赤糸

第1話

 何度輪廻転生しても、魂があなたの形をしている限り、私は何度でもあなたに恋をする。


 「推し」という言葉が近年世間に浸透してきた。アイドル、お笑い芸人、俳優など人によって推しは様々。自分の生活を彩り、元気や笑顔といったたくさんの素敵なものをくれる推し。

 私はその「推し」に恋をしている。推しの名は、星野悠太ほしのゆうた

 

 星野悠太は今をときめく若手俳優だ。ここ数年でメディアへの露出が増え、人気は高まるばかり。下積み時代から磨き上げてきた確かな演技力と優しそうなたれ目とぷっくりした涙袋が印象的な甘いルックス、そして普段のしゃんとした姿からは想像もつかないふにゃっとしたオフの姿に沼る女性が多数。ファンの欲目があるとはいえ、好きにならない方がおかしいなんて思ってしまうほどの魅力的な人物だ。


 恋の始まりやきっかけは曖昧だ。いつ好きになったのかも、なんで好きになったのかもぼんやりとしている。彼を好きな理由を一つ一つ挙げていくことはできるけれど、そのどれもが彼を好きになった理由であり、そうではない。たぶん、理屈のつかないところで私は彼を好きになった。

 彼は一等星みたいな人だ。夜空でひときわ煌めきを放つ特別な星。お星さまに恋をしてしまった哀れな私はその輝きから目が離せず、夜も朝も昼も空を眺めたままでいる。目を焼き尽くすような太陽の輝きでも、淑やかに佇む月の輝きでもない。自分の力で煌々と、しかし静かに輝いている星の輝きに、私は魅せられた。

 地上からではどうやったって星を掴むことはできない。でも私は惚れ込んだ一等星に向かって手を伸ばしてぴょんぴょん飛んでいる。無駄でも、苦しくても、やめられないのだ。世界一素敵なその人の隣には相応しくないと知りながら、何度も何度も押し殺しても芽吹き懸命に花を咲かせる恋心を持て余しながら、好きになってごめんなさいと謝りながら。


 そんなわけでかれこれ一年、私は星野さんに恋をしている。


「ねえねえ、陽菜。昨日のテレビ見た? 星野君と斎藤君の絡みがもう最高でさ、昨日見た時から陽菜と話したいと思ってたの~!」

 そう語りかけてきたのは親友の及川春香。春香の推しは俳優の斎藤悠さいとうはるか。自分と同じ名前なことに興味をもって斎藤さんを追い始めたらその素敵な人間性に雪だるまが転がるようにハマっていったらしく、どうにか推しに興味を持ってもらって話せる相手が欲しいということで親友の私にそれはもう熱心に布教してきた。

 春香の熱量に押された私は、言われるがままに春香と共に斎藤さんのことを追い始めた。そこで私は運命の出会いを果たしてしまったのだ。

 推す人物は違えど、星野さんと斎藤さんはプライベートでも仲が良く、良くニコイチで番組に出演するため、大学の講義がかぶる朝、こうして情報交換や推し語りをするのがここ数年のルーティーンとなっている。

「私室大公開のムービー、ほんっとに良かったよね! 星野君がシックでシンプルな家具が中心の高級感がある部屋だったのに対して斎藤君の部屋の可愛さと言ったら! もうマジで沼」

「そうだね。斎藤君の部屋、白基調の可愛らしい部屋でにこにこしちゃった」

「あのシュッとした顔立ちの男があんな可愛い部屋に住んでるの、ギャップで人殺せるでしょ。あ~! 何回思い出してもたまんない!」

 その後も講義が始まるまで春香の推し語りは続いた。顔をきらきらさせて好きな人のことを語る春香はとびきり可愛くて、話を聞いていると元気を貰える。

 けれども、その姿を見ると時折ひどく苦しくなる。

 春香はちょっと重めではあるけれど普通のファンで、純粋に推しのことを応援している。推しのことを語るその眼差しは純粋でまっすぐで、その眼差しを眺めていると自分の抱く醜悪な思いが浮き彫りになって吐き気がする。

 私の応援は、人とは違う。いわゆるガチ恋やリアコと呼ばれる私は、歓迎されない存在だ。春香の前やSNS上ではいつもファンとして振る舞いながらも、その裏には様々な感情が渦巻いて黒くくすんでいる。貴方の永遠になりたいと、その瞳に私だけを映してほしいと、浅ましくも願ってしまう私が、嫌いだ。

 この恋をするまでは、人を好きになるって尊くて素敵なことだと思っていた。好きという思いは甘やかで、恋は甘酸っぱくて。好きな人を思うだけで元気が湧いてくるような、そんな素敵なもの。

 しかしながら、私の恋はそうではなかった。星野さんのことを好きになってから一生分の涙を流している気がする。叶わない恋に泣いて、諦めきれない自分に泣いて。この恋が成就する可能性は限りなく低いとわかっている。でも、彼が男性で、私が女性で。彼がヘテロで、私もヘテロで。彼と私は交わることはないはずなのに、一縷の希望に縋ってしまう。それがどうしようもなく嫌だ。

 ねえ春香、私、恋をしているの。それも一世一代のね。そんな風に言えたらどれだけよかっただろうか。言ったら最後、驚きと軽蔑の眼差しが降り注いでくるだろう。

 ずっと誰にも言えずにこの思いを抱えて生きていかなければならない、そう思うとぞっとする。でも、星野さんを超えるほど好きになれる人はきっとこの世にはいない。一時的に離れたって、この胸は恋しい恋しいかなしいかなしいと鳴いて結局また彼を追ってしまうだろう。

 諦めたいのに諦められない今が、どうしようもなく苦しい。

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赤糸 @boctok2226

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