人間と龍と人間の三馬鹿の話-4
途端、アインスの額にこれまで以上に汗が滲む。今のは何だ。控えめに言っても、随分激しい鷹狩りでしたね、なんて――龍に対して言える訳もない。
ちらりとオズに視線を向ければ、彼もまたアインスを見ている。
見つめ合う、男二人。
「……宝石。……ダイヤモンドなんかは、これまでの研究で、数百万年の時間を掛けて生成される宝石なんだけど。最近、研究熱心な魔導士たちが、その生成方法を解明し始めていてね」
「……おう」
「魔導士でも今の所再現できない高温と高圧、他にも原料とか色んな要素が合わされば、人工的な宝石を作ることも出来るんじゃないか……って言う事で研究が進んでいるんだけど」
「おう」
「この周辺ってさ、ダイヤモンドとかの産出量が多いって話だったじゃないか。それってさ、『採掘出来る』んじゃなくて……『生成できる』だったら……どう、なんだろう? って、今思ってさ」
「生成、って……誰が生成するんだよ」
「それは、勿論」
二人が密やかな声で会話をしている所に、龍がまた戻って来た。
「待たせたな」
その尻尾に、泥のような黒色の流動体を残したままの、ささやかに黄色に輝く宝石の原石を巻き付けて。
形こそ歪だが、大きさはアインスの指先くらいはあるだろう。龍との契約成立の証拠として、これ以上のものは無い。
「少々小ぶりだが、文字通り色を付けておいた。薄めだが、黄色だぞ」
その色、先程の音、まさに――。
「うんこじゃん!!」
差し出された宝石もそのままに、耐えきれず、アインスが叫んだ。
龍の尻尾が言葉による衝撃に動きを止めた。
「うんこじゃん!!!!!」
耐えられないからと、二回も叫ぶのはマナー違反を超越している。
流石のアインスでも理解したのだ。言い伝えが『知られてはいけない』とされていたことが。
生成される宝石が龍のうんこなら、確かに価値は暴落しよう。
「アインス、何てこと言うんだ!! あれを見てみろ、ダイヤモンドってだけでも希少なのに黄色だぞ!? イエローダイヤモンドだ、あんな大きさのを市場に流せばどんな事が起きると思う!? 俺達暫くは遊んで暮らせるほどだ!」
「うっせーこの宝石バカ!! 俺はそんなん分からんがアレはうんこだってのは分かるぞ! うんこで体飾り付けて何が嬉しいんだよ!! お前は鳥の糞が頭に降って来ても喜べるってのか!?」
「鳥の糞は綺麗じゃないからなぁ! 光に透かしても輝かないし!」
「ばーかばーか! おまえばーか!!」
男二人が揉め出すのを正面に見ながら、龍が震えている。
気付いた時にはもう手遅れ。やべえ、と口を噤んでも全てぶちまけた後だ。色々な意味で。
「……貴様等……」
龍の低い声に、男二人が今度こそ死を覚悟した。
でも。
「女性に向かってうんこだの糞だの、貴様等の国の教育はどうなっている!!」
「――へ」
「じ、……女性ぇ!?」
男二人の近い所に居る女性は、こんなに声が低くて火山に住んでいて、爪も牙も翼も体躯もこんなに立派な赤黒い鱗を持つ生き物ではない。もっと小さくて金に汚くてやかましいひ弱な存在だ。
そもそも、龍の性別なんて考えた事も無かった。しかし目の前の龍は涙目になっている。
「我が体内に必要な材料を取り込み、お前らの足りぬ頭でも超々小粒だがダイヤモンドにしてやれる程の高熱と圧力によって生成するのだ。今の人の子の世界では技術が無いだろうに、私しか生成出来ぬのに!! 私とて好き好んで生成出来る体に産まれた訳では無いのに、貴様は憚らずにうんこだの糞だの吐き散らかしおって!! 恩恵を受け取るだけの側でありながら、文句を垂れる口だけは一丁前だなぁ!?」
「憚らず、って、あー、うんこだけに」
「オズ!!」
勉強のできる馬鹿は、相手の言葉を悪い様に掬い上げて冗談めかして言い捨てた。流石の真正バカのアインズでも、今は怒られているのが分かっている。
ふん! と不愉快そうに鼻を鳴らした龍は、地面に尻尾を叩きつける。それでも宝石は離さなかった。
「これだから人の子には腹が立つ! 人の生成物を汚物みたく言いおって! 貴様等のような汚らしい微生物を腹に飼っている訳でも無いのに、同じ表現であること自体が間違っている!! 貴様等は鳥の卵を排泄口から出て来るからとうんこと呼ぶのか!?」
「ハイセツコー?」
「鳥には排泄する穴も卵を産む穴も同じものしか無いんだよ」
「え、うんこじゃん」
「貴様ぁ!!」
――知識が無いのと馬鹿なのは、違う。知識があってもなくても馬鹿は馬鹿だった。
龍の激怒にオズは再びこっそりと後退し、アインスはただ震えあがるだけ。
どしん、と龍が一歩を踏み出した。その体全体が怒りでわなわなと震えている。
状況的には、盗掘者よりも酷いかも知れない。
「……貴様が学も途方もない馬鹿だという事はよく分かった。貴様、名は何といったか」
「あ、アインスですぅ。食べないでくださぁい」
「食うか!! 馬鹿が移るわ!!」
「馬鹿は食べた所で移りませんよ。知能が自分達より低いであろう鶏や羊を食べても頭は悪くならないでしょう」
「貴様は少し黙らんかぁ!!」
ここ最近、ここまで誰かとの話し声で煩くなった事が無い龍の住処。
ひとしきり怒鳴った龍は、息を荒くしながらも二人に更に言葉を畳み掛けた。
「そっちの勉強できる馬鹿、少しは理解があろう。このイエローダイヤを国王に届け、貢物と話し相手を寄越せば融通してやると伝えよ。宝石の価値が下がると人の子の世界は混乱するのだろう? 量は多くは出さぬ、ともな」
「畏まりました」
「そっちの手遅れな馬鹿」
「はいっ!!」
名を名乗ったのに呼び名が『手遅れな馬鹿』になっている事にも、もう申し立てが出来ないアインス。
背筋を伸ばし、元気よく返事することしか出来なかった。
「これから他の使者を遣わされ、そいつがこの馬鹿と変わらぬほど馬鹿だった場合、食わずに居られる自信が無い。貴様はこれから死ぬまで、王国との使者として此処まで来い」
「……へっ!?」
「他の馬鹿に一から発言を教育するより、貴様を教育し直した方が遥かに楽そうだ!! どうせ貴様は人の子の世界でも無礼千万だったのだろう、少しは人前に出しても恥ずかしくない程度に仕上げてやるから泣いて感謝しろ!!」
「うわーーーーーーーーーーーーー!!」
……これで、切りたくても切れない人と龍の縁が出来てしまった。
押し付けられた宝石とともに、二人は故郷へと戻る。山を下りた時、下の街の住民から化け物を見るような視線を向けられたのは忘れられない思い出となった。
そうして故郷の王国へ戻った二人だったが。
二人は既に死んだものとして、ささやかな葬儀が済まされており、オズも嫡男として後を継ぐ予定だった実家は弟に取られていた。おまけに自分の許から逃げ出した婚約者が、今は弟の婚約者として大きな顔をしているのだ。実家を燃やしてやろう、とするオズを止めたのもアインスだ。
生きて帰っても行く場所が無くなったが、宝石を国王に渡して事の顛末を伝えると一転、二人を国の英雄だと祭り上げる。
それでも二人の国や実家に対する不信感は消えることなく、永遠の傷を心に負うことになった。
――後に、アインスとオズ、そして龍を纏めて『三馬鹿』と陰で呼ぶ時期も、来るとか来ないとか。
それはまた、もう少し先の未来の話。
要は排泄物ってことで! 不二丸 茅乃 @argenne
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