平は成る時代へ

(続)平成之──

《お前に似たようなことを良介に言われたのを思い出したよ》


 2011年。平成23年。八月上旬。暑さが少し和らぐ夕方に連絡してきて、相方の八一に笑う。そんな事を話していたなんてな。独特な肥料の匂いと緑の丘……いや茶畑の丘のある道で僕は笑う。


「そんなことを言ってたんだ。流石は僕の子だ。そう思うだろ? 八一」


 自慢したくなっていると、「わかってるよ」と八一の笑い声が聞こえた。

 掛川市の茶畑の道で、僕は軽トラに寄りかかって電話をしている。僕は近所の茶農家のおじさんの手伝いをしており、茶農家の格好をしている。その茶農家の子も手伝っている。

 今は八月。三番茶の収穫の時期。今は収穫し終えて帰る頃に電話が来たのだ。八一と話しているうちに思い出話の語り合いとなり、かつての息子の良介の話となった。

 良介は天寿を全うしている。生きてくれたことを直に褒めたいけれど、それは叶わない。できるのは、花と線香を墓前で添えて、褒めるだけ。子孫代々に商家は受け継がれ血も受け継がれている。流石に妖怪の血はないが、その商家の血を末席ではあるけれど僕が僅かに引いて、妖怪の血を発現させている。……組織待遇で半妖としての力を奮えるんだけどね。その代わり、組織としてのあり方や過酷さも変わらない。……けど、しばらく休職として今は組織に関わっていない。上司からも許可を得てるし、仲間にも理解してもらっている。上司からはいつでも復職歓迎と言われた。

 いつでも復職できるように身心共常に鍛えているけど、やっぱ、今は彼女とともに生きたい。


 幼少期の頃、岐阜の白川の地域に住んでいた僕は掛川に引っ越してきた。親の仕事の都合で引っ越し、ずっとこの掛川で住んでいる。

 近所には茶農家の子のかよちゃん……ううん、佳世ちゃんがいる。僕が八歳の頃に生まれきた近所の子。今でも勉強など見たり、世話をかけている。その逆もしかりだったりする。佳世ちゃんは、当然あのかよちゃんだ。生まれ変わったから記憶はないけど、性格は彼女のまま。……特例と言うやつだ。

 本当に会わせてくれるなんて、上司には感謝しても足りない。

 嬉しいことはたくさんあるけれど、一つ嬉しいこともある。電話越しにいる相方に僕は微笑んだ。


「ふふっ、お前にも大切な人が出来たんだね。誇らしいよ、八一」

《君が誇るなよ。変に恥ずかしくなるだろ。三代治》

「何いってんだ。自慢できる相方に大切な子ができたんだ。嬉しいに決まってるだろ」

《……あー、この話はここで終わり。それ以上はプライバシーで話さないぞ》


 照れを含んだ声に僕はからかいたくなるが堪える。でも、大切な人が出来た八一のきっかけが気になるものだ。


「けど、何度聞いても不思議な事件だな。前世返りなんて、前例では九尾の狐ぐらいだとおもったけど……」


 妖怪の前世帰りなんて滅多にない。八一も同意するように話した。


《前世返りなんて、力が強い妖怪以外滅多に起きないぞ》

「……そうなんだよね」


 そう、前世帰りなんて滅多にない起きない。話していると八一から質問が来た。


《三代治。もし今でもあの悪路王が生きていたら君はどうする?》

「八一。お前が倒したんだろう? 生きているなんてあり得ないよ」

《そうだけど、もしもの話ってやつ》

「……もしも、か」


 あのかよちゃんと僕の大切な息子を殺し、良介を一人にした悪路王。八一が敵を取ってくれたとはいえ、僕はあいつを今でも許せない。もし、あいつが今でも生きていたらか。考えると、腹の底からフツフツとしたものが湧き上がる。

 燃え滾る炎のような、毒々しいマグマのような。一息ついて僕は口を動かす。

 

「殺すよ」


 湧き出てくる殺意と怒りと共に答える。薄い携帯の方からは息を呑む音がした。声が怖かったのか、わからない。けど、そんなの気にせずに僕は答える。


「生きてたら殺す。絞め殺すし、嬲り殺す。許せないし、同じ目にあってもらわないと気がすまない。あいつがかよちゃんを今でも狙うなら入念に拷問する」


 許せるわけない。許せるはずない。僕を殺すならともかく、かよちゃんとお腹の子を殺し、良介に寂しい思いをさせてしまったたのだから。あんな酷いことをしておいて、生きているなんて許されるはずない。

 ふぅと息をついて、笑顔で答えた。


「要約するとそうだね。リベンジに復讐でも果たさせてもらおうかなって」

《おお……こわ……》


 ふざけているように聞こえるけど、本心からだろう。けど、なんでこんな質問をしたのか。聞く前に八一から反応が来る。


《前世返りで君のような悲惨な事が起きないように、原因はこっちで調べる。三代治、君は普通に暮らしてなよ》

「……八一。話題から察するに、かなり大事が起きているんじゃないのか?」

《いや、今は断定はできないな。だからこそ、三代治。君は君の人生を生きてくれ。今回の件は私達でなんとかする。……佳世ちゃんと生きろ。今世で君に会えて謝れたとはいえ、あんな機会もう二度とごめんだ》


 強く言われ、僕は言葉を失う。……何かを隠していることはわかる。でも、お前の口から本心を言われると何も言えなくなるじゃないか。

 仕方なく笑って返事をする。

 

「……わかった。精一杯生きてやるよ。けど、八一」

《なんだ》

「お前が困ったらお前を助けるのも相方の仕事だってこと、忘れるなよ」


 僕らは昔ともに育った友人であり、相方であり、コンビだ。僕の言葉に八一は嬉しそうに返す。


《ああ、そうだな。ありがとう。じゃあな、またな。三代治》


 僕も適当に返して、通話を切る。携帯をしまえ終えると、軽トラの近くで百合のような少女が顔を覗かせていた。作業のし易い格好で防止を被っており、不思議そうに僕を見ていた。


「三代治さん。電話終わった?」

「佳世ちゃん。うん、終わった。ごめんね、長電話しちゃって。おじさんとおばさんは怒ってない?」


 帰る前に電話が来て、おじさんとおばさんに謝ってから出たけど。佳世ちゃんは首を横に振って笑う。


「お父さんとお母さんはわかってくれてるから大丈夫だよー。ところで、三代治さんの電話の主ってだれ? 彼女?」


 興味津々に聞く彼女に僕は慌てる。


「違うって、僕が電話するたびにそうからかわないでよ。僕の親友で相棒だよ」

「ふふーん、じつは知ってた」

「もー……君ってば」

「えへへ、ごめんね」


 楽しげに笑う彼女に僕もつられて微笑む。喋り方は違えど、この子はこの子のまま。だからこそ、変わっても愛おしいと思うのだろう。

 彼女に笑って声をかけた。


「佳世ちゃん」

「なに?」

「帰ろっか」

「うん!」


 軽トラの戸を開けて、佳世ちゃんを助手席に乗せる。僕も運転席について、佳世ちゃんとともにシートベルトをつけると扉をロックしてエンジンを起動させる。

 運転をし始めて、佳世ちゃんは車窓から茶畑の風景を見る。その横顔をチラ見して考える。


 また彼女を狙いに悪路王がやってきたなら、その時は殺す。だが、もし、彼女を狙ってなくとも生きていたら──やはり殺すという答えしか行きつかない。

 けれど、あの悪路王は八一に倒されているのだ。生きているはずない。

 でも、もし、生きていたならば。

 

 ハンドルを強く握りしめ、前を見る。


 復讐を、果たさせてもらおうかな。


 内側に煮えたぎる思い。生まれ変わってもなお、消えることない激しい炎が吹き荒れそうになる。元よりこの身は罪人。この手は汚れている。なら、酷くしても構わないだろう?

 と、どす黒い考えが出るがそれを蓋する。

 そんな機会がないだろう思うけどね。

 少しだけ微笑みを浮かべて車を走らせた。



 かつて生きた僕の過去の記録はこれでおしまい。今話しているこれは、今生きている僕の話。

 ああ、許せないものは許せないのだ。幸せな時を狙って家族を殺すなんて、誰が許す?

 相応のことをしたのであれば、その分返すのが礼儀。

 目には目を歯に歯を、愚弄には愚弄を。

 僕好きなんだね、この言葉。


 思うままに復讐できるって気がするから。



誰ヵ之半妖物語

助けられた僕が彼女と家族になって生きたお話

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誰ヵ之半妖物語 助けられた僕が彼女と家族になって生きたお話 アワイン @HanYoMe09

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