人間と龍と人間の三馬鹿の話-3
「えっ? え、ええっ!?」
「手土産について何も聞かされていないとは、貴様等の国王というのもなかなかのひとでなしよの。我が話を知る国王ともなれば、我が塒に人が遣わされる意味を知らぬ訳が無かろうて」
「い、意味って」
「『生贄』だよ。我が財産に手を出そうとするのだ、相応の価値を持つ手土産が必要になるからな? 若い命を有難くいただく。そうやって昔は側の街を栄えさせたものだよ。今となっては盗掘者だけで腹はいっぱいになるし、川に宝石の欠片を流すだけで下の街とはうまくやっていたつもりなのだがな」
「食べないでくださぁい! ――なんて」
ぎらりと光る牙をちらつかせる龍だが、アインスはそれまで狼狽えていたのも演技かと思わせる程に、冷静に剣を引き抜く。
その目付きさえ先程嘔吐していた人物とは別人のようで、龍の瞳が細まった。
「簡単に食えると思ったら、大間違いですよ。……俺はこれでも、王国騎士なので」
「――ほう?」
「陛下も御存知で俺達を送ったのでしょう。荒事になったら俺達ほど生きて帰れる可能性が高い奴等なんていない。過分な信頼を以てして、俺は――必ず、生きて帰る。なぁ、オズ!! いなーい!!」
格好つけて振り返るも、視界のその先に親友の姿は無く。
一人置き座られて龍と対峙するアインスの瞳に涙が浮かぶ。実は国王から信頼されているというのも、半ばはったりのようなものだった。
国王から見捨てられ、親友からも置いて行かれ、襲い来る現実に一瞬にして天涯孤独となったアインスはその場に剣を突き刺して大の字になって寝っ転がる。
「どうぞ!! 痛くしないでください!!」
「貴様、情緒不安定か?」
「うるせー! もうどうでもいいわぁー!! 生贄になったとしても国に宝石届いたら一生俺の名が残るんだろうしもういいわぁー!! そして陛下とオズを呪い続けてやるんだぁー!」
「思い切りがいいのかただの馬鹿か分からんな」
……実は先程から、遠い岩影からオズがちらちらと様子を窺っているのが見えている。
たまに顔を覗かせては、手に持っている団扇を龍に向かって見せる。『食べないで♡』『宝石ちょうだい♡』……様々な塗料と飾り付けをしているそれは、なんとも目にうるさい。
大の字になってうだうだ文句言っている男も、遠目から変な合図を送っている男も、龍にとっては住処に入って来た野良犬のようなものだ。いつまでも居て貰っても、正直困る。
「……食う気があるならとうに食っている、と言っただろう」
「へ」
面倒なので追い払う方が良さそうだ。ここで大人しく食ってしまって、それで言いがかりをつけられる方が余程悪い。
そもそも、盗掘者であればこの場に来るまでに幾つも宝石を拾っている筈だった。壁にも床にも、それと分かる程に分かりやすく埋め込んでいるのだから。
でも、この二人にはそれが無い。筋を通す人柄なのだと、一目で分かった。
「この牙を肉に食い込ませる対象は、盗掘者か食事だけだと決めている。生餌を連れて来られても此方は困るのでな、多少の肉と暇つぶしの話し相手を食事として融通してくれる気概があるのなら、此方としても吝かではないぞ」
「本当に!? ありがとうございます」
「やったなアインス!! これで王国に大手を振って帰れるぞ!!」
「オズお前どのツラ下げて出て来たの? そのお顔脱皮でもできるのぉ? そのツラの皮の厚さ測りたいから剥ぎ取って計測した後フライングディスクにして遊んでいーい?」
話が円滑に終わりそうだと悟ったオズは抜け目なくアインスの側に戻って来た。ちらちらと剣の刃先を顔面側でちらつかせるも、全く動じない様子の宝石商。
殺す殺されるの二人組を見ながら、龍は自身の身体を揺らした。久方振りに話が通じる性質の客人だったから、少しばかり興が乗る。
「……とはいえ。王国に私の言葉をそのまま伝えるにしても、何かしらの証拠が必要だろうな」
今にもオズに刃を食いこませようとしているアインスと、その刃を白羽取りしているオズ。二人は龍の言葉に再度耳を傾けた。
「暫し待て。貴様等の求めるであろう大粒……とまではいかなくとも、それなりのものを出してやろう」
「宜しいのですか!?」
「くどい、聞き返すな。
「も、申し訳ありませ……、もよお……?」
言いながらも龍は、アインスの言葉を待たずに背を向ける。そのまま歩行で地が揺れるほどの衝撃を周囲に与えながら、どしん、どしん、と岩陰に向かって行った。
アインスは、龍の行動に予測を立てられない。何をしようとしているかも全く分からない馬鹿だった。
「あっ」
でも、オズは違う。アインスとは種類が違う、勉強は出来るのに日常生活でおふざけの多すぎるタイプの馬鹿だ。
何が、あっ、だ、と文句でも付けたそうな顔をオズに向けるアインス。しかし、その口が開かれる事は無く。
ブッ。
その音を皮切りに。
ブヂッ、ブブブボッ、ブリブリボトボトカツンドドドドゴブシャア。
なんとも形容できない、出来たとしてもしたくない音が空間に響いた。
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