NTRスレイヤー・コンセクエンス

Chapter:4 恩讐の彼方に(最終話)

 カフェ&バーのマスターは、失踪して一ヶ月後、水死体となって発見された。


「デイジー、大丈夫か」


 死体を引き上げたクレーンやダイバーたちの片付けを見ながら、ぼんやりと港の岸壁に佇んでいると、リーダスから心配される。


「少しだけ……少しだけ、いいなって思ってたんだ」


 相棒に嘘をついても仕方ないので、正直に死んだ彼に好感をもっていたことを吐き出す。ただ、あの手紙を読んでから、いまだ気持ちの整理はついていなかった。


 彼も私も「前世の記憶」があるだけで、前世と同じ人間ではない。前世での裏切りをどこまで憎むべきなのか、だんだんわからなくなってきた。もう許すべきなのか。


 彼の残してくれた証拠のお陰で、ヴィクターたちを偽造市民登録カードの製造密売の罪で捕らえることには成功した。また、捜査情報を反社会的勢力『自由恋愛の光』に流していた人物も判明した。


「しかし、まさか局長とはね」


 リーダスはそう言って、私の横に並ぶと、一緒になって海を眺める。


 裏切者は不義密通取締局B-NTRの局長だった。彼は討論会で知り合ったタラソフ教授と浮気していて、それをネタに『自由恋愛の光』から脅されていたのだ。


「でも、タラソフ教授には上手く逃げ切られた」


 事件を俯瞰するならば、明らかなハニートラップだが、局長は自ら「独身である」とタラソフ教授に嘘をついていたと認めているので、これ以上、彼女とそのバッグにいる『自由恋愛の光』との関係について追求することは不可能だった。


「まるでトカゲの尻尾切りだ」


 リーダスの言う通り、第二のヴィクターが現れて、また偽造市民登録カードの製造密売をするだけだろう。地平線へと沈む夕日が、私とリーダスの顔を赤く染めた。



◇◇◇



 オーフォード大学構内をゆっくりと歩く。ベンチで読書をする者。芝生の上で膝枕をしてイチャつくカップル。創立者の銅像の前で大道芸の練習をする者。若者たちが思い思いの方法でキャンパスライフを謳歌している。


 私は法学部の建物に入ると、目的の研究室へと階段を上る。「Visitor」と書かれたシールをパンツスーツの太ももに貼ったので、階段を上るたびに視界に入った。


 普通に胸元にでも貼れば良かった。


 そんなことを考えながら、階段を昇り切り、二階の廊下への歩みを進める。そして、目的地に到着した。「教授室」と書かれた部屋の扉には、在席の札が下がっている。


 ノックをすると、教授秘書が扉を開けてくれた。中へと通される。


 生で見るジョゼフィーヌ・タラソフは、テレビで見るよりも気さくそうな美人だった。私は彼女と握手を交わすと、勧められた応接ソファーへと座った。


 しばらく、当たり障りのない会話をする。そして、お茶を持ってきた秘書が退室するのを待ってから、私たちはようやく本題へと入った。


「また、私、撃ち殺されるのかしら」


 紅茶を一口飲んで、彼女はそう言って笑った。


「今日は残念ながら、銃は職場に置いてきました」


 私も軽口を言い返した。前世では、ゴミ捨て場で時々挨拶を交わす程度の関係だった。彼女の人となりを私は何も知らない。


「どうして、そんなに不倫に……他にパートナーがいる男性に熱心なのですか?」


 純粋な疑問だった。私には理解できなかったから。タラソフは少し首を傾げる。彼女は上手い表現でも悩んでいるのか、少し思案してから話し始めた。


「私の前世での旦那さんね、検察官だったのよ」


 それは探偵からの報告書で知っている。私は黙って、話の続きを待った。


「私、旦那とは大学で知り合ったのよ。私も彼に負けないくらい優秀だったわ。でも検察官って、すごく転勤が多いの。だから、せっかく総合職で入社した会社は、結婚を機に辞めざるを得なかった」


 ティーカップを両手で包んで、彼女は話し続ける。


「別に、旦那から働くのを禁止されてるわけじゃなかったけど、彼の転勤に合わせて、どうせ二、三年で辞めないといけないし、そうなるとパートタイムとかになっちゃうじゃない? 有名大学卒業したのに、パートの主婦たちと混じるの嫌だったのよ。だから、有閑マダム気取って、SNSでプチセレブな専業主婦のフリしてた」


 最初の頃は、SNSで知り合ったワンナイトだけの関係の男がほどんどだったらしい。


「でも、ようやく彼にも出世運が巡ってきて、勤務地が霞ヶ関になったのよ。表向きはそりゃ喜んだけど、私だってあのまま働いてたらって考えちゃった。履歴書書こうにも、ずーっと空白期間。何もスキルも経験もないオバチャンってわけ」


 タラソフは、ティーカップをソーサーの上に置いて、伸びをした。


「東京の家に引っ越した時に、彼に言われたのよ。同じマンションに女性キャリア警察官僚が住んでるらしいって。それで、あなたにすごい興味もっちゃった」


 私の学生時代の友人も、同僚の奥さんも似たようなもんだ。みなキャリアウーマンだと言って、なぜか結婚した女性は私を羨ましがる。


「でも、たまにあなたを見かけても、うちの旦那みたい眉間にシワ寄せて難しい疲れた顔してて、いつ帰ってきて出勤してるのかもわからないくらい不在だし、だんだんあなたの旦那さんが可哀想になってきちゃったのよね」


 タラソフは髪の毛の枝毛でも気になるのか、毛先を指でいじった。


「だから、声かけて、たまにお茶するようになったの。それに、身体の関係もったら、なんかキャリアウーマン様に勝てた気持ちになれたわ。ま、そのせいで殺されちゃったけどね!」


 前世での殺人を被害者から責められては返す言葉もない。私は苦笑いをした。


「この世界に来てからは、もう絶対に結婚なんかしないって思った。別に不義密通罪はね、あってもなくてもいいのよ。正直。でも、これで商売してるようなもんだから、どうせやるならトップになりたいし」


 特に悔恨の念もなく、ずっとあっけらかんとして話をするタラソフを見ながら、私は彼女のことを本当の意味で理解できることは一生ないだろうと感じる。彼女にとっては、私も元夫も、ワンナイトの遊びの相手同様に暇つぶしに過ぎない。


 そろそろお暇しよう。最後に彼女の言い分を聞きたかっただけだ。私はソファーから立ち上がる。


「今日はお話を聞けて良かったです。お時間ありがとうございました」


 そう言って反論も怒りも表さない私をタラソフは少し不思議そうに眺めた。もしかしたら、彼女は私がここで凶行を行うことで、世論を味方につけたいのかもしれない。銃は置いてきて正解だったようだ。


 現世の彼女を裁くのは、私ではない。私は大学を後にした。



 数カ月後、ジョゼフィーヌ・タラソフは、刺されて死んだ。犯人は、不義密通取締局B-NTRの元局長の奥さんだった。


 どうせ、彼女のことだ。別の世界に転生して、また元気に不倫をしていることだろう。



◇◇◇



 怪力自慢の相棒が扉を蹴破る。


不義密通取締局B-NTRだ! その場から動くな!」


 我々の制止なぞ意に介さない犯人の一人が窓を破って、半裸で外へと逃げる。


「クッソ!」


 リーダスに残された全裸の女性への逮捕を任せて、私は逃亡犯の後を追って窓から飛び出した。



 私の名は、デイジー・マッコール。不義密通取締局の特別捜査官、またの名をNTRネトリスレイヤー。


 今日もまたパンツ一丁で全力疾走する浮気クソ野郎どもを追いかける。



Fin

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不義密通取締局:NTRスレイヤー 笹 慎 @sasa_makoto_2022

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