第57話 魔女の仕事
「あ?表彰?」
「君の活躍を
「君が神像と並んで、銅像化か。笑えるね」
「その通りじゃぞ。何のための解放だったんじゃ!」
「じゃあ断っとく?」
「当たり前じゃ」
「お姉様が、銅像・・・。ちょっと笑えますね」
「うちの馬鹿と同じ回答じゃぞ」
女性・28歳、少女・15歳。
昨年、寿命を迎えた国王を最後に、エルナードは民主国家と化した。
魔法使い殺戮兵器化に加担していた重臣らも、それを合図とするかのように辞任し、エルナードにはようやく平和が訪れていた。
とはいえ国のリーダーは必要なわけで、自ら出願した勇士らが活動している。
その勇士らは、どうやら魔法使いを救った女性をこれでもかと称えたいらしい。
本人に伝えるには勇気が足りず、あげくに同居人に話を持ちかけたが、突き返される結果となるのだが。
しかし、形として残さなくても、国民みんなが、その少女のことを覚えている。
その子も、すでに少女と呼ぶのは相応しくない歳となり、こうして一人の少女を気に掛ける日々を送っているのだ。
「進路、決まったか?」
女性は、隣で猫と戯れる少女に問いかけた。
女性が動物が苦手なのに反し、少女は好きらしい。
やはり似せて作られたとはいえ、中身はまるで違うようだ。
もとより、女性には動物が寄りつかないのだが。
「はい。先生方にも相談に乗って頂きまして、国家員へ立候補しようと考えています」
女性の目がわずかに大きく広がった。
国家員とは、現在国のリーダーを担っている勇士らのことである。
抵抗があるわけではなく、少女がそのような場に立候補したいと考えていることに驚いた。
「そうか・・・」
女性が驚きを隠さず言うと、少女は苦笑した。
「やっぱり意外ですよね。自分でも、国家員になって活躍出来るという自信はないし、務まるのかも分からないです・・・」
「どうして、その道を選んだ?」
女性は、決して圧をかけることはなく、静かに、あくまで軽く尋ねた。
「お姉様は、かつて第一戦で活躍されていました。当時私は、光の魔女様がお姉様であるとは全く知らず、けれどずっと憧れていました。
国民のために命を捧げ、国を守り続けて、とてもかっこいいです」
少女はまっすぐと女性を見上げた。
「私、お姉様のようになりたいです」
女性は、少女からのはっきりとした答えに、しばらく静止した。
しかし、相変わらず感情の読めないその顔に、少女は不安を抱く。
反対されるだろうか・・・。傲慢だと笑われるだろうか。
「頑張って」
少女はハッと顔をあげた。
そこには、ふんわりとした笑みを浮かべた姉がいた。
自分よりも少し大きくて、でもとても細くて白い手で頭を撫でてくれる。
「隠居生活をダラダラ送る姉の楽しみが増えたな」
なんて冗談を呟きながら。
* * * *
「リーセル様。いつも、すみませんねぇ」
「いつになったら様付け、直してくれるんですか?」
「そんな、とんでもない!貴方のような方は尊敬に値する方なのですぞ!もっと自覚をお持ちになって・・・」
「はいはい。動かないで下さいよ~」
とある場所を訪ねていた老人は、目の前の女性を見つめる。
背は小さく、華奢なため若く見えるが、どこか仕草は大人びた女性だ。
女性は、白衣を纏いながら館内上空に大きく浮遊する。
「はい。こちらどうぞ」
手渡してくれたのは、小瓶に入った薬だ。
「喉の痛みに効きますから。しばらくはゆっくり過ごされて下さいね」
そう言うと、柔らかく微笑み、会計に向かう。
“魔法の薬屋”
看板にはそう書かれている。
オーナーである彼女の名前を看板に書けば、もっと多くの国民が訪れるであろうに、彼女は決してそうはしない。
最近では、老人経営のボロ薬屋、なんて自称する始末である。
店内にはオーナーの彼女が集め続けたという沢山の薬品が並んでおり、
細粒状のもの、液体のもの、葉物、種類豊富な薬品と、オーナー自らの診察により成り立っている、いわば総合病院である。
かつて大魔法使いだった少女が趣味の延長だと言いながら開店し、常連客が訪れる町の薬局。
端から見ればそんなイメージだ。
オーナーは、患者に魔法をかけ魔法で診断をし、その結果を基に薬を引っ張り出してくる。
自宅兼店だという建物は、地上三階分が吹き抜けになっており、その壁一面に薬品が詰まっている。
時にはオーナー自ら調合することもあり、とにかくよく効くのだ。
優秀な医者であり薬師なのに、どうして国の病院に勤めないのか、聞いたことがある。
しかし、彼女は、
「老人に、週6出勤は
と笑ってはぐらかすだけだ。
「ありがとうございました。またいつでもお越し下さいね」
少ない金を受け取った彼女は、いつもの、ゆったりとした笑顔で客を見送る。
ほとんど金を取らないのも、彼女の決めごとで、
「薬がダメになる前の在庫処分なんですよ」
とまたも笑うだけだった。
いつだったか、彼女の同居人の男性たちが、彼女にそれを窘めていたが、それでも変えるつもりはないらしい。
「ふぅ。今日は、これで店じまいじゃな」
オーナーは、最後の客を見送ると、ソファに深く腰掛けた。
「おぬしとの付き合いも、これで23年か。恐ろしいな」
そう呟きながらソファの毛並みを整える。
いつかの夜に、このソファで涙を流したことも、いまや懐かしい思い出だ。
ソファに座って一息ついたが、瞼が落ち始めるので慌てて立ち上がる。
「在庫確認、じゃな」
ふわっと浮き上がり、薬棚に近づく。
この大量の薬品も、いつかの少女が好んでいたものだ。
その少女からは毎代、この薬たちを丁寧に管理し続け、今に至る。
彼女の異空収納も、かつてはこれらでパンパンだったのだ。
全ての薬品を一つ一つ確認していく。
丁寧に管理をしてはいるが、かなり古いものもあるため、質が落ちているものもある。
それらは申し訳ないが処分し、薬品名を書き留めておく。
客に尋ねられたときは在庫処分だとはぐらかしているが、彼女も薬を手放してくことに寂しさを感じていた。
しかし、きっと彼女らならこう言う。
『必要とされていることに幸せを感じて。私たちが役に立てていて、あなたが輝けていることが誇らしいよ』
とでも。
これらの宝を、誰かのために使い、喜んでもらう。誰かの役に立つ。
これは、愛された最後の少女の責務なのだ。
「新しい薬品の開発しよっかな」
そう呟くと、女性は薬たちを取り出した。
拝啓、悪霊にしかなれなかった元英雄へ 有衣見千華 @sen__16
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