶのをやめ、自分の膝上で笑い転げるクレアを見下ろす。
「おい」
「ロイル殿には以前、騙されたことがあったからな。そのお返しだ」
「じゃあ、さっきのは……」
「あれはロイル殿の見えてないところでハンドサインで伝えたに過ぎない。彼女たちに教えたら、わりと複雑なものまで覚えたぞ」
「それはそれで驚き、だが――」
「だが?」
「クレア、よくも騙したなっ、くすぐってやるっ」
「ぇ、やめっ」
「今の自分の格好を考えて騙すんだったなっ、ほれほれほれ」
「くふっ、ロイル殿っ、ひっきょうっ、ふあはははははは」
クレアの「武力」を持ってすればロイルの膝から脱することなど容易いはずだが、それをしないところを見ると、ここ最近、金策のせいで一人で街の外に待機していることが多かったため、膝枕で甘えるくらいには寂しかったらしい。
ともあれ、2人のじゃれ合いは他の仲間が起きてくるまで続いた。
――膝枕――Fin――
タナトス戦記~姫ユニットを配下にして群雄割拠の帝国で成り上がる~ あれい @AreiK
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