Halloween Night

峽 夜天

Halloween Night

《プロローグ》



「僕と付き合ってください!」

 校舎裏に吹き抜ける秋風と共に、一人の男子生徒の声が響く。声の主である男子生徒は、深々とお辞儀をしながら、棒のように伸ばし切った腕を差し出していた。差し出した先にいるのは、腰まである長い黒髪が美しい美少女。対して、男子生徒はと言えば、薄い淡白な顔立ちでイケメンとはほど遠く、しいて言えば愛嬌がある顔と言えなくもないが、容姿だけで判断するのなら、目の前の美少女と釣り合わない事は、誰が見ても明らかだった

「……」

 告白をされた美少女は、そんな彼の様子をまじまじと眺めながら、何やら考え事をしているようだった。そんな状態から一分ほど経過したとき、彼女はポンッと手をたたくと、彼が差し出す手を優しく握り返した。

 告白した男子生徒は、握り返されたことで急激に鼓動を高鳴らせる。

「いいよ」

 そして、彼女は返事を返す。その言葉を聞いた彼は、驚きと喜びに満ちた笑顔で、勢いよく顔を上げた。

「ほ、本当に──」

「条件付きなら」

「……え?」

 しかし、そんな彼の期待とは裏腹に、彼女は小悪魔な笑みを浮かべていた。その表情を見た彼はひどく動揺した。

 そもそも、彼……坂上 省(さかがみ しょう)が、学園でも有名な美少女、立花 魅音(たちばな みおん)への告白に踏み切った理由は、クラスや同級生からも人気な佐藤 翔(さとう かける)とその取り巻き達が行った、罰ゲームに巻き込まれたのが原因だった。

 もとより省は、クラスでも目立たない地味な生徒で、友達と呼べる者もいなかった。昔から引っ込み思案で他人と話すことが苦手な彼は、大人数の輪に入るのも苦手で、だんだんと卑屈な思考を巡らせるようになり、気がつけば周りに友人が一人も居ない高校生活を送っていった。 

 そんな彼なので、クラス内でもよくいじられており、特に翔達のグループからは、影で執拗に嫌がらせを受けていた。二年生だがバスケ部のキャプテンを勤め、いろんな意味で外面が良い翔は、人前でその本性を皆に晒す事はなく、省が彼から嫌がらせを受けているなどと、想像する者はいなかった。今回も省をからかうために、学校でも有名な彼女に罰ゲームと称して告白させ、フラれたところをからかおうという魂胆だ。しかし、幸か不幸かその告白相手は、省が密かに思いを寄せている、立花 魅音であった。

 容姿端麗で成績優秀、同級生や教員から見ても非の打ちどころがない美少女だ。少し難点があるといえば、余り笑わないことだろう。完全に無表情ではないが、どこか退屈そうな顔を常にしており、それがより一層、彼女のミステリアスで近よりがたい雰囲気を強めている。その為か、話しかける者は少なく、彼女が楽しそうに会話をしている姿を見た人はいなかった。

 そんな彼女が、省の目の前で含みのある表情を見せたのだ、それを見た彼が動揺するのも無理はないだろう。何より、こういった表情を浮かべる女の子は、漫画やアニメでは決まって何かしらの面倒ごとをもたらすと、相場が決まっている……などと、いつもの省なら考えるのだろうが、今の彼は、彼女の見たことのない表情を見れたことに喜びを感じていた。何なら怪しく笑みを浮かべる彼女に見惚れているまである。

 そんな彼の意識を戻すように、彼女は普段からは想像のつかない、ハキハキとした声で喋りだす。

「条件はね……土曜に街中で開かれる、ハロウィンパーティーに付き合ってもらうのと、そこで私を楽しませてくれること! って、聞いてる?」

「……へっ? あ、はい! 聞いてますよ。今度のハロウィンパーティーで楽しませるって……つ、つまり、デートするってことですかね?」

 彼女の言葉で一気に意識を引き戻された彼は、情けない返事をしたかと思えば、彼女の発言に目を見開きながら固まった。

「そうよ。ちょっと気になる噂を聞いてね……」

「気になる噂……ですか?」

「えぇ。聞くところによれば、街で開かれるハロウィンパーティーでは、異界への扉が開くらしいの。そして、そこから本物のお化けや異形たちがやって来てはパーティーに紛れ込んで、参加者たちを攫って行く……って噂なの。実際過去のパーティーでは、行方不明者がでた事例もあるから、ありえなくは無いと私は思っているの」

「は、はぁ……」

 戸惑いを隠せない省は、反応に困っていた。

「これは決定事項だから、当日ちゃんと来てよね? あ、連絡取りやすいように友達登録しましょう」

 そう言って一方的に話を終わらせた彼女は、そそくさと携帯電話を取り出すと、よく使われるSNSアプリを起動した。

「はい」

 起動した彼女は、パッと彼の前に画面を差し出す。画面には、あの立花 魅音のIDが表示されている。

「……え!あ、はい」

 あまりの急展開に、半ば思考停止している省は、言われるがまま携帯電話を取り出し、彼女のIDを簡素な自分のアプリ内に登録した。

「じゃあ、当日に連絡するから」

 そう言い残して、彼女は足早にこの場を去っていった。呆然と立ち尽くす省を現実に戻す様に、爽籟が吹き抜けた。

「……これは…成功なのか?」

 視界を明滅させながら、一人静かにつぶやく省だった。

 


《Trick or Treat》



 約束の当日、省は犬の銅像前に立っていた。周りには様々な仮装をした人々がひしめき合い、彼の視界と脳を揺らした。

「少し、早く着きすぎたかな……」

 時刻は十六時。省は、慣れない手つきで髪先ををいじりながら呟いた。妹に仕込まれたコーディネートでデートに臨んだ彼だが、家を出る前に「んー……やっぱりどんなに着飾っても、お兄ちゃんはお兄ちゃんだね」と、妹に苦笑された彼は、一抹の不安を覚えたが、ここまで来たら仕方がないと腹をくくった。

「おぉ……約束まであと少し──うわあ!!」

 省が、落ち着かない様子で立ちすくんでいると、ふいに後ろから肩をたたかれる。驚きと期待に満ちながら後ろを振り返った省……しかし、それらの感情は瞬く間に打ち砕かれた。

「よお! 見たことあると思ったら、坂上じゃん!」

 同じクラスの翔だ。自身に気づいた省に翔は、小馬鹿にするような笑みを浮かべながら彼の目の前に回り込む。よく見ると、いつもの取り巻き達も一緒で、彼の周りを囲んでいた。

「めずらしいねぇ。坂上はこんな所に来る感じじゃないと思っていたけど……もしかして、誰かと待ち合わせでもしてる? もしかして彼女とかぁ!」

 彼の言葉に、取り巻き立ちも下品な笑い声を上げた。

「……別に、君たちには関係ないだろ……」

「あ? なにその態度? 坂上のくせに生意気じゃね? ……あぁ、もしかして、このまえ告白した魅音ちゃんと待ち合わせしてるんですかぁ?」

 再び笑い出す翔たち。彼らが笑う理由を察した省は、本能的に俯いてしまう。

「いやいや! 来るわけないでしょ! 現実見なよ、お前と魅音ちゃんが釣り合うわけないじゃん! あぁ、お前みたいな可哀そうな人種に、そんなこと分からないか!」

 三度彼らは、下品な笑い声を上げる。

「ッ!……」

 苦悶の表情を浮かべた省だが、なんとなく察しがついていた彼は、顔を上げることができなかった──が、その笑い声は不意な一声によって静止した。

「何がそんなに面白いの?」

 街中の喧噪の中でも識別できる、綺麗な声の主を彼は見上げた。そこには、美しい漆黒の髪をストーレトに靡かせ、黒を基調にした、落ち着きのある服装の彼女が立っていた。

「た、立花さん……」

 突然の救世主に、省は情けないながらも安堵の表情を浮かべた。

「あ…あはは! 誰かと思ったたら立花さん! どうしたのこんな所で? まさかとは思うけど、坂上君と待ち合わせでもしてたの?」

 突然の魅音の登場に、翔は慌てて外面の口調に戻る。

「私が坂上君と待ち合わせをしていたら、悪いかしら?」

 そんな翔の態度に、普段通りの口調で返す魅音。毅然とした態度の彼女を見た翔は、あからさまに慌てた様子を見せた。

「いや~……別にそんな事は思ってないよ。ただ、立花さんが、こんな場所に来るのが、珍しいなと思ってね」

「そう……貴方のイメージを勝手に押し付けるのは、やめてくれないかしら?」

「俺はそんなつもりで言ったわけじゃないんだけど……気を悪くしたらゴメンね?」

「……」

 そんな二人のやり取りを見ていた省は、翔の変わり身の早さに苦笑いを浮かべた。

「そう……なら、もういいかしら? 見ての通り、私たちは一緒にこの祭りを回る予定だから」

 そう言って魅音は、周りを囲む取り巻き達を掻き分けながら、省の元へ歩み寄った。

「おまたせ……さぁ、行きましょうか」

 そう言って魅音は、手を差し伸べる。

「う、うん!」

 頷いた省が、差し出された手を取ろうとしたが──

「どうせならさ! 一緒に周らない? ここで会ったのも何かの縁的な感じで! ね?坂上君もいいでしょ?」

 そう言いながら、翔は省の肩をポンと叩いき笑顔を向ける。しかし、その目は笑っておらず、静かな威圧感がこもっていた。

「あ、え〜と……僕は一緒でも構わない…かな、あはは……」

 翔の威圧に負けた省は情けなく笑った。ふと、魅音の方に視線をやると、呆れた様子で何処か不機嫌な表情を見せていた。

「よし!決まり! それじゃあ行こうか」

 省の返事を聞いた翔は、すぐさまこの場を仕切りだした。

「あ、えーと……僕たちも行こうか」

「……」

 省は魅音にそう語りかけるが、彼女は頷きもせずに彼らについて行ってしまった。

「はぁ~、なんで僕はいつも……」

 そう呟く省は、項垂れながら彼女の後を追った。

 それから一時間。その後も、何とか挽回しようと頑張ってみた省だが、翔達にことごとく邪魔されてしまい、彼女との距離が縮まらない。魅音の方は翔達に付き纏われ、どんどん不機嫌になっていく。

 省は、翔達が立ち寄った商店街のコンビニの前で空を見上げながら立っていた。既に夜の帳は降りきり、パーティーの本番を迎えている。そんな喧噪の中で彼は、自分の立つ場所だけがくり抜かれたような感覚に襲われる。既に彼の心は白旗を上げかけており、このまま自分がいても意味がないと思い始め「もう、帰ろうかな……」と小さく呟いた時──

「私は、女性を置いて帰る男に告白されたのかしら?」

 横から現れた魅音が彼に話しかけた。

「うわっ! た、立花さん。 佐藤君たちは?」

「ん? あぁ、まだ中にいるわよ。トイレが混雑しててね、私一人だけ出てきたのよ」

「そ、そうなんだ」

 先程の呟きを聞かれた省は、気まずそうに指で頭をかいていた。

「で? あんな人達と一緒に、私を置いていく気なの?」

 省の情けない姿を見た彼女は、腕を組みながら高圧的に彼に迫った。

「あ! そんなつもりで言ったわけじゃないよ。ただ……」

「ただ?」

「……」

 強く迫る彼女に圧倒される省は、俯いたまま黙り込んでしまう。それから彼女は、大きくため息をつくと、呆れたように話し出す。

「まぁ、今回の件はなんとなく予想がついたわ。大方、私に告白したのも罰ゲームとかでしょ?」

「っ!」

 図星を突かれた省は小さく肩を跳ね上げる。

「やっぱりね……ちょっと嬉しかったのだけれど…」

「あっ、いや……」

 魅音が最後に小さくそう呟いたのを省は聞き逃さなかった。彼が彼女に好意を抱いているのは本当だ、しかし、こんな情け無い姿を見せた後に何を言っても、彼女には伝わらないだろうと考えた彼は、言葉を詰まらせた。

「……それじゃあ、私も帰ろうかしら。本当は噂の件について調べるために、もう少し回りたかったけど」

 そう言って、魅音は大きく体を伸ばし帰るそぶりを見せた。それを見た省は、終わったと心の中で悟り、大きく肩を落とした。元より自分では、彼女と釣り合いがとれるわけもなく、初めから分かり切っていたことだ……と言い聞かせ、力なく笑う。

 そんな時、ふと袖を引っ張られる省。彼が魅音の方を振り向くと、不思議そうな顔をした彼女が立っていた。その視線は自分の腰あたりに向けられていて──

「どうしたの……ん?」

 そう言って、彼女の視線を辿ると、そこには魔女のコスプレをした幼い少女が、笑顔で彼の袖を引っ張っていた。

「えーと……どうしたんだい? 迷子かな、パパとママは?」

 少女を見た省は、迷子かと思い優しく語りかけた。彼の言葉を聞いた少女は、笑顔を崩さないまま、彼の手を小さな両手で握りながら──

「トリック・オア・トリート!  お菓子をくれなきゃ悪戯しちゃうよ!」と彼に言った。

 それを聞いた彼は、苦笑を浮かべながら少女に話しかけた。

「あ、あはは、困ったな……ゴメンね? お菓子持ってないんだ、それに僕はもう帰る所で──」

「お姉ちゃんも! トリック・オア・トリート!」

「え?私も? ど、どうしようかしら……私も持ってないわ」

「そうなんだぁ、残念……じゃあ、一緒に行こ!」

 そう言った少女は、全く残念そうな顔をせずに、笑顔のまま、今度は魅音に手を差し出した。

 差し出された手に困惑する魅音。そんな様子を見た彼は、せめて最後くらいと思い、少女に優しく語りかける。

「ゴメンね、お姉ちゃんはもう帰るところだから。僕が預り所まで連れて行ってあげるからね」

「え~、お姉ちゃんも一緒じゃなきゃ嫌だ!」

 しかし、少女はどうしても彼女も一緒じゃないと駄目らしく駄々をこねる。

「はぁ、別に構わないわ。あなた一人だと不安だし……それに、こういった事は男性だけより、女性も一緒にいた方が怪しまれないわ」

 そう言って彼女は、差し出された手を優しく握った。

「立花さん……じゃあ、御願いしようかな」

 省は、魅音に迷惑をかけたくなかったが、彼女のいった事も一理あると思ったので、一緒に行くことに決めた。二人の会話を聞いた少女は、自身が繋いだ二人の手の間で楽しそうに跳ねる。そんな様子を見た二人には、自然と笑みがこぼれていた。

「それじゃあ、行こうか……そういえば、名前は何ていうのかな?」

 一呼吸置いた省は、少女の名前を聞いた。

「……」

 ピタッ、と動きを止める少女。それからゆっくりと彼の顔を見上げた。

「ん?」

 少女の表情を見た彼は、不思議な違和感を覚えた。彼を見上げるその顔は、彼が告白した時に魅音が見せたのと同じ、あの小悪魔的な笑顔だったからだ。何よりその童顔からは考えれないほどの、異質な妖艶さが感じ取れる。

「ねぇ、坂上君……」

 少女の表情に見入っていた彼は、魅音の一言で我に返った。

「どうしたの?立花さ…ん……」

 省は顔を上げると同時に、目の前の光景に絶句した。それもそのはず、二人の眼前には橙色に怪しく光る、浮遊したジャックオーランタンが鏤められた夜景が広がっていたのだ。その下にある街は怪しく輝き、そこでは多くの人々が行き交っていた。なにより二人は、そんな景色を一望できる程高い、塔の上に立っていたからだ。

「ようこそ~! ハロウィンの世界へ!」

 二人の間からするりと抜けた少女は、目の前で浮遊しながら、大きな身振りで二人を歓迎した。

「えぇええええええええええ!!」

 省の叫びが、街中に響き渡った。



《Unhappy Halloween Night》

 

 

「あははは! お兄ちゃん、面白い顔!」

「あ、あ…いや、だって……え?」

 驚愕した省の表情を見て、愉快そうに笑う少女。しかし、自身を笑う少女に、物申すほどの余裕は今の彼には無く、ただただ呆然と立ち尽くすしかなかった。

「いったいここはどこなの!? 私達、さっきまでコンビニの前に!」

 魅音もようやく声が出る様になったのか、慌てた声で少女に聞くが、そんな声とは裏腹に、その表情にはどこか楽し気な雰囲気を滲ませていた。

「二人とも落ち着いて、今から説明するから」

 まあまあ、と二人をなだめる少女。自身の言葉を聞き、二人が少しだけ落ち着きを取り戻したのを、確認した少女は、軽く咳ばらいをして話し出す。

「コホン! じゃあ説明を始めるね! この場所はね、ハロウィンになると開かれるお祭り会場なの、ここにはいろんな人達が集まっているの! 幽霊に狼男やミイラ、吸血鬼とか私みたいな魔女とか! 二人の世界で言う、怪物や幽霊と言われる類だね」

 そういう少女の背後に、箒に乗って空を飛ぶ魔女や、ゆったりと浮遊する半透明な女性らしき姿が見えた。

「……立花さん、僕の頬をつねってくれないかな?」

「いいわよ」

「ありが──いででででで!」

「夢じゃ無いようね」

 夢なのでは…と思った省は、魅音にお決まりのセリフを言うと、彼女は容赦なく彼の要望に答えた。

「どう? 夢じゃ無いでしょ?」

 二人のやり取りを見ていた少女は、クスクスと笑った。

「えぇ、そのようね……それで、貴方は何者なのかしら?」

 笑う少女に魅音は訊ねる。

「変な質問だね! 私は私、何者でもないよ! けど……ん~強いて言えば、二人の案内人かな!」

「なるほど。じゃあ、かわいい案内人さん?お名前を聞いてもよろしいかしら?」

 先ほどから、少し小馬鹿にするような態度で話す少女に、彼女は若干の威圧感をこめて聞いた。そんな彼女の威圧に、一切の動揺を見せない少女。魅音の質問に対して、怪しくクスクスと笑うと少女は話す。

「お姉ちゃんには教えてあーげない! あ! 名前についてなんだけど、この世界では本名を知られちゃだめだよ? そういうルールだから」

 少女の話を聞いた二人は慌てて口を塞いだ。先程から二人は、お互いの名字を呼び合っていたが、少女が話したルールが本当なら、既に二人は破っていることになるのだ。しかし、慌てる二人を見た少女は、首をかしげている。

「どうしたの二人とも? もしかして、気持ち悪いの?」

 そんな、少女の様子を見た二人は、顔を見合わせる。

「とにかく、続きを話すからね! この世界では本名を知られちゃ駄目だよ? あと、素顔も見せちゃ駄目…だけど……まぁ、少し顔が隠れていれば大丈夫かな。はい! これプレゼント!」

 そう言って、少女はどこからともなく、カボチャのお面とこれまたカボチャ型の銀時計を取り出して、二人に渡した。

「いい? その銀時計の針が夜の十二時を指す前に、必ず元の世界に戻る事。もし間に合わなかったら、ここの人達と一緒に、この世界に囚われちゃうからね。もちろん素顔と本名も隠すこと、もしどちらか一方でも破ったら、元の世界に帰れなくなっちゃうから」

 少女は不敵な笑みを浮かべながら、脅すようにそう言った。だが、二人が名字で呼びあった事に対して、何も言ってこない様子だったので、先程のは大丈夫なようだ。

「帰れないって、そもそも帰り道はどこなのかしら?」

「そこの扉を通れば帰れるよ」

 そう言って少女は、二人の背後を指さす。二人はその指先を辿ると、そこには西洋風な白樺の木で作られた両開きの扉があった。

「い、いつの間に……そもそも、本当に帰れるか分からな──えっ?」

 扉を確認した省が、再び少女の方に向き直ると、既に少女は居なくなっていた。

「本当に、どうなってるんだろ……と、とにかく! 元の世界に直ぐ帰ろう、何が起きるか分からないし、ね? たち──じゃ無くて……とにかく帰ろう!」

 そう言って彼は、魅音に向き直るが、魅音は彼の言葉を無視して、スタスタと側にあった階段を降りようとしていた。

「え! ちょ、出口はそっちじゃな──」

「何突っ立ってるの? 早く行きましょう!」

 慌てて静止する省の言葉を遮り、魅音は手招きした。

「へっ? 行くって何処に?」

「何処にって……取りあえず、下に降りて散策? 早くしましょう、来ないなら置いて行っちゃうから」

 そう言って魅音は、ニッコリと省に笑顔を向けると、そのまま階段を降りて行ってしまった。

「嘘でしょ……あぁ〜、どうしたらいいんだ!」

 踏ん切りが付かない彼は、頭を抱えながらその場に蹲る。

「行かないの?」

「おわっ!」

 蹲る彼は、突然背後から声をかけられた。振り返ると、そこには先程消えた筈の、少女がフヨフヨと浮いている。

「いや、行かないのって……」

「私はどっちでも構わないけど……でも、お兄ちゃんだけ先に帰っちゃうと、お姉ちゃんは帰れなくなっちゃうよ?」

「え?! それって──」

「あ!」

 少女の衝撃発言に、理由を聞こうとする省だが、その言葉を遮り、少女は思い出したかの様に、声を上げた。

「お兄ちゃんには、私の名前を教えようと思ってたんだ。お兄ちゃん、耳貸して」

 そう言って、小さな手で手招きをする少女。終始他人のペースに流される省は、苦笑いをしながら、彼女に耳を貸した。

「それじゃあ、教えてあげるね……特別なんだから」

 少女は両手で彼が貸した耳を覆うと、隙間に口を押し当てる。少女の小さな息遣いが、省の耳を擽るので、彼は思わず顔を赤らめた。

「私の名前はね───だよ」

 省以外には聞こえない程、小さな声で自身の名前を教えた少女は、スッと彼から離れる。少女の名前を聞いた彼は、驚きのあまり目を見開いた。

「な、なんで君がその名前を……偽名、だよね?」

 彼の質問を聞いた少女は、ニヤッと笑う。

「……それじゃあ、ルールを守って楽しんでね!」

 そう言った少女は、省の質問には答えず、笑顔で手を振ると何処かに飛び去ってしまった。その姿を見た彼は、不安そうにため息をついた。

「……はぁ、とにかく追いかけないと駄目だよなぁ、何とかして説得しないと」

 そう言って彼は急いで魅音の後を追って、階段前まで来たが既に魅音の姿は見えなかった。

「結構先にいるのかな……」

 薄暗い螺旋階段には、まるで彼を飲み込まんとするかのように、不気味な空気が漂っていた。

 ふと、下から彼を持ち上げるような突風が吹き上がった。それを浴びた省は、一瞬身をすくませたが、先程の少女が言った言葉を思い出す。

「い、行かなくちゃ」

 この先に進めばもう戻れないかもしれない。そんな不安を覚えつつも、彼女を残しては駄目だと奮起し、一歩を踏み出す。はじめは慎重に、次第に降りるスピードを上げていく。降りる速度に合わせて、心臓の鼓動も早くなり、鼓動の速度が降る速度を超えたあたりで、悠々とした足取りで階段を下りる、彼女の背中を視界にとらえた。

「待って!」

 大声で彼女を呼び止める。彼の声を聞いた彼女が足を止め、後ろを振り返る。

「はっ、はっ、はっ……ハァ~、やっと追いついた」

 膝に手をつき息を切らす省。体感的には、それほど長い間降りてないと感じた省だが、結構な距離を降りていたらしい。

「ふふふ、やっぱり……貴方なら来ると思ってたわ」

 息を切らす彼を見て、彼女はクスクス笑う。

「はぁ、はぁ……どうしてそう思ったの?」

「だって君、こう言ったオカルトというか、非日常な展開好きでしょ?」

「え?」

 彼女の言葉に省は首をかしげる。そんな彼の反応を見た魅音は、楽しそうに語りだす。

「ほら、教室でよく小説を読んでる姿を見るし、内容までは見てないけど、漫画みたいな挿絵があったから、ライトノベル?だっけ、そういうの読む人って、異世界みたいな展開すきそうだなぁ、と思ったから。もしかして、私の勘違いかしら?」

「い、いや。間違いじゃないよ」

「よかったわ! それに、オカルト関係も好きなんでしょう? この前、恐怖体験集の本を読んでるのを見たから」

 魅音は目を輝かせながら、省に聞き迫った。

「え? あ、あぁ……確かに、僕はオカルトも好きだけど……どうしてそんなこと知ってるの?」

 省が質問で返すと、魅音はクルッと周り彼に背中を見せたかと思えば、目線だけ彼の方に向けると、妖艶な笑みを浮かべながら小さく呟いた。

「私も好きだから」

 そう言って彼女は、再び階段を降りだす。

「………あ! 待ってよ!」

 魅音に見とれていた省は、はっ!と我に返り再び彼女を追いかけた。

「あ、あの! たちーーじゃなくて、えーと……」

 彼女の横に並んだ省は、何とか呼び止めようとするが、名前を呼ぶことができない状況に、四苦八苦していた。

「そういえば、仮の名前を決めないと駄目ね、名前を呼べないのは不便だわ」

「えーと……仮の名前を決める前に、話したいことが──」

「決めた!」

 省の話を聞こうとしない彼女が、手を叩くと人差し指を立てながら続けていった。

「私の名前はビーネ! それで貴方の名前は、ジャックね!」

「ジャック?……もしかして、ジャックオーランタンから取ってる?」

「そうよ。だって君の名前って、あだ名をつけにくいんだもの」

「た、確かにそうだね……あはは」

 安直な名前を付けられた省は、力なく笑ったが、彼女に付けてもらったことを考えると、内心では少し喜んだ。

「それと……何言われても私は、満足するまで帰るつもりはないから」

「でも……」

「それに、条件があるって言ったでしょ?」

「条件って、告白の時の?」

 省は、いろいろあって忘れていた、告白の時の彼女の言葉を思い出す。

「あ!出口があるわよ」

 そう言った魅音は、残りの階段を駆け下りる。省が彼女の後を視線で追うと、階段の踊り場の先に、大きなアーチ状の出口が見える。 

 省も急いで彼女の後を追うと、出口に近づくにつれて、外の喧噪が次第に大きくなっていった。

「ねぇ、ジャック……」

 省が、出口の前で立ち止る魅音に追いつくと、魅音は再び彼に向き直り妖艶な笑みで、彼に手を差し出した。

「デートはまだ終わってないわ」

 そう言って、先程少女から渡されたお面を片目を隠すように付けた。

 そんな魅音の姿を見た省は、釣られて同じ様にお面を付けると、自然と彼女が差し出す手を取ろうと、手を伸ばした。

「ほら!」

 魅音は省の手を取ると、誘うように彼を引っ張った。そして二人が出口を潜った瞬間、大きな喧騒と幻想的な街並みが、激流のごとく押し寄せる。

 怪しくも煌びやかに光る装飾が施された街は、ハロウィンカラーに染まり、外の大通りには、多種多様な露店が所狭しと開かれていた。ハロウィンに因んだカボチャのお菓子、見たこともない雑貨、奇妙なキャラクターの玩具とアクセサリーなどは、祭りを彩る様に売られている。

 何より二人が目を惹かれたのは、そんな中をめぐり歩く異形たち。狼男にトカゲ男、かわいらしい動物の耳や尻尾を生やした子供たちは、楽しそうに駆け回る。

「どいたどいた!」

 省が、目の前の景色に見入っていると、足元から怒鳴り声が聞こえた。

「ん? うわ!!」

 彼が足元を見ると、赤、青、緑のトンガリ帽子を被った木こりの服装を纏い、玩具みたいなリアカーを引く小人たちが、怒った形相で見上げていたので、慌てて移動する。

「ボサっと突っ立ってんじゃねえぞ!」 

 彼が移動したのを確認した小人たちが、悪態をつきながら急いでリアカーを押して行ってしまった。

「小人って──」

「ジャック!見て!」

 小人に気を取られている省の横で、魅音が大きな声で小人が去った方向とは、反対の方を指さした。辿ってみると、そこには立ち並ぶ露店通りの向こうから、巨体の男がやって来る。一言で表せば、ゲームなどで出てくるトロールだが、ボロボロの衣服をまとったイメージと違い、黒の紳士服にハット帽と言った小洒落た恰好をしている。

「すみませんねぇ~」

 大男が二人の前を通り過ぎるとき、自身を避けながら歩く通行人に、丁寧に言葉をかけている。

「やっぱり! 噂は本当だったわ!」

 圧倒される省とは裏腹に、嬉しそうな魅音は、目を輝かせながら、目の前の光景に感動している。

「楽しそうだね、み──じゃなくて、ビーネさんは……」

 省は、横目で彼女を見ながら呟く。

「楽しいに決まってるじゃない! ハロウィンの夜に開かれる異世界のお祭り、そこには仮装じゃない本物のお化けや怪物たちが行き交う街があって、出店には奇妙な品々が売られていて……まさにハロウィンのお祭りって感じ! あと!さん付けは止めて。せっかく普段とは違う名前なんだから、堅苦しいのは無しで! いいかしらジャック?」

「わ、分かったよ……ビーネ」

 気恥ずかしそうにそう答える省に、魅音は満足そうに頷いた。

「あっ!何かしらあの店! 面白そうだわ!」

「ちょっ、ちょっと待って!」

 魅音がとある店に興味を示し省を引っ張る。連れられた先には、露店の前で大道芸をするピエロが一人、玉乗りをしながらお手玉をしている。

「げっ!」

 店まで近づくと省は、ピエロの姿を見て顔を引き攣らせた。ピエロの見た目は化粧で分かりにくかったが、顔中に生々しい傷があり、お手玉する玉はソフトボール程の大きさの目玉だった。乗っている球も大きな目玉で、ピエロはその上でバランスよく立っている。何より、それらの目玉は作り物とは思えない程生々しく湿っており、店の明るい光をテカテカと反射していた。

「ハイハイ皆さん! あま〜い目玉キャンディだよ! シロップにたっぷり浸かったキャンディは子供に大人気! 一瓶三百円! 安いよ美味しいよ〜! バラ売りもあるよ〜!」

 売り子のピエロは、ひょうきんなトーンで、寄ってくるお客さんに声掛けをしている。

 省が店の棚を見ると、瓶の中に大小様々な目玉が、透明な液体に付けられており、まるでホルマリン漬けを見ている様な気分になった。これがバラ売りなのだろうか、棒に刺さった目玉が、シロップで満たされた桶に漬けられて並んでいる。

 しかし省は、売り子のピエロが言う様に、どうやら湿っているのはシロップらしく、おそらくはあの目玉も普通の飴なのだろうと内心安堵した。

「あはは、流石に本物なわけないか……まぁ、買おうとは思わないけど──って!ビーネ⁈」

 色々と考えている省を他所に、魅音はいつの間にか店で、バラ売りのキャンディを二本購入している所だった。

 買い終わった彼女は、嬉しそうに省の元まで戻ると、テラテラ光るキャンディを一つ、省の目の前に突き出した。

「現実のお金が使えて良かったわ! はい、貴方の分も買ってきてあげたわよ」

「え……あ、うん。ありがとう」

 省は、戸惑いながらも差し出されたキャンディを受け取ると、目玉のキャンディを、まじまじと観察した。

「どう見ても目玉じゃ……いや、これはキャンディだ、リンゴ飴みたいな奴だよきっと……そう思いたい」

「頂きま〜す」

 省が躊躇っている横で、魅音は豪快に目玉にかぶり付くと、プチュッと、硬いキャンディから出るとは到底思えない、湿潤な音が聞こえてきた。その音を聞いた彼は、更に顔を引き攣らせる。

「はむはむ……う〜ん! 何これ⁈ キャンディって言ってたのに、凄く柔らかい! 水饅頭みたいな物かしら、けど味はキャンディだし、凄く甘〜い! 不思議だわ!」

 省とは対照的に、楽しそうにキャンディを頬張る彼女は、二口目を豪快にかぶり付いた。 

「美味しいのか……」

 美味しそうに食べる彼女を見た省は、恐る恐る口元にキャンディを持って来ると、小さくかぶり付く。

「はむっ!……ん! た、確かに! 食感は水饅頭だけど、和菓子とは違った洋菓子の甘さで……これはキャンディだね」

 省は、見た目に反した味に目を見開き、二口目を豪快にかぶり付く。すると、中心部分から、何やらトロッとした、外側のシロップとは違う甘さがあるオレンジ色の汁が溢れてきた。

「ん! 中から別のシロップが……これは、カボチャ味かな?」

「え! 私の方は固まってるんだけど」

 そう言った魅音は、省に中身を見せると、確かに中身のオレンジのシロップだった物は、凝固していた。

「オヨヨヨ! それは当たりだねぇ〜。運が良いよお客さん! 固まってないって事は、鮮度が高い証拠だよ〜!」

 大道芸をするピエロが、二人のやり取りを見ていたのか、戯けた口調でお手玉しながらそう言った。

「鮮度が……高い……え?」

 ピエロの言葉を聞いた彼は、ピタッと食べる手を止めた。それから、数秒前に感じていた、疑念が脳裏に浮ぶと、徐々に顔を引き攣らせ、目玉を凝視する。

「食べないの? 食べないなら、私にくれないかしら?」

 固まる省の横で魅音は、既に食べ終えており、彼の横顔に棒をフリフリしている。

「え? あ、うん……残りは全部食べちゃって良いよ」

「本当に! ありがとう!」

 省が魅音に食べかけのキャンディを差し出すと、彼女は、それを嬉しそうに受け取り、勢いよく頬張った。

「あはは……ビーネって意外に食べるんだね……って──あ!」

 省がそこまで言うと、自分が食べかけの物を彼女に渡してしまった事に気付いた。

「ん? どうしたの? もしかして、もう少し食べたかったのかしら? けどこれはもう私のキャンディだから、返さないわよ……はむっ!」

「あ!いや、そういう訳じゃ無くて……そもそも、ビーネが買ってきた物だし──」

「けど、一口だけなら返してあげる」

 魅音は、オドオドする省の言葉を遮ると、既に半分以上を食べ終えたキャンディを、彼の口元に差し戻す。

「はい、あーん」

 それから彼女は、目を細めながら優しくそう呟いた。それを受けた彼の、脳裏に浮かんでいた疑念は全て吹き飛ばされ、逆らい難い誘惑に自然と体が動いていた。

「あ、あーん」

 省が、差し出されたキャンディに一口齧り付くと、プチュッとした食感と鼻に抜ける甘い香り、カボチャ味のトロッとしたシロップが、彼の口と脳を甘く満たしていった。

 省が、甘美な風味に浸っていると、目の前では美しい黒髪を耳に掛けながら、キャンディの残りを食べる魅音の横顔が、映し出されていた。そんな彼女を惚けて見ていると、視線に気付いたのか、彼女が横目で視線を送りながら、最後の一口を頬張る。

「う〜ん! 美味しいかったわ。さて、他のお店に行きましょうか! 次はジャックが奢ってね」

「あ……うん!」

 省の返事を合図に、二人は異質な祭りへと繰り出していった。



《The Halloween Night》

 


二人は祭りを満喫する。現実世界では味わえ無い、刺激的な祭りは、二人を誘い引き込んでいった。

「ねえジャック! あのお店何かしら?」

「ん? あれは……何かの食べ物を売ってるみたいだね。香ばしい香りもしてくるし、何かを焼いているのかも」

 そう言って二人は、匂いがする方へ向かった。

「へい!らっしゃい! この祭り限定のシッポケバブだよ! スパイシーでジューシー! シッポケバブいかがですか?!」

 近づくと、景気のいい声でトカゲ男がケバブを焼きながら客引きをしていた。

「シッポケバブですって! 美味しいのかしら?」

「トカゲ男がシッポケバブ売るって……何か不穏な気配がーー」

「ジャック!あれ買って!」

「えっ? う、うん」

 乗り気じゃない省だが、魅音の催促には抗えず、先程のキャンディのお返しにと買いに行く。店に近づくにつれ、胃袋を擽られる匂いが強くなり、彼の食欲をそそった。

「まぁ、トカゲを焼いて食う人も、居るって言うし大丈夫……食べた事ないけど、同じ爬虫類のワニ肉だと思えばーー」

 自身に言い聞かせる様に呟く省は、気付けば店の列に並んでいた。かなり人気なのか、店の前にはそれなりの列が出来ており、先程のキャンディと同様、見た目はあれだが、味は美味しい筈と、腹を括りながら、列に並ぶ。

 そして、いよいよ自分の番に回ってこようとした時、店裏から忍ぶ様な声の奇妙な会話が、省の耳に入ってきた。

「おい! もう少しで在庫が無くなるぞ?」

「馬鹿言うなよ! 今日で五本目だぞ? 全く……今年は俺が当番だからって、こき使いやがって」

「甘えんな! 俺は去年、十本は行ったぞ? まだ祭りは始まったばかりだ、今年は去年より賑わってるし、稼ぎ時だ! ほら、早く出せって」

「ったくよ〜……お前のやり方、雑だから俺嫌いなんだ──」

「オラッ!」

 一人の男が何やら言い終わる前に、もう一人が力む様な声を上げた途端、ザクッ!と、何かを切断する音が微かに聞こえてきた。

「イデッ! お前!言ったそばから!」

「ウェイ! 一丁上がり!」

「馬鹿! 声でけぇよ!」

 そんな感じのやり取りが、店裏で行われていた。

「……僕は何も聞いてない、何も知らない……」

 聞いては行けない物を聞いた様に感じた省は、再び自身に言い聞かせる様にそう呟く。 そして、いよいよ彼の番が回ってきた。

「ヘイ!らっしゃい! お? 随分と若そうな兄ちゃんだね〜! 一人で来る感じには見えねぇし……もしかして、彼女とデートかい?」

「えっ? あ、はい……まぁ、そんな感じです」

 勢いのある接客に、少しオドオドしながらそう答える省。そんな彼を見たトカゲ男は、呆れた様に首を横に振った。

「おいおい! 男がそんなに情けなくちゃいけねぇだろ? ほら! ケバブ多めにサービスしてやっから! 豪快に齧り付いて、彼女に男らしさ見せてやんな!」

 そう言ってトカゲ男は、省が頼みもしない内に、二人分のケバブを用意し始めた。生地は良くあるタコライスに、瑞々しい紫レタス、そこに赤いソースをたっぷり塗り、その上にグルグル回る円柱型のケバブを削り乗せていく。

「ほらよ!サービスだ! 値段は安くしとくぜ!」

 そう言ってトカゲ男は、大盛りのケバブ二つを、彼の前に突き出した。

「あ、はい! ありがとう御座います!」

 そう言って、勢いに押された彼は、代金を支払うとそそくさと店を後にした。

 省が、列の外側で待っていた魅音の下に駆け寄ると、彼が持つ大盛りのケバブを見た彼女が、口に手を当てながら軽く驚いていた。

「何その大盛り!凄い!」

「う、うん……デートしてるって言ったら、サービスしてくれた」

 そんな彼女の質問に照れて答える省。

「へぇ〜、次は私もデートしてるって言ってみようかしら」

「……び、ビーネはきっと……美人だからってことでサービスしてくれそうだけどね」

 先程のトカゲ男の言葉に、若干後押しされた省は、勇気を出して言ってみた。

「ふーん? 仮面を着けて、顔が半分くらいしか見えないのに?」

 彼の台詞を、いたずら笑みを浮かばせながら質問で返す魅音。唐突な返しに省は、慌てた様子で、言葉を絞り出す。

「あ!いや! なんて言うか……仮面では隠しきれないと言うか……雰囲気自体が美人というか──」

「ウフフッ……慌てすぎよ。ジャックの反応は、可愛くて飽きないわ」

「あ、アハハ……可愛い……かな?」

 慌てふためく省を見て、魅音は静かに笑い、可愛いと言われた彼は、少し残念そうに苦笑いを浮かべる。

「ほら、早く次行きましょう? あっちにミニゲームみたいな物もあったわ」

「うおっ! ちょ、ちょっと待ってよ!」

 そう言って彼女は、省の手を掴むと、興味を示したお店まで引っ張っていった。 

 それから数時間、初めは乗り気では無かった省だが、魅音に振り回されながら付いていく内に、抱いていた懸念はいつの間にか消え失せていた。そして、彼女と過ごす楽しい一時に、幸福を感じていたのだった。



───────



「はぁ〜、少しはしゃぎ過ぎたわ……ねぇジャック、あそこで少し休憩しない? 机と椅子もあるし、周りではドリンクも売ってるみたいだから」

「そうだね……僕もこんなに歩いたの、久しぶりだから、少し疲れたよ」

 そう言って二人は、この街の中心なのだろうか、噴水広場の一角に腰を下ろした。噴水の奥には、屋外ステージが設置されており、様々なショーが披露され、結構な人数の見物人が、盛り上がっている。

「ふぅ〜……ビーネ、何か飲みたいものある? 買ってくるよ?」

「ありがとう。じゃあ何を飲もうかしら……」

 省がそう言うと、魅音は辺りにある出店を見回しながら飲み物屋を探した。

 すると人混みの中から一人、省達に近づく者が現れる。黒いタキシードを美しく着こなし、まるでダンスでも踊るかの様に、軽快なステップで近づく、ハットを頭に乗せたカボチャ頭の紳士。その者が二人の目の前で立ち止まると、映画で良く見られる、英国紳士の立ち振る舞いで挨拶をする。

「初めまして〜! 私はこの会場のウェイターをしております、オーランドでございます。ご注文を承りに来ましたが、何かお決まりですかな?」

 オーランドと名乗るウェイターの登場に、顔を見合わせる二人。

「おっと、これは失礼。メニュー表が置かれていませんね。こちら、今夜のメニューでございます」

 そう言ってオーランドと名乗る男は、どこからともなくメニュー表を取り出すと、二人に見せるように開いた。二人は開かれたメニュー表を覗きこむ。

「結構しっかりとしたメニューがあるのね……肉料理に魚料理、オードブルまで」

「確かに、いろんなメニューがあるけど……使われてる素材がよく分からないのもあるね……ビィビーフとかバットフィッシュとか……いや、何となく語呂で分かる気もするけど」

「この店では、この時期限定の食材を使用しているので、あまり聞かない名前の物もあると思いますが……ちなみに、お客様は余りお腹が空いていないよう、お見受けしました。もしそうであれば、こちらのドリンクなどはいかがでしょうか?」

 そう言いながらオーランドは、次のページをめくる。

「へぇ、ドリンクの種類も豊富ね。料理の種類より多いんじゃないかしら?」

「はい! 当店は、ドリンクが売りの店でして。特に、果実や野菜を使ったドリンクは、この祭りに出ている、どの店よりも種類豊富で味も一番でございます」 

 魅音の質問に、オーランドは、誇らしげにそう言った。

「凄い自信ね? じゃあそんな貴方に、私にオススメのドリンクを、選んでいただこうかしら……あっ! 私お酒飲めないから、ノンアルコールでお願い」

「ぉお! それはとても光栄なことです。貴方のような美しいお嬢さんから、言われれば尚更! では、僭越ながら……そうですね、今宵の祭は、何やら例年とは異なる、不穏な雰囲気を帯びている……と個人的に感じておりまして……」

 注文を受けたオーランドは、魅音の顔をまじまじと見ながら、不穏な口調でそう呟く。カボチャ頭ゆえか、表情が変化しない為、二人にはより一層、意味深げな言葉に聞こえた。

「そんな中に現れた、美しいお嬢さん……夜空のごとく美しい漆黒の髪をはじめ、黒を基調とした装束を纏う貴方は、ハロウィンの夜に舞い降りた、妖艶なる魔女!」

 オーランドは、そう言いながら指を鳴らす。すると、両手にはシェイカーとジガーが握られていた。

「そんな貴方の為に! 特別なカクテルを作りましょう!」

 そう言ったオーランドは、二人の目の前でカクテルを作り始める。

 材料と道具をどこからともなく出す姿は、マジシャンの如く……華麗なジャグリングは、大道芸のそれとは違う、優雅さがあり二人の目を引いた。そんな激しい動きの中でも、正確な分量で、次々とシェイカーの中に混ぜていく。目の前で披露されるエンターテイメントに、二人は心を奪われた。

「素敵ねぇ……」

「う、うん」

 目の前にいるエンターテイナーに、うっとりとした表情で呟く魅音。その横で不安そうな声で省は頷いた。

「それでは、仕上げに入らせていただきます!」

 オーランドは、より一層激しくシェイカーを振る。シャカシャカと軽快なリズムが鳴り、それがピタッと止んだ後、静かに二つのシェイカーを机の上に置いた。

「貴方に合わせた、オリジナルカクテルでございます」

 彼はそう言うと、シェイカーの蓋を開け、用意したグラスに注いでいく。注がれたグラスには、白と黒が美しい、二層のカクテルができていた。

「白と黒か……貴方から見た私の印象が、これなのね?」

 カクテルを見た魅音は、意味深な視線をオーランドに向けた。

「はい……私が貴方に抱いた、第一印象を表した色です。そして──」

 そう言うと彼は、小皿を取り出し、彼女の目の前に置いた。それから、純白の布に小さく包まれた何かを取り出すと、そっと小皿の上に乗せる。

「どうぞ開いて見てください」

「えぇ」

 魅音は、ゆっくりと布を開いていく。布の中には、一切れのリンゴとレモンが包まれていた。

「この果実とカクテルは、私から貴方への贈り物でございます」

「……因みに、どういった意味がこめられているのか聞いても?」

 魅音は、果実を見つめながら静かに言った。

「それは内緒でございます……あぁ、私からの贈り物なので、お代は結構ですよ。さて、貴方は何をお飲みになりますか?」

 魅音からの質問の答えを言わなかった彼は、話を無理やり切り替えた。

「え? あぁー、そうですね……じゃあ、僕もオススメでお願いします」

「……分かりました」

 少しの間のあと、オーランドは指を鳴らした。すると、どこからともなく、シャンパングラスと陶器のポットが省の目の前に現れる。

「え!?何処から!」

「貴方には、こちらを」

 驚く省を無視して、オーランドはポットを持つと、シャンパングラスに向けて傾ける。ポットの注ぎ口からは、オレンジ色をした液体が流れ出て、グラスを満たしていく。続いて彼は、小さな小瓶を取り出すと蓋を開け、小さなスプーンで中身をすくい上げると、橙色のジャムが現れ、それをグラスの中に混ぜ入れる。

「こちら、搾りたてのオレンジジュースに、自家製の杏ジャムを混ぜました」

 それを見た省は──(作り方に差がありすぎる……)と、内心思ったが、口には出さず黙って見ていた。

「貴方には、こちらを送りましょう」

 ジャムを混ぜ終えた彼は、魅音の時と同じように、純白の布包みを取り出しす。だが、今回は省には開けさせず、彼自身で布を広げだした。中には二輪の花があり、それらを優しくつまむと、一輪はグラスの中に、もう一輪はグラスの横に添える。

「こちらは、タイムとゼフィランサスの花でございます。貴方をイメージしたジュースには、こちらの花を添えるのが、良いと考えました……それと、こちらもどうぞ」

 一通り話し終えた彼は、最後にポケットから、一枚の折りたたまれた小さな紙を取り出すと、そっと省の目のまえに置いた。

「それでは! これにて私は、失礼いたします! 若いお二人に、素晴らしい一夜を!」

 そう、言い残したオーランドは、軽快なステップで、二人から離れていった。

 彼の姿が見えなくなった後、省は紙に何が書かれているか気になりそっと開いてみた。

 【プレゼントを贈るなら、噴水の近くにあるお店がおすすめです】と、綺麗な字で書かれていた。

「噴水の近く……あれかな?」

 省は噴水の方を見る。そこには、周りの店に比べ、物静かな印象を受ける露店が、ぽつんと開かれていた。

「プレゼントか……ビーネ、飲み終わったら、あの店に行ってみな──ん?どうしたのビーネ?」

 省が魅音を見ると、彼女はオーランドから送られた果実を見つめていた。その表情は、何かに思いはせている様で、先程の省とオーランドのやり取りは、聞こえてはいなかった。

「び、ビーネ大丈夫? なんか様子がおかしいけど?」

 省はそう言って、魅音の目のまえで手を振った。

「……え?あ! えぇ、大丈夫よ! ごめんなさい、少し考え事をしていて……あ、二人ともドリンクが揃ったことだし、乾杯しましょう!」

 省の呼びかけに気づいた彼女は、慌ててグラスを持つと、それにつられる様に、省も自分のグラスを持つ。

「じゃあ、はい! ジャックが乾杯してちょうだい。 ロマンチックにお願いね?」

「え! じ、じゃあ……」

 魅音の突然な無茶振りに、省は慌てて言葉を考える。

「……君と過ごせた、楽しい夜に乾杯?」

「フフッ……乾杯!」

 顔を真っ赤にする省を見た魅音は、軽く笑いながら省が持つグラスへ、自身のグラスを軽く当てる。高く軽い音を静かに響かせた二人は、グラスを口元に持ってきて、少量を味わうように口に入れる。

「……んっ! おいしい……」

 省は目を見開きながら、絞り出すような声で呟く。

「えぇ、不思議な味だけど、おいしいわ……見た目はコクがありそうな色だけど、口当たりはサラサラしてて、身体に染み込んでくる」

「僕のは柑橘系のさわやかな香りに、ジャムの深い甘さが混ざって、凄く飲みやすい」

 二人は、オーランドが作ったドリンクに舌鼓を打ちながら、互いのドリンクの感想を言い合った。 

「ねぇジャック? さっき、あの人とは何を話していたの?」

「え? いや……特に何も話してはないけど……ビーネこそ、ずっとその果実が、気になっている用だけど何かあったの?」

 省は、先ほどオーランドから渡された、紙の事は伝えず質問で話を逸らす。

「んー……ちょっとね、どういう意味でこの果実を、私にくれたのか気になって……確か、花言葉のように、何か意味があったと思うのだけど……それに、このカクテルも、おいしいけど、どんな素材を使っているか見当も付かないし、何より私をイメージして作った物が白と黒なんて、気になってしょうがないわ」

 魅音はグラスを軽く回しながら、愚痴のように喋る。

「確か、黒色は強さやクールなイメージで、白は純粋や清潔みたいなイメージを持たれることが多いって、何かに書いてあったような……まぁ、人に寄りけりだと思うけどね」

「へぇ~、ジャックってそういうの、詳しいのね……じゃあ、この果実の意味とか分かったりするのかしら?」

「え?……ま、まぁ、大雑把にだけど少しなら……」

「本当!? 教えてほしいわ!」

「う、うん」

 軽い知識程度で話したつもりの省だが、魅音の思わぬ食いつきに、少し驚きながら答える。

「えっと、確かリンゴは、誘惑や後悔、あと……もっとも美しい女性へ、的な意味だったかな?」

「なるほどねぇ……ふふっ、少しうれしいわ」

 魅音は、口元に軽く手を当てながら、少し笑う。そんな表情を見た省は内心複雑な感情を抱く。

「じゃあ次! レモンの方は?」

「えーと……熱意や分別、陽気な考え、とかかな? レモンの花にも意味があったような……確か、誠実なあ……」

 と、省は途中で言葉を詰まらせた。これ以上言ってしまうと、何かいけないような気がしたからだ。レモンの花の意味……誠実な愛、心からの思慕など、相手に抱く強い愛の意味を含んだ意味。今の省には、それを魅音に伝える勇気は無かった。

「ジャック? 誠実な──なに?」

「……誠実な明るさ……みたいな意味だったかな? ごめん、はっきりと思い出せないや」

 省は苦笑いをした。

「ふーん、そんな意味があったのね……あ! じゃあ、もしかして、貴方の飲み物にも、何か意味があるんじゃないかしら!」

「そ、そうだね。えーと……確かオレンジは、明るい……元気? かわいい? 僕がそんな風に見えたのだろうか……」

「違うわね」

「うっ……まぁ、そうだね……」

 はっきりと否定された省は、内心ショックを受けつつも、魅音の意見に同意した。

「もしかして、材料に意味があるんじゃ無いかしら? ジャックのは、オレンジジュースでしょ? だったら、オレンジの意味で考えたら良いんじゃ無いかしら?」

 そんな、省の内心を知らない魅音は、お構いなしに話を続ける。

「そうかもね……確か、オレンジジュースに杏のジャムを混ぜたドリンクらしいから……オレンジは、純粋、愛らしさ、優しさ、寛大さ? かな。杏は、不屈の精神、疑い? これも、なんか違う様な……」

 やはり、どれもピンと来ない省は、話しながら首を傾げた。

「優しさと寛大さは、あると思うわよ? だって、こうして今も、私と一緒にこの祭りを遊んでくれてるじゃない。普通なら、訳の分からない、異世界のお祭りに付き合う人なんていない……だから、その意味は合ってると思うの」

 腑に落ちない省に、魅音は優しく語りかけた。彼女の言葉を聞いた彼は、恥ずかしそうに、ジュースを口に含む。

 そんな彼の表情を見た魅音は、目を細めながらクスッと笑い話を続ける。

「それに不屈の精神も、ここまでデートしてくれるなんて……よっぽど私と付き合いたいのね?」

 そう言って魅音は、告白した時と同様、小悪魔チックな笑みを彼に向ける。そんな表情を向けられ照れ臭くなった省は、慌てて話を逸らす。

「──ッ! そ、そう言えば! 花も添えてくれたんだった……え〜と、この花は──」

「グラスの中のがタイム、横に添えられたのはゼフィランサスね……花言葉は知らないのだけど、どう言う意味なのかしらね?」

 急いで話題を進めた省だが、彼女は逃がさないと言わんばかりに、悪戯っぽくそう言った。

「あ、え、うん! た、確かタイムは勇気って意味で、ゼフィランサスは期待、とかだったかな!」

 慌てる省は、上擦った声で答える。

「勇気と期待、ねぇ……あの人、貴方に勇気ある行動を期待してるのかしら? さて、それを受け取った貴方は、どんな勇気を見せてくれるのかな?」

「─────ッ! ……うっ」

 恥ずかしさが限界を超えた省は、ガクッと項垂れて言葉を無くしてしまった。

「ん〜! やっぱり良い反応してくれるわね、見ていて癒されるわ」

 彼を弄り終えた魅音は、満足そうにカクテルを口にする。 

「そう言えば、乾杯の前に何か言ってたけど、何を言おうとしてたの?」

 魅音は静かにグラスを置くと、何か期待する様な目でそう言った。

 魅音の言葉で、我に帰った省は、ゆっくりと顔を上げると、小さな声で話し出す。

「き、君にプレゼントを贈りたいから……飲み終わったら、噴水の側にあるお店に行かないかな……と誘おうとしてました……」

「へぇ〜、あそこにあるお店って、お土産屋なのね」

「だから……どうかな?」

「もちろん行くわよ! 断る理由はないわ……強いて言えば、もう少し自信をもって言ってほしかところね」

「が、頑張ってみる」

 そう言って省は、グラスに残ったジュースを一気に飲み干す。

「そんな慌てなくても……まぁ、少しは期待しておくわ」

 そう言って、魅音も残りのカクテルを飲み干すのだった。



《G&V Love Halloween》



「どれにしようかしら?」

 魅音が店に並べられている、煌びやかなアクセサリーを見ながら呟く。

「どれも、ビーネに似合うと思うよ……ほら、これとかどうかな?」

 悩む魅音に省は、黒ダイヤの様な石が付けられた、ピアスを指さす。

「ん〜……けど、これなら普通のお店でも売ってると思うの。せっかくなら、ここにしかない物が良いわね……」

 好みの物が無いのか、魅音は首を傾げる。二人の前に並べられているアクセサリー達は、綺麗な物ばかりで、値段も高校生である省でも、手が届く程度の物が多く、学生目線で見ればとても良い店だった。しかし、元の世界でも買える様な代物ばかりで、特別感のある物が無かったのだ。

「おすすめされたけど……本当にこのお店なのかな……」

 省は、不安そうな声で呟いた。すると、店主であろう老婆が、決めあぐねる二人に話しかけてくる。

「お二人さん、これなんてどうかね? この店で一番の代物さ、強い霊力を込めているから、そこらにある御守りより強力だよ? その分、すこーし値段は高くなるが、買って損はしないよ〜?」

 かなり怪しげなセリフを言う老婆は、二人の前に色彩豊かな宝石が散りばめられた、ティアラを取り出した。霊力などは、よく分からない二人だが、そのティアラが目を惹くほどの、不思議な雰囲気を放っている事は感じ取れていた。

「へぇ〜、店前に出していない物とかあるんですね……え?」

 省が、ティアラをよく見てみると、値札が目に付いた。そこには、他のアクセサリーの値段より、十倍近く高い値段が書かれており、固まってしまう。

「へぇ〜……とても綺麗ね。これ欲しいかも?」

 ティアラを見た魅音は、悪戯っぽい笑みを省に送りながら呟き、それを聞いた省は、ビクッと肩を震わせた。 

「冗談よ……こんなに高い物は要らないわ。それに私好みでは無いもの。もう少しシンプルな物が好きなの」

「そ、そうなんだね……あはは」

 省はホッとする様に呟いた。

「そうかい……ならこっちはどうだい? 御守りとしての効果は落ちてしまうが、並べられている物よりかは良い品物だよ?」

 そう言って老婆は、小箱を取り出すと、蓋を開けて二人に中身を見せる。箱の中には、銀の髪留めが一つ、大事そうに収められていた。ハロウィンらしく、カボチャの装飾が施されてはいるが、先程のティアラと比べるとかなり地味な物だった。

「これが良いかな……ビーネに凄く合うと思う」

 しかし、そんな地味な髪留めを見た省は、彼女──ビーネにとても相応しい……そんな気がしてならなかった。

「へぇ〜……ジャックは、この髪留めが私に一番似合うって言いたいのねぇ……」

「え? う、うん。何故だか分からないけど……これを見た瞬間、そう思ったんだ……いや! ビーネが嫌ならこれ以外にしても──」

「これが良いわ」

 省の言葉を遮る様に、魅音が食い気味にそう答える。そんな彼女の反応を見た省は、自分で選びながらも困惑した。

「ほ、本当にいいの? 自分で言うのもなんだけど、僕のセンスなんてあてにならないような」

「センスなんて、どうでもいいのよ。貴方が選んでくれた……それが一番大事だわ。それに、私もこの髪飾り、凄く良いなと思ったもの」

 自身のない省に魅音は、そう言って微笑みかける。

「それなら良かったよ……じゃあ、これを下さい」

「はいよ〜」

 省は老婆に代金を渡すと、小箱を受け取る。

「え〜と……サプライズでは無いけど、これ──」

「すまない、少しどいてもらってもいいかな?」

「え? あ! すみません!」

「ありがとう」

 省が小箱を魅音に渡そうとすると、後ろから声を掛けられる。省は慌てて場所を譲ると、声の主は軽くお辞儀をした。

 襟を立てた黒いマントに、きっちりと着飾ったタキシード、整った容姿だが肌の血色が悪く、何より特徴的な口元の鋭い牙。物語に出てくる吸血鬼がそこに立っていた。

「老婆よ、そこのティアラを売ってくれ。贈り物なので、箱なども付けてもらえると助かる」

「はいよ〜、今用意するから少し待っておくれ」

 そう言って老婆は、ティアラを入れる箱を用意すると、吸血鬼に渡した。それから吸血鬼は、懐からティアラの金額を老婆に渡すと、そそくさとその場から去っていってしまった。

「あはは、あの人凄かったね……」

「そうね、高額な買い物をあっさりとするあたり、相当なお金持ちなのね……」

 二人の間に、何とも言えない沈黙が流れる。そんな沈黙を破る様に、省が咳払いをした。

「えーと、さっきの続きだけど、これプレゼント」

 そう言って省は、先ほど買った髪飾りを彼女に渡した。

「フフッ、ありがとう」

 彼女は、そう言ってプレゼントを受け取ると、早速髪に付ける。

「どうかしら……似合う?」

 魅音は、髪飾りを見せる様に、グイッと省に近づいた。

「う、うん! 凄く似合うよ!」

 省は、そんな可愛らしい仕草にドギマギしながら感想を言った。

「それは良かったわ……私も、不思議とこの髪飾りが、しっくりくるのよねぇ」

 そう言って魅音は、満足そうに髪飾りを指で触る。

「喜んで貰えて良かったよ」

 贈ったプレゼントを気に入ってもらえた省は、ホッと息をついた。

「ねぇ、ジャック? あっちに野外ステージがあるらしいから一緒に観ない?」

「野外ステージ?」

「そう!人も凄く多いから、何か面白いことやってるんじゃないかしら? ね! 早く行きましょう!」

 魅音は楽しそうにそう言うと、一人でステージの方に走っていってしまう。

「あ! ちょっと待ってよ!……あんなにはしゃぐなんて。こっちに来る前は、あんな感情的な面なんて、一切見せない感じだったのに……いや、僕が知らないだけで、あれが素の彼女なんだろうな。大人っぽい雰囲気かと思えば、今は子供みたいに……ん?」

 省は、はしゃぐ魅音の後ろ姿を見ながら、考え事をしていると、ふと何かに引っかかる様な感覚を覚えた。最初は時間が迫っているのか? と思い、急いで銀時計を確認するが、時計の針は、ちょうど夜の八時を差そうとしている所で、もう少し時間はある様だった。

「ジャック〜?!  早く行きましょう!」

 と、考え事をする省の耳に、少し先を行く魅音の声が聞こえた。

「……考え過ぎかな」

 そう呟くと省は、急いで彼女の元へ走っていった。

「もう! 何ぼーっとしてるのよ? 一番後ろだから、ステージが良く見えないじゃない!」

 遅れてきた省に魅音は、ぷりぷりしながらそう言った。

「あはは、ごめん。ちょっと考え事をしてて……このステージを見たら最後になるかもだから」

 そう言って省は、魅音に時計の針を見せた。すると魅音は、先程の楽しい表情から一転、寂しそうな表情を見せると黙ってしまう。

「ビーネ?」

 そんな彼女の表情の変化に省は困惑した。

「……大丈夫、ちゃんと分かってるから、大丈夫……さて! 今はそんな事より、ステージを楽しみましょう!」

 魅音は、自分に言い聞かせる様に、呟いたかと思えば、サッとステージの方に向き直った。

「ビーネ? もしかして──」

「レディ〜ス!アンド!ジェントルメェン! 今宵は良くぞ集まって頂きました!」

 省が何か言おうとした時、ステージから響く大声にかき消される。慌てて声がした方を見ると、ステージ上には、タキシードをきた狼男が立っていた。

「さて! 次にお見せするショーは! 幽霊界の歌姫! レイラによる、新曲の披露だ!」

 狼男が快活な声でそう言うと、観客全員が盛大に湧き上がる。

「凄い盛り上がり方ね、有名人なのかしら?」

「そうだね、どんな人なんだろ? ここからじゃ何も見えないから、何処か登れる所があれば良いんだけど」

「あっ! あそこなんてどうかしら?」

 気になる二人は、何とかステージを見ようと、高い場所が無いか周りを見渡す。すると魅音が大きなカボチャのオブジェクトを見つけた。

「そうだね、あそこに行こうか」

 そう言って二人は、急いでカボチャのオブジェクトの元に駆け寄る。

「結構大きいね、僕は何とか登れそうだけど……」

 省の身長なら、ギリギリ登れそうな高さだが、魅音の背では少し厳しい高さだった。

「私の背じゃ厳しいわね……ジャック、肩車してくれないかしら?」

「え?」

「早く! ショーが始まっちゃうわ!」

「あ、うん!」

 急かされる省が、言われるがままその場にしゃがむ。それを確認した魅音は、ゆっくりと省の肩に腰を下ろすと、合図をする様に、ポンポンと彼の頭を撫でた。合図を貰った省は、肩から伝わる魅音の熱に、鼓動を高鳴らせつつも、落とさない様に、慎重に立ち上がってる。

「重く無いかしら?」

 魅音は、少し不安そうな声でそう聞いた。

「……うん、全然重くないよ……むしろ軽過ぎるくらいかも」

 省は立ち上がった瞬間、思いの外軽い事に内心驚いていた。しかし、女の子を肩車した経験の無い省は、こんなものかと思い、気にする事は無かった。何より省は、この状況に動揺していた為、そこまで深く考える思考を失っていたのだ。

「ふふ、意外と力持ちなのね。もう少しで、登れる高さだわ……」

 そう言った魅音から、ふんっと言う声がした時、省の肩から、彼女の温もりが離れていった。

「ん〜、少し滑りやすいから、少し足を下から支えてくれないかしら?」

「分かった」

 そう言って省は、魅音の靴を持つと、グッと上へ押し上げた。

「あ、今顔を上げたら、見えちゃうかもね?」

「み、見ないよ!」

 突然魅音が、そう悪戯ぽい口調で言った為、一瞬だけ力が抜けそうになった省だが、何とか踏ん張る。数秒後、完全に離れた事を感じた省は、恐る恐る顔を上へあげる。

「ジャックは、真面目ね?」

 耳に髪を掛ける仕草をしながら、省を見下ろす魅音は、優しく微笑みかけながら言った。

「それはだって……」

「ふふっ、早く登って、ショーが始まっちゃう。あ、一人で登れる?」

「大丈夫だよ……ふんっ!」

 省は勢い良いよくジャンプし、カボチャの上に登った。

「おお〜、意外に運動神経が良いの?」

 魅音は、登ってきた省に、パチパチと軽く拍手をしながら言った。

「そんな事無いと思うけど──ん? あの人……」

 よじ登った省は、魅音の背後に先程の吸血鬼の姿を見つけた。魅音も省の視線を追う様に後ろを見る。吸血鬼は、悠然とした立ち姿で、ジッとステージの方を見据えていた。

「お隣良いかしら?」

 と、魅音は吸血鬼に気さくに話しかける。突然声をかかられた吸血鬼は、ビクッと肩を震わせてから、静かに二人に顔を向ける。

「構わん」

 吸血鬼は一言、そう言うと再びステージの方を見始めた。

「突然話しかけてどうしたの?」

 省は魅音に小声で聞いた。

「だって、吸血鬼と話す機会なんて、滅多に無いでしょ? 祭りを回っている中でも、吸血鬼に合わなかったし……この世界でも、珍しい存在なのかしら?」

「あはは、どうだろうね」

 そんな会話をしていると、突然ステージ周辺の明かりが一斉に消えたかと思うと、何処からか美しいバイオリンの音色が聞こえてくる。前奏だろうか、優雅なその音色は、会場にいる全ての観客を自然とステージの方に視線を惹きつけて、今から始まるショーへの期待感を高めていった。

 二人も同じように、カボチャの上に腰を下ろして、ステージに注目する。

 暫くの間、美しい音色に耳を澄ませていると、その奥から、儚い歌声が聞こえてきた。その啜り泣くような声は、聞く者たちの心を震わせて、より一層深い世界へと誘っていく。

 そんな中、ステージの中央に、淡く青白い光が次第に集まり始めていた。光が集まるにつれて、歌声も大きくなっていく。集まる光は、人型へと形を成していき、その形が省達にもはっきり見える頃には、悲しくも美しい歌声が、会場全体を包み込んでいた。

「素敵な歌声ねぇ……」

 魅音は、魅惑の歌声に体を揺らしながら呟いた。気付けば、人型に就職した光は、造形を細かくなり、半透明で青白く光る、美しい女性がそこには立っていた。

「〜〜♪♪」

 シンプルだが、細かい装飾が施された、ステージ衣装が、彼女の儚い美しさを、引き立たせている様にも見える。

「本当に綺麗だ……」

 省も、幽霊の歌姫の姿を見て、息を呑んだ──

──それから数分後……いよいよ、曲のクライマックスを迎え、歌姫は高らかな高音を、会場中に響き渡らせて観客を湧かせた。

 高らかな拍手が鳴り響き、二人も大きな拍手を送る。

「ブラボー!」

 周りの声に合わせて、魅音も楽しそうに賞賛を送る。

「なんか、劇団の一幕を見た気分だよ」

 省も、同じ様に拍手をしながら称賛を送る。

「ああ! 全くその通りだ!」

 と、二人が話す背後から、嬉しそうな声がする。

「「え?」」

 驚いた二人が後ろを振り向くと、そこには先程の吸血鬼が、笑顔で拍手をしていた。

 吸血鬼は、暫くの間拍手をしていると、二人の視線に気が付いたのか、恥ずかしそうに咳払いをして、拍手を止めた。

「コホン……失礼した」

「いえいえ!気にしないで下さい」

「その通りだわ……吸血鬼さんは、あの人のファンなの?」

「むっ! そ、それはだな……」

 魅音の質問に、吸血鬼は顔を真っ赤にした。どうやら、ファンには間違いないらしいが、何やらそれだけでは無いようだった。

「名前を聞いても良いかしら?」

 彼の様子から、何かを感じ取った魅音は、吸血鬼の名前を尋ねる。

「ん? 我か? ふふっ……フハハハハ! よくぞ聞いてくれた、美しき魔女よ!」

 吸血鬼は突然、高らかな笑い声を上げると、腕で大きくマントを翻した。

「我の名はヴラウド! 誇り高き吸血鬼にして、知る人ぞ知る、オペラ歌手である!」

「オペラ歌手?!」

 意外な正体に、省は驚きの声を上げる。

「フフッ、その通りだ……名前くらいは、聞いた事あるのでは無いか?」

「いえ、聞いた事は無いわね」

「なにっ!」

 自信満々に自己紹介をしたヴラウドだったが、魅音にバッサリ切られてしまう。

「そうか……我の事を知らぬとは……」

「それより! 噴水の広場で、あのティアラを買っていたわよね? もしかして、彼女への贈り物なの?」

 お構いなしに魅音は、ヴラウドに質問を畳み掛ける。

「なっ! 何故それを……じゃなくて! 別にこれは、レイラの為にでは無くてだな……」

「へぇ〜……名前で呼び合う仲なのね?」

「ぬぅ!」

 図星を突かれたヴラウドは、自ら墓穴を掘ってしまう。

「ちょっとビーネ……そんな初対面の人に……」

「だって気になるじゃない? 人の恋愛はとても刺激的だわ……」

「……」

 魅音の反応に苦笑いを返す省。そんな省を無視して、魅音は会話を続ける。

「それで? 二人の関係って、どこまで進展してるの?」

「いや! 其方には関係無いだろ!」

 まるで友達感覚で迫る魅音に、ヴラウドは困惑する。そんなやり取りを見守る省は、魅音の行動に違和感を覚える……しかし、先程のショーを見て、少し興奮しているだけだろうと思い、深くは考えなかった。

「確かにそうだけど……でも、偶然とはいえ、ティアラを買う所も見たし、贈る相手も知っちゃったし……それに、何やらプレゼントを贈るのに、躊躇っている様子だし?」

「な、な、何を言うか! この我が、プレゼント如きを贈るのに……躊躇うなど……はぁ〜」

 魅音が言った事が事実なのか、ヴラウドは最後まで話さず、大きなため息をついた。そんな彼を見た魅音は、目を細めて笑った。

「私たちが協力してあげましょうか?」

「「へ?」」

 魅音の提案に、省とヴラウドは、同時に気の抜けた声を出す。

「私とここにいるジャックが、ヴラウドさんの恋を手伝ってあげるわ」

「いや! 初対面の人に手伝うって……流石にそれは──ッ! 眩し!」

 突然、眩しい光が省を照らした。あまりの眩しさに思わず手で目を覆う省の耳に、先程の狼男の声が聞こえてくる。

「おおっと! どうやら、幸運なゲストは、そこの少年に決まったようだ!!」

 省たちが話している間に、ステージの方では、何やら特別なイベントが始まっていたらしい。

「さあ! 選ばれた幸運な少年! どうぞステージへ!」

 そう言って狼男は、省をステージへ招いた。

「ぇえええええ!」

 省は大声をあげて驚いた。 

「さあさあ! 観客の皆さんも! そこの少年を、ステージまで案内しましょう!」

 狼男の合図で、周りにいた観客達が一斉にカボチャの周りに群がり始めた。

「あ、いや! 僕は別に──」

「何恥ずかしがってんだ? ったく幸せな野郎だぜ! ほら来いよ!」

 そう言って、省は一人の観客に足を掴まれる、下に引きづり下されてしまう。

「ジャック?!」

 魅音も慌てて省を庇うが、そのまま一緒に連れていかれそうになる。

「ヴラウドさん!」

「ん? いや! ちょっ! 何故我のマントを掴むのだ! ちょっ、やめ、やめぬかぁああ!」

 連れていかれる魅音は、ヴラウドのマントを掴み一緒に道連れにしてしまう。

 三人は、大勢の観客に揉みくちゃにされながら運ばれ、最後にステージへ打ち上げられた。

「おわ!」

 お尻から着地した省は、臀部をさすりながら、ヨロヨロと立ち上がる。

「あの〜、大丈夫ですか?」

「へ? はい!」

 省が立ち上がった目の前には、先程ステージで美しい歌声を披露した、レイラが心配する様に立っていた。

「さて皆さん! 本日のメインイベント! 歌姫レイラとの特別デュエットだ〜!」

 狼男の言葉で、会場中が一気に盛り上がる。

「いやいや! 僕、あんな綺麗な歌なんて歌えませんよ!」

「大丈夫です! 下手くそでも構いませんよ!」

「えぇ……」

「さて! では早速……ん? 何やら呼ばれてない人までいる様ですが……」

 ようやく気付いたのか、狼男は他の二人を見て首を傾げた。

「あ、私たちは、その人の友達よ?」

「な! 我は友達では無い──っ! それでは、我はここで失礼する」

 ヴラウドは、レイラと目があった途端、顔を真っ赤にして、その場から去ろうとした。

 しかし、そんな彼に意外な人物から声がかかり足を止める。

「ヴラウドさん? ヴラウドさんですよね! 来てくれたのですか!」

 そんな歌姫の意外な反応に、会場全体が騒ついた。

「あ、あの〜……すみません、ステージの進行が……」

 狼男が困った様にそう言うと、それを見た魅音がニヤッとイタズラっぽい笑みを浮かべる。

「ビーネ? 何企んで──」

「すみません! 少しマイクを借りても良いかしら?」

 そう言って、半ば強引にマイクを受け取ると──

「え〜、実は皆さん! ここにおられる吸血鬼、ヴラウドさんは、知る人ぞ知るオペラの歌手なのです!」

「え、ん? ぇええええ!!」

 突拍子の無い魅音の行動に、驚きを隠せないヴラウド……省は驚きすぎて、言葉も出ていなかった。

 そんなヴラウドの紹介だったが、観客の皆はあまりピンと来ていない様だった。

「あの〜、勝手な事をされると困るのですが──」

「ヴラウドさん! 私ちゃんと夢を叶えましたよ!」

 困り果てた狼男の言葉を遮る様に、今度はレイラの方が喋り出す。

「私……ヴラウドさんに言われた通り、一生懸命、歌の練習をして来ました! あの日……寂れた路地裏で燻っていた私に声をかけ、歌の世界へ導いてくれた貴方をお慕いしているのです! 貴方といつか、同じステージで歌う事を目標に……お願いです! ここで私と歌って頂けませんか?!」

 レイラの突然の告白に、会場中がどよめいた。

「すまぬが人違いであろう。我は其方の様な煌びやかな女など知らぬ……残念だが、その気持ちは別の相応しい男へ贈ると良い」

「ヴラウドさん!」

 必至に呼び止めようとするレイラだが、ヴラウドはその声を無視して、再びその場を去ってしまう。

「待って! ヴラウドさん!」

 魅音は慌ててヴラウドの後を追いかけた。

「えーと……」

 完全に蚊帳の外の省は、状況について行けず、ポカンとした表情を浮かべていた。

「え? 終わった? えっと……ではでは! トラブルもありましたが、気を取り直して、歌姫レイラとの特別デュエットです!」

 やっとマイクが戻ってきた狼男は、ステージの進行を始めた。

「……レイラさん? でしたっけ……大丈夫ですか?」

 省は、先程のやり取りから、ポロポロと涙を流すレイラを、心配して声をかける。

「う、うぅ〜……ヴラウドさん、私の事を嫌いになってしまったのでしょうか……それとも初めから……」

 歌どころでは無い彼女を見た省は、戸惑いながらも、この二人の恋をこのまま終わらせては駄目だと思った。

「レイラさん! 多分、ヴラウドさんはレイラさんのことを本当に好きなんだと思います!」

「え?」

「その……直接気持ちを聞いた訳じゃ無いですが……でも何となく分かるんです。好きな人の前だと、上手く喋れなかったり、気持ちを伝えられないかったりするのは」

「でも、さっき知らないって言われたんです……やっぱり私の一方的な気持ちで──」

「それは絶対に違います!」

 省はレイラの言葉を遮るように言い切る。

「何か理由があるはずです……人 誰かに後押しされなければ、伝えれない人だって居るんだ……」

 省はそう呟くと、何かを決意した様に頷く。

「え〜では、お二人とも準備を──」

「すみませんレイラさん! 少し待っていてください!」

 そう言って省は、ヴラウドと魅音が去っていったステージ袖へ走っていく。

「いや!またかい?!」

 省の背後から、狼男の悲痛の声が聞こえてきた。 二人は袖を降りたすぐの所で話し合っており、そこに省も合流する。

「ヴラウドさん! レイラさんは貴方のことを、好きだと言ったのよ? 両思いなのに、なんで気持ちを伝えないの?!」

「貴様には関係の無い事だ……我とレイラでは住む世界が違う! 我の様に廃れた者が近くにいては、レイラの迷惑になってしまうのだ」

「そんな事無いです!」

「ッ! ジャック!」

 合流した省は、強引に話に割って入る。

「そんな事がない? 貴様に何が分かるのだ!」

「うっ! す、全ては分かりません……けど! 分かることもあります!」

「何?」

 省の言葉にヴラウドは、片眉を釣り上げて言った。

「好きな相手を比べて、彼女に自分は相応しくないって……けど、気持ちを伝えて話をすれば、意外にそれが、ただの思い込みだったりして……僕がとやかく言える立場じゃないし、僕自身そこにいる彼女に相応しいかなんて、全然分からない……けど!」

 省はそう言って、ヴラウドの腕を掴む。

「好きな気持ちはどんな形であれ、伝えようとしなければ何も進まないんです! レイラさんは、貴方のことが本当に好きなんだ! じゃなかったら、貴方の言葉であんなに傷つきはしない! もしヴラウドさんが不安なら、僕が応援します! レイラさんの事を本当に思っているのなら! ヴラウドさんの正直な気持ちを伝えるべきです!」

「ッ!」

 省の言葉を聞いたヴラウドは、目を見開き体を震わせていた。

「あ! す、すみません! 初対面の僕がズケズケと……でも、どうしても放って置けなくて」

 怒ったと思った省は、サッとヴラウドから離れると、頭を下げて謝った。ヴラウドはそんな省の肩を優しく叩く。

「少年よ。名は何という……」

「え? あ、ジャックって言います」

「そうか、良い名前だな……ジャックよ、礼を言うぞ」

 そう言ってヴラウドは、省に頭を上げさせる。その表情は何やら吹っ切れた様に、爽やかな笑顔をしていた。

「我は、レイラの事を思って離れようとしていた……しかし、其方の言葉でそれは、自分の為だったと気付かされた。其方の励ましは我に大きな勇気を与えてくれた……我は今一度! レイラと向き合う事にするぞ!」

 その言葉を聞いた省は顔を明るくする。

「我が友ジャックよ……心ばかりの例だが、これを受け取ってほしい」

 そう言ってヴラウドは、マントの中から小さい深紅のガラス玉を一つ、省に手渡した。

「これは?」

「我の血と力が封じてある御守りだ……もし、其方が危機的状況になったら、それを握りしめ強い心で念じるといい……さすればその御守りは、一時的だが其方に力を貸すだろう」

 そう言い終わるとヴラウドは、ステージを真っ直ぐ見据えて歩き出す。

「頑張って下さい!」

 省が彼の背中に声援を送ると、彼はサッと軽く手を上げて返事をした。

「ふぅ、一時はどうなるかと思ったけど……何とかなって良かった」

 ホッと胸を撫で下ろす省に、魅音がゆっくりと近寄る。

「ふふっ、ジャックって意外に良いこと言うじゃない? 素敵だったわ」

 魅音は、そう省の耳元で優しく囁いた。 ビックリした省は、顔を真っ赤にして答える。

「いや! これはその! 何というか──」

「私は別にジャックが相応しくないなんて、微塵も思ってないわよ?」

「……」

 そんな魅音の言葉を聞いた省は、少し嬉しそうな表情をして黙ってしまう。

 ステージ上では、ヴラウドがレイラに、お土産屋で買ったティアラを贈っている所だった。その瞬間、会場から喝采が起こり、二人を祝福する声が聞こえてくる。

 そして、二人のデュエットが始まった……美しい音楽に耳を愛撫するかの様に、優しく滑らかなレイラの歌声と、雄々しく壮大なヴラウドの歌声が、素晴らしいハーモニーを生み出し、省と魅音だけでなく、観客全員を虜にしていった。

 曲のフィナーレが近づくと、魅音が小声で省に話しかける。

「ねぇジャック? この歌が終わったら大事な話があるのだけど……」

 大事な話と言われた省は、パッと魅音の顔を見る。彼女の頬は、淡く赤面しどこか恍惚とした、それでいて妙な色気を含む、なんとも言えない表情をしていた。そんな魅音の表情に、省の心臓の鼓動が一気に跳ね上がる。

「後で静かな場所にいきましょう?」

「う、うん……」

 期待に胸が膨らむ省は、一言返事をした後ステージを見ながら、黙ってその時を待ち侘びるのだった。



《Lost Emotions Halloween》



「はぁ〜、楽しいわね」

 魅音はそう言うと、側にあった丸太の上に腰をかける。噴水の広場から少し外れた場所、怪しい光を放つ装飾が施された、静かな庭園に二人は居た。

「そうだね……」

 省は、魅音が座る横で立ったまま答える。涼しい風が、優しく二人に吹きかけ、落ち葉が転がる乾いた音だけが響く中、省は銀時計を確認する。時刻は夜の十時、あと少しでこの刺激的な夜が終わってしまう。

「座らないの?」

 一向に座る様子のない省に魅音は、自身の横のスペースを、軽く叩きながら言った。

「あ、うん……」

 省はゆっくりと魅音の横に腰掛ける。どう会話を切り出せば良いか分からない省は、体を前後させながら、ソワソワしていた。

 大事な話があると言っていた魅音だが、一向に話す様子が無い。だが省は、いつまでもこうしてはいられないと思い、勇気を振り絞り話を切り出す。

「あのさ……大事な話って何かな……」

「……」

 省の質問に沈黙で返す魅音だが、灯りのせいか、その横顔は赤く色付いている様に見える。そんな表情を見た省も、鼓動を加速させていく。

「あのね……」

 魅音はゆっくりと口を開くと、恥ずかしそうに話を切り出す。

「告白された時、条件を出したでしょう? あれについて何だけど……文句無しの合格」

 合格と聞いて省は、心の中でガッツポーズをした。

「反応が薄いわね……もしかして、あんまり嬉しく無いのかしら?」

「え!いや! そんな事無いよ!」

 慌てて否定する省を見て、クスクスと笑う魅音は、どこか安心した様子だった。既に省の鼓動は、秒針の速度を超え、高揚する感覚が溢れ出しそうになっていた。

 一息入れた後、魅音が続きを話し出す。

「こんなに楽しいと思ったのは、何年ぶりかしら……本当にありがとう……私ジャックの事好きよ!」

「ッ!」

 その言葉を聞いた省は、あまりの衝撃に少し固まる。それからゆっくりと、魅音の方を向くと、告白した時と同じような、小悪魔チックな笑みを浮かべた彼女と目が合う。その瞳は吸い込まれそうなほど深い黒で染まり、省の瞳を捉えていた。

「……ビーネ?」

 直後、省は何か違和感を感じる。違う、何かおかしい……その漆黒の瞳が見ているのは、本当に自分なのか? と省は思ったのだ。

「ジャック!」

 魅音は、省の手を強く握る。

「うぉ! ど、どうしたの?」

 突然の彼女の行動に驚く省は、声を上擦らせた。そんな省の様子はお構いなしに、彼女は続ける。

「私と一緒に、ここに住みましょう!」

「……え? いや、突然何を──」

「ここに住みましょうよ! こんな楽しい世界で、 好きな人と一緒に居られるなら、もっと楽しくなると思うの! ジャックだって嬉しいでしょ? あんなに私と一緒に、楽しんだのだから、ジャックも楽しめる! ね?だから──」

「ちょ、ちょっと! 落ち着いて!」

 握った手を離さない彼女は、省に体を寄せる様に迫る。瞳は彼を捉えたまま、決して逃さないと言わんばかりに……

「落ち着いてなんていられないわ! だってこんなに、ワクワクするなんて初めてだもの! ねぇ? いいでしょう?」

「ッ!」

 魅音は、甘える様な声でそう聞くと、そっと瞳を閉じた。ジリジリと彼女の顔が省に近づく……そして、鼻先が触れようかと言う距離まで迫った時──

「だ、駄目だよ!」

省は、サッと顔を横に逸らした。

「僕達は、帰らなきゃ行けないんだよ? この世界に残ったら、もう一生、元の世界に帰れないんだよ?」

「どうして帰る必要があるの?」

 魅音は冷たい声で言った。

「どうしてって──」

「あんなつまらない世界に帰って何になるの? どうしてここに残りたく無いの? 何で?ナンデ?何で?ナンデ? もうワタシ達は、コッチの住人ナノニ?」

 コクッと、首を傾げた彼女。省は咄嗟に、正気に戻さなければ! と考え、彼女の両肩を力強く掴み、グッと引き離すと軽く揺さぶる。

「しっかりして! 僕達はここの住人じゃ無い! 君は、たちば──っ!」

 正気に戻す為、彼女の名前を呼ぼうとしたが、来た時に教えられたルールが頭によぎり、言葉を詰まらせた。

「タチ、ば? ワタシの名前はビーネよ? ナマエを間違えるナンテ、酷いわジャック?」

「違う! 君はビーネじゃなくて──」

「ヤメテ!」

 彼女の叫びが、静かな庭園に響き渡った。それから彼女は、ゆっくりと肩に置かれた、省の手を払い除けた。

「あんな詰まらナイ世界なんてイヤッ! 嫌よ! ヤット取り戻したノ! コノ感情ヲ! ココロのソコからタノしいと感じる、コノカンジョウヲ! お父さんがシンダあと無くしたモノガ、ココにあるの!」

「お父さんが死んだ? 何を言って──」

「あんな、ヌケガラのヨウな日々を送るなんてイヤ! ワタシはアノ世界の私ハ!」

「言っちゃ駄目だ!」

 省は、咄嗟に彼女の口を塞ごうと手を伸ばす。彼女が次に何を言うか、分かったからだ……しかし、省が伸ばした手は、彼女に払われてしまう。

「ワタシはビーネよ! ヌケガラの立花魅音ナンテ要らナイ!!」

 彼女の号哭が庭園中に響き渡った……そして、着けていたカボチャの仮面が、ゆっくり動き出すと、彼女の顔を覆っていく。そして仮面が完全に顔を隠した瞬間、電流が走った様に、ビクッ!と体を硬直させたかと思うとグッタリと項垂れた。

「……」

 省は言葉を無くしていた、彼女をどう呼べば良いか、どんな言葉をかけたら良いか、彼にはそれが分からなかった。

 項垂れてた彼女が、ゆったりと背筋を伸ばして、仮面越しに省の方を見る。

「ねぇジャック? アナタは、ジャックでしょ?」

 優しい口調でそう聞く彼女だが、何かに縋る様な、そんな喉奥から搾り出した、哀しさが含まれていると省は感じた。

「ぼ、僕は……」

 彼女が言って欲しい言葉を、察する省だが……その言葉を口にする事は、彼には出来なかった。

「……そう」

 彼女は、詰まらなそうに一言答えると、困惑する省に歩み寄り──

「……ジャックじゃナイなら、イらない」

 と、耳元で冷たい一言を呟いてから、一人で何処かへ行ってしまった。


──────


 どれくらい経ったのだろうか……一人残された省は、膝からその場に崩れ落ちると、ゆっくりと天を仰いだ。それには、怪しく光るジャックオーランタンが、まるで惨めな省を嘲笑うかの様に、彼の頭上を浮遊している。要らない……そう言われた彼は、彼女が好きと言った相手が、坂上 省ではなく、ジャックだったと言う事実を突き付けられ、絶望の淵に立たされていた。 

「あははは! お兄ちゃん、また面白い顔してる〜」

 放心状態の省の横から、聞き覚えのある声で話しかけられる。省は声のする方にゆっくり顔を向けると、魔女の姿をした少女が、無邪気な笑顔でフヨフヨ浮いていた。

「君は……ッ! 何で僕達を!……うぅ」

 省は、こんな状況を作った元凶が現れ、怒りをぶつけようとするが、すぐに俯いてしまう。

「あれれ〜? もう少し、恨みつらみを言われると思ったんだけどなぁ〜……お兄ちゃん、本当情け無いねぇ? でもそんな所が、なんか可愛いなあ〜」

 打ちひしがれる省を見て、少女は目を細めてニヤッと笑う。

「そんな可愛いお兄ちゃんに、良い言を教えてあげようか?」

「良い……こと?」

 少女の言葉に反応した省は、再び顔を向ける。

「そうだよ! この世界とお姉ちゃんの、関わりについて教えるのと、お兄ちゃんにとって良い話もしてあげる!」

「関わり? ……ッ! お、教えて!」

 省は、彼女に縋る様に聞き迫る。魅音とこの世界の関わりについて知る事が出来れば、まだ間に合うかもしれないと、彼は思ったからだ。

「慌てない慌てない……それに、話す代わりに条件もあるから」

「条件って……君のせいでこんな状況になっているのに! どんな条件をつける気なんだ! ふざけるな!」

 省の溜まっていた怒りが爆発し、彼が今まで発したと事も無い怒号を、少女に浴びせた。

「あわわ! お兄ちゃん怖いよ〜……それに、お姉ちゃんの事を思って、私に怒りをぶつけるのは、違うと思うなぁ〜」

「違うって何が──」

「私の名前、教えたでしょ?」

「ッ!」

 省は言葉を詰まらせた。彼の頭の中では、祭りを楽しむ中で忘れていた、数時間前の少女とのやり取りを思い出すと同時に、少女の言葉の意味を理解した。

「なんで……なんで君は……偽名だったんじゃ──」

「私は、一言も偽名なんて言ってないよ? それに、あくまでこの世界のルールって、お兄ちゃん達みたいな、外の世界から来た人に対しての事だから、元々こっち側の住人の私は関係ないよ」

「……そんな事、一言も言わなかったじゃ無いか」

「うん! だって言ってないもん」

「はは。最初から騙されてた訳だ……」

 省は力無く笑うが、少女はあまりその言葉にピンと来ていない様子で首を傾げていた。

「ん〜?騙してたと言うより、言う必要が無かったと言うか……だって、私が本名かどうかなんて、お兄ちゃん達には関係ないでしょ?」

 少女の言い分に、省は納得する。たとえ、それを分かったとして、自分に何が出来きたか分からない。それに止めるとしても、彼女自身が望んでいて事を、止める事なんて出来ただろうか?と、省は自分に問いかけた。

 少しの思案のうち、彼は少女に質問する。

「これは本当に君が……彼女が望んだ事なのかい……魅音さん」

「うん! これはお姉ちゃんでもある、私が望んだ事だから!」

 魅音は省の質問に笑顔で答える。少女が、魅音と同じ存在と分かった省は、いくつかの疑問が浮かんだ。

「どうして、君は……魅音さんは二人もいるのかな? 僕が巻き込まれたのは、偶然だったのかい?」

 省の質問に魅音は、嬉しそうにクルッと回ると、この世界の真実を話しだす。

「私が二人いる理由は、この世界の影響だよ。この世界は、人の思いの集合体で作られてるの。そして、人の思いの起伏がもっとも多くなるのが、ハロウィンやクリスマスみたいなイベントの日に、一番この世界が強固に形成されるの! けど、どんなに思いが集まった世界でも、核となる部分が無いと、脆く崩れ去っていずれ消えちゃう……だから、この世界は、色んな方法で、外の世界から核を招き入れて、世界を安泰させてるの! 当然、世界の形は核となる人の感情が強く反映される……因みに迷い込む条件は、現実から離れたいって言う、現実逃避の思い!その思いが強い人が、この世界に引き込まれるの」

「つまり……彼女は、この世界の核にする為に、連れて来られたって事で良いのかな? けど、現実逃避をする人なんて、沢山いるじゃないか……どうして彼女だったんだ? 何か他に条件があるの?」

「ん〜……本当はね、一番思いが強い人を見つけて、引き込むんだけど……今回はちょっと、特例なの」

 省の質問に、若干難しそうな顔をして返す少女。

「えっとね、私達……魅音が二人いる理由なんだけど……実は以前、立花魅音は一度、この世界に迷い込んでいるの」

「え?」

 突然明かされた事実に、驚きを隠せない省は目を見開いた。

「私こと! 立花魅音は、七歳の時にこの世界に迷い込んだの。理由はお父さんの死かな……私のお母さんは、私が生まれてから直ぐに亡くなっちゃったらしくて父子家庭だった。けど、寂しくは無かったの……お父さんは、私が寂しく無い様に、色んな事をして楽しませてくれた。けど、そんなお父さんが、交通事故で死んじゃって……死ぬ前に約束していた、街で開かれるハロウィンパーティーに、私は一人で行ったの……お父さんに、会える気がして」

 そう語る魅音は、物悲しい顔になる。

「そして、七歳の私はこの世界に迷い込んだの。お父さんのいない……何も楽しく無い世界が嫌になって、引き込まれたの」

「ちょっと待って! それが本当なら、彼女が現実世界に、居るのはおかしいじゃないか? 少なくとも、君の話を聞く限り、この世界に引き込まれた人は、元の世界には、帰ることが出来ないと思うんだけど──」

「そうなの!!」

 省が、魅音の話の矛盾を指摘すると、物悲しい顔から一転、顔を明るくして彼に指を差す魅音。

「本当は帰れないはずなの! けど、前任の案内人がこの世界を裏切って、魅音を元の世界に返しちゃったの! けど、この世界も簡単には返さなかった……魅音の感情の一部を奪ったの! そして、その感情から生まれた存在が私!」

 何が面白いのか、少女は楽しそうにそう語る。しかし、そんな魅音を見た省は、色々と腑に落ちていた。現実世界の魅音が、感情の起伏が少なかった理由……こっちに来てから、魅音の感情に変化が起きた理由……恐らくビーネとして、失った感情を取り戻していたのだ。

「そうなんだ……」

 既に諦めた省には、そう答えるしか無かった。

「理解してくれた? まぁ、仕方ないよね? 本当は十年前に核になる筈なのに、ズルしてこの世界から逃げたんだから」

 理不尽な理由だ……と、省は考えたが、そんな事に噛み付くほどの気力は、省には残っていなかった。

「ちょっと! なに全て終わったって顔してるの? まだ、私は良い話をしてないよ?」

「あ……そう言えば、そうだったね……」

 話を聞くあまり、すっかり忘れていた彼は、遠くを見つめながらそう答える。

「もう!しっかりしてよ! これは、お姉ちゃんにとっても、良い話なんだから」

「彼女にとって……それは、ビーネとしての彼女の事かな?それなら知ってるよ……僕もこの世界に残れば良いんだろ? 正直、どうなるか分からないけど──」

「違う違う! 立花魅音にとっての、良い話なの!」

「え?」

 魅音の言葉に、再び顔を向ける省。そこには、彼女と同じ、小悪魔チックな笑顔で、省を見つめる魅音がいた。

「ふふっ……すっごく簡単な事だよ! ビーネを諦めて、私と元の世界に戻れば良いの!」

「……どういう事?」

 魅音の発言に、いまいち理解が追いつかない省は首を傾げる。

「だから、ビーネになったお姉ちゃんじゃ無くて、私と元の世界に戻ろうって言ってるの! 私は、子供の頃の魅音だけど、彼女の感情から生まれた訳だから、実質魅音なの! そして、ビーネとしてこの世界に残る事を決めたお姉ちゃんは、もう魅音じゃない……だから、お兄ちゃんが求めるのが、立花魅音なら、お姉ちゃんじゃ無くて、私を選べば良いの!」

 そう言って魅音は、スゥッと省に抱きついた。そして、耳元で甘い声を囁く。

「そう思わない?お兄ちゃん──うんん、省君……私は、ジャックじゃ無くて、省君の事を好きになってあげるよ? ビーネなんて忘れて私と居ようよ……大丈夫、ビーネが核になっても、私は消えない……体は小さいけど、そんなの時間が経てば関係ない……私を選んでも、立花魅音を選ぶのだから、省君は間違ってない……全部丸く収まる、そう思わない?」

 甘く深く幼い声だが、形容し難い色気を帯びた甘言は、省の脳内にトロッと染み渡り、思考を奪っていく。 あぁそうだ、この子の言う通り、そうすれば、全て解決する。だって、自分が好きになり、助けたいと思う立花魅音は、ここにいるのだから……

 そう、省の思考が纏まりつつあるのを感じた魅音が、ニヤッと笑った時──

「おやおや? 浮気をするとは、許せませんね?」

 と省の背後から、少し怒りを帯びた声色で語る影が現れた。

「ッ!」

 それと同時に、抱き着いていた魅音は、慌てて距離を取った。魅音の温もりが離れた瞬間、省の意識は一気に引き戻された。

「……え? あれ? 僕は一体何を──」

「フッ!」

 パチンッ! と、軽快な音が響く。何が起きたか分からない省は、ジンジンと痛む頬を摩った。

「見損ないましたね! 君はもっと誠実な少年だと思っていたのですが……私の買い被りだったようですね?」

 頬をさする省は、自分の額上あたりから聞こえてくる声に顔を向ける。そこには、見覚えのあるカボチャ頭があった。表情に変化は無かったが、身に纏う雰囲気から、彼が怒りと悲しみの感情を抱いている事を、省は感じ取っていた。

「……オーランドさん?」

 省は、目をパチパチさせながら呟く。

「いつまで情けない顔をしているのですか?! 時間は差し迫っている! このままでは、本当に助ける事が出来なくなりますよ!」

 そう言ってオーランドは、省の手をとると、省が首から掛けている、銀時計を手に乗せた。省が時計を見ると、針は夜の十一時を指していた。約束の時間まであと一時間……

「もう、間に合いませんよ……何より、彼女がそれを望んでいない。僕なんかが説得しても駄目なんだ! 彼女が見ていたのは、僕じゃない! ジャックなんだ! 彼女の心に坂上省は居なかった!」

 省は叫んだ。もうどうしようも無いと、自分の力では、彼女を助ける事は出来ないと。しかし、そんな省にオーランドは、優しくも力強い口調で言葉をかける。

「君は本当にそう思うのですか? 彼女の心には、貴方が存在しないと……それは間違いです! 確かに、彼女の心には、貴方が存在している!」

「どこにですか! 僕はハッキリと言われたんだ! 要らないって!」

「では何故……彼女の感情から生まれた少女は、貴方の事を好きだと言っていたのですか?」

「ッ! それは……きっと、ここに来てからの僕を見ていたからで……あれ? そうだとしても、なんで僕の事を──」

 省は言われて初めて気が付いた。深い意図は分からない、しかし確かにおかしな点は、いくつもあった。そもそも、二人の魅音が別々の存在なら、この世界の魅音には、何もしていないのに、省に惚れるわけが無い……全部、現実世界の魅音にしてきた事なのだから。

「けど……もし僕を陥れる為の嘘だとしたら?」

「それは無いでしょう。少女は言っていたではありませんか、自分は立花魅音だと。あの少女は、言わば立花魅音の二面性の一つ、喜びと楽しみの心を強く抱いた魅音。それにもう一つ、重要な事があります。そんな感情の一部を失った彼女が、どうしてこの世界に来てから、それらの感情を取り戻していたか……」

「……二人の感情が、融合しつつある?」

 省は、閃いたかのように顔を上げた。その瞳には、先程まで消えかけていた、熱が宿っていた。

「そう! 二人の感情が一つになろうしている。即ち! 二人の間には、感情の繋がりがある! 二人の魅音が言っている事は、全て本当の気持ちなのです! それに、貴方もそうですよ?」

 オーランドはそう言うと、そっと省の仮面に指を差す。

「坂上省としての君も、ジャックとしての君も、どちらも同じ君自身なのですから」

 その言葉を聞いた省は、目を見開いた。体の奥から熱い何かが込み上げ、その熱が全身へと巡り、諦めて固まっていた心と体を解きほぐしていく。

 絶対の確証は無いが、もしまだ彼女の心に、自分が残っているのだとしたら……と、省は拳を堅く握りしめた。

「君が抱く彼女への想いは、そんなに脆く無い筈……それは、この祭りを通して確実に強くなっている……後は、私が君へ贈ったものを呼び覚ますだけです」

 省は、オーランドから送られた花を思い出した。

「勇気と期待……」

「そうです……私は、君の中にある勇気に期待しているのですよ?……これ以上言葉は不要ですね」

 伝えたい事を伝えたオーランドは、踵を返してその場を後にしようとする。

「待って下さい!」

 そんなオーランドを省は呼び止めるが、彼の歩みは止まる様子はない。

「どうして!? どうして、彼女と僕にここまでしてくれるんですか?」

 そんな省の呼びかけに、ピタッと足を止めたオーランドは、そのまま振り返らず──

「それは話しても仕方のない事……頑張ってくださいね」

 と言ってから、庭園の奥へと姿を消していった。

「……あ! いつの間にか、あの子もいなくなってるし……いや! 今は何より、魅音さんを助けないと!」

 省は急いで、彼女が歩いて行った方へ走り出した。その走りからは、一部の迷いも感じられなかった……



《Crazy Halloween Escape》



 彼女はすぐに見つかった。噴水広場のステージの上……幾人かの怪物たちが、軽快な音楽に合わせて踊る中、美しい黒髪を靡かせながら、ステージの中央で踊るビーネの姿があった。その側には、ビーネと一緒に楽しそうに浮遊する、魅音の姿もある。

「さて……どうしたものかなぁ〜」

 ステージの前にたどり着いた省は、様子を窺っていた。このまま飛び込んでも、さっきみたいに拒絶されるのは目に見えている。だが早くしないと時間的に間に合わなくなってしまう。

「ああ! 悩んでる暇はないのに! え〜と! 考えろ〜!」

 省は、頭を抱えながら地団駄を踏む。そんな時、ふと先程の会話を思い出す。

「坂上省もジャックも、同じ僕自身……よしっ! 問題は、側にいる魅音だけど……何とかなる!」

 省は、オーランドにかけられた言葉を呟いた後、頭に掛けていたカボチャの仮面を、しっかりと着ける。

「今の僕はジャックだ……ジャックとして彼女に会えば、話は聞いて貰えるはず!」

 そう言って省は、勢いよくステージ上へ登る。ダンスは自由参加らしく、誰にも不審がられることは無かった。

 踊る怪物たちの間を縫って、一歩、また一歩、背筋は真っ直ぐ、堂々とした足取りで、彼女の元へ近づいていく。そして、彼女の目の前まで辿り着くと、楽しそうに踊る彼女の手を掴んだ。驚いた彼女は、踊るのを止め省の方を向く。

「僕と踊って頂けませんか?」

 省は握った手を少し上げ、軽くお辞儀をしながらそう言った。

「アァ……ジャック! キテくれたノネ! ヤッパリアナタは、ステキだわ!」

 そう言って魅音は、嬉しそうに抱き着いた。

「うおっ! ……あ、あぁ、当然だよ。好きな人を放っておいて、一人で帰るわけないじゃないか?」

 突然の抱擁に内心驚く省だが、今の彼はジャックだ、もう少し堂々として無ければならない。

「さあジャック! 踊りまショウ!」

 そう言って、二人は軽いステップを踏み始める。当然、省は踊りなどやった事ないので、ただ体を揺らしながら、ゆっくり回る程度だが、彼女は全く気にしていなかった。省が警戒していた魅音は、突っかかる様子もなく、相変わらずの笑顔のまま、フヨフヨと二人の様子を見守っていた。

「あのさビーネ」

「ナァニ?」

 省は、優しく彼女に向けて語り出す。

「僕はビーネの事が好きだ……綺麗な顔も美しい髪も、可愛い声も、時々見せる小悪魔チックな笑顔も……からかわれたら、恥ずかしいけど、でもそんな瞬間も、僕にとってはとても嬉しくて……この祭りで、そんなビーネの魅力を知る事が出来た」

「ジャック……コレカラハ、ずっと一緒ヨ」

 そう言って彼女は、省に静かに体を寄せる。しかし、その温もりは酷く薄くて、今にも消えてしまいそうなほど儚い……と省は感じた。 

「うん、これからもずっと一緒にいたい……けど──」

 省は力強く彼女の手を握りしめた。

「僕が君と居たいのは、元の世界だ!」

「ッ!」

 省の言葉を聞いた瞬間、彼女は慌てて省から離れようとした。しかし、そんな彼女の手を省は離そうとしなかった。

「アナタ! ジャックじゃ無いワ! 離シテ!」

「離さない!」

 省は振り解こうとする彼女を、強引に引き寄せる。突然の彼女の声に、踊っていた周りの怪物達も、何事かと踊るのをやめ、二人に向き直る。音楽も鳴り止み、静かなザワつきの中、省は自分の中にある最大限の気持ちをぶつけた。

「僕は君の事が好きだ! 僕をからかいながら、クスクス笑う君が好きだ! 周りの目を気にしないクールな君が好きだ! 子供みたいにはしゃぐ君が好きだ! 大人みたいに落ち着いた君が好きだ! ビーネでも立花さんでも、どっちだろうと関係ない! 君の全てが大好きだ!」

「チョッ!」

 省の告白に、ピクッと肩を震わせる彼女は、若干抵抗する力を弱めた。しかし、そんな事をお構い無しに省は続ける。

「たくさん君と一緒に過ごしたい!もっとデートもしたい!ずっと君と話していたい!永遠に君と手を繋いでいたい!キスもしたい!」

「ア、アァ……」

「でも、この世界じゃそんな事も出来ない……楽しい事も嬉しい事も、全部今夜で終わってしまう。そんなの……僕は嫌だ!」

「ナニ言ってルノ? 終わらナイ……このハロウィンはオワラナイわ! ダッテ!あのコは言っテタ!ヒトの思イがアレバ、この世界ハ終わらナイッて!」

 そう言う彼女は、先程から傍観に徹している少女の方を向く。その顔を笑っていたが、先程よりも少し曇っている様にも見えた。

「他に隠し事しているよね?」

 そんな少女に省は、問いかける。 少し沈黙の後──

「……ぷっ……アハハハハハハハッ!!」

 少女は大きな高笑いをする。

「やっぱり……」

 省は少女を睨む。

「はぁ~……そんな怖い顔しないでよね! フフッ……別に嘘は言ってないよ? 集められた人の思いは消化され、核となる人は、この世界の一部になって、次の世界が作られる時の素材になる……ね? 世界は終わらないでしょ? まぁ、このハロウィン祭り自体は終わるけど」

 少女が妖艶な笑みでそう答えると、彼女はショックを受けて、崩れ落ちそうになる。

「ソ、ソンナ……」

 しかし省は、そんな彼女を力強く支えて言った。

「一緒に帰ろう! この世界にいたら、君まで消えてしまうよ!」

「デモ……でモ……」

「消えないって言ってるのに〜。世界の一部として残り続けるのだから、消えてないよ〜。それに、ビーネも分かってるよね? あんな楽しくない世界に帰ったところで、また退屈で苦痛な日常が待ってるだけ……また親戚の家で、肩身の狭い生活を送るの? 本当の家族なんて居ない、大好きなお父さんだって居ない……そんな世界に帰っても後悔するだけだよ? 私達と一緒に世界の一部になろうよ? ほらほら〜」

 少女が彼女の側まで近寄ると、省の時と同様に耳元で囁いた。

「惑わされちゃ駄目だ! しっかりして立花さん!」

 必至に揺らしながら語りかける省だが、彼女の耳にはまだ届かない。

「ア、あ……戻ってモ……意味ハ……」

「立花さん! 立花さん! たち……魅音!!」

 省は全力で彼女の名前を叫んだ。その声を聞いた二人の魅音は、ビクッと肩を震わせ固まった。

「魅音が元の世界の事を、嫌いと思うなら……僕が変えてみせる!これから一生、魅音を絶対に退屈にさせない様に頑張るから……辛かった十年間なんて忘れるくらい、これからの魅音の人生を、僕が必ず楽しいものへと変えてみせるから……一緒に帰ろう! 魅音!!!」

「ソン、な……ソンナ事……アァあああ!!」

 省の全身全霊の言葉を聞いた彼女は、肩を震わせながら、苦しそうに声を上げる。同時に、彼女の付けていた仮面にヒビ割れが入り始めた。少女の方も放心状態で、二人の様子をただ見ており、邪魔をする様子がなかった。

 ヒビ割れは瞬く間に広がり、仮面の殆どに走った時……パラパラとゆっくり崩れ落ちていった。

「もう……人生ってそれ、プロポーズみたいじゃない……」

 そう呟く彼女は、小刻みに肩を震わせていた。その振動で仮面の欠片が落ち、徐々に彼女の顔が現れていく。仮面が完全に崩れ去った後、そこには笑顔で涙を流す、立花魅音の顔があった。

「約束だからね……省君!!」

 そう言った魅音は、ギュッと名一杯の力で省に抱きついた。省も着けていた仮面を外してから、泣いている魅音を優しく抱きしめる。二人の間に幸せな時間が流れ始めた──が、それも長くは続かない。

「おい! コイツら人間だぞ!」

 周りにいた一人の怪物が、大声で叫んだ。するとそのどよめきは、瞬く間にステージ全てに広がっていく。

「……ん? あぁああ! ヤバイヤバイ! ……魅音! こんな事している場合じゃないよ! 早く逃げないと!」

 周りの変化にいち早く気づいた省は、まだ喜びの余韻に浸っている魅音に、戻って来いと急かす。

「こんな事って……省君が私を誘ったのに、酷くないかしら──って……あら? 周りの様子が変ね、どうしたのかしら?」

「呑気な事言ってないで! 僕たち今、仮面を着けて無いし、名前も叫んじゃったから、人間だって周りにバレちゃったんだよ?!」

「え? あ……本当だわ! どうしよう!」

 ようやく事の重大さに気づいた魅音だったが、口元に手を当てて驚く姿は、あまり慌ててない様子だった。

「えぇ……何でそんな冷静なの?」

「ん? ちゃんと驚いてるわよ? でも……省君が一緒にいるから、安心しちゃってね」

 そう言いながら魅音は、軽くウィンクをした。しかし、魅音の心情とは裏腹に、省は本気で慌ていた。

「その気持ちは、とても嬉しいけど……今の状況だと少し厳しいかも……」

 省は、そう言いながら、周りを見て逃げ道がないか探る。しかし、周りは完全に怪物たちに包囲されており、退路が何処にも無い状態まで追い込まれていた。

 怪物たちは、二人にジリジリと近寄り、各々思いも思いの事を口に出している。

「へへへっ! 人間なんて、何年ぶりだ?」

「どう調理してやろうか……丸焼きか、煮付けか……それとも生かぁ?」

「おい! 生は無いだろう! やっぱり、カラッと揚げるのが一番だぜ!」

「二匹しかいねぇんだし、先に分配量決めるぞ?」

「ああ?! こんな人間のガキじゃ、大した量なんて無いだろう!」

「じゃあ、どうするのよ!」

 二人は、迫ってくる怪物と距離を取りながら、ゆっくりと後退していたが、とうとうステージの壁際まで追い込まれてしまう。

 省は、何か無いかと必死で周りを見渡した。ステージの上には、ショーで使われたであろう、小道具などが置かれていたが、めぼしい物は見つからない。

「なにか……なにか在れば……」

「あれなんてどうかしら!」

 そんな省に魅音は、ある方向を指さして言った。魅音が指をさした先にあったのは、ショーで使われたであろう、大きな塔のハリボテだった。

「あれを使ってどうするの?」

 省が魅音に聞くと、魅音は得意げな顔をして言った。

「出来るだけ、怪物たちを引きつけてから、あのハリボテを倒してやるのよ。どうかしら?」

「よし! それで行こう!」

 悩んでいる暇が無い二人は、急いでハリボテの裏に回り込んだ。どうやら怪物たちは、すぐに追いかけてくる様子はなく、この状況を愉しむかのように、ゆっくりと追い詰めていた。

「どこかに、ハリボテを支えるワイヤーの、ストッパーみたいな物があるはず……」

「これかしら?」

 魅音は二本のレバーを見つける。省はそのレバーから、伸びるワイヤーを目でたどり、ハリボテを支えている事を確認した。

「それだよ!」

 二人は、急いでレバーの元に駆け寄る。

「同時に引こう! せ〜のっ!」

 二人は力いっぱいレバーを押す。ギギギッ! と音が鳴り、ワイヤーが外れてハリボテの重心が崩れ始める。それから怪物たちの頭上に影が落ち始め、容赦なく襲いかかる。怪物たちも咄嗟に支えようとしたが、無駄な抵抗に終わり、呆気なく下敷きになってしまう。

「「ギャァアアアア!!」」

 地響きと共に、怪物たちの悲痛の叫びが、二人の耳に聞こえてくる。

「よし今だ!」

 目の前に、道が切り開かれたのを確認した省は、魅音の手を取り、倒れたハリボテの上を駆けていく。 

「大成功ね!」

「そうだね……けど」

 二人は囲まれた状況から、脱出する事はできたが、まだ他にも、下敷きから逃れた怪物たちがいる。

「クソガキが! おい! もうめんどくせぇから、捕まえた奴が独り占めって事で良いよなあ!」

 手痛い反撃に怒った怪物たちは、本気で二人を捕まえに行く体勢を取った。

「とにかく広場から逃げよう!」

「でも、周りから次々に集まって来てるわよ?」

 省が回りを見渡すと、騒ぎを聞きつけた他の怪物たちが合流しており、再び二人は包囲されそうになる。迫る怪物たちを、テーブルやオブジェクトの、隙間を縫いながら回避していくが、それもいつまで続くか分からない。

 そんな時、聞き覚えのある声が、二人の頭上から聞こえてくる。

「素晴らしかったですよ! 少年!」

 声の主はオーランドだった。彼は浮遊するジャックオーランタンの上に、悠然と立っている。

「オーランドさん!」

 省は、突如現れたオーランドに驚く。

「素晴らしい勇気を見せて頂いたお礼です!」

 そう言ってオーランドが指を鳴らすと、会場の真上を浮遊していたジャックオーランタンが、怪物たち目掛けて落下していく。

「うわぁああ!」

 怪物たちは悲鳴を上げ、会場中を逃げ惑う。

「さあ二人とも! こちらから逃げますよ!」

 彼がそう言うと、二人の目の前に、ジャックオーランタンが集まり、脱出する為の階段が出来上がっていた。

「あはは! 凄いわ!」

 かなり危機的状況だが、魅音は楽しそうに笑っていた。二人は急いで、彼が作った道を駆け登り、逃げた先にある建物の屋根の上に飛び移る。

「ありがとうございます!」

「いえいえ......素晴らしい若人の恋路を、邪魔されるのが嫌いなだけなので。それより、時間が差し迫っている!最短ルートで道を作りますので、全力で走りましょう!」

 そう言ったオーランドは、二人の前を走り出した。頷いた二人は、彼に案内されるように後を追う。

「ハァ、ハァ、ハァ!」

 息を切らしながら、彼に必死でついていく二人。

「どうしたのですか情けない! この程度で疲れていては、逃げきれませんよ!」

 オーランドはそう言って下を見る。三人の足元には、群をなして三人を追跡する、怪物たちが目に入った。

「確かにそうだけど! ハァハァ……流石にキツいわ」

 魅音も辛くなってきたようだ。出口のある塔までの距離はあと半分ほど、対して残り時間は、あと十分……急げば間に合う時間だ。

「この世界が崩壊を始めれば、塔すら登れなくなる可能性もあるのです」

「世界が崩壊?!」

 オーランドの言葉に省は驚きの声を上げる。

「そうです。人の思いを、消化させる為にあるこの世界ですが、ここ十年間、核が存在しなかった為に、散漫していた想いたちが溜まり続けた結果、この世界の許容量が限界に達しているのです……そして、やっと手に入った核も、今は乖離してしまった。核によって収束を迎えていた想いたちが、一気に弾けてしまうのです」

「ハァハァ! 弾けると、どうなって、ハァ、しまうの⁈」

「思い立ちを集めるこの世界が、内側から破られて、消えてしまうのです」

「そんな……」

 オーランドの言葉に魅音は、言葉を無くしてしまう。確かに、自分たちを理不尽に巻き込んだ、この世界だが、それでも一つ一つは、人々が抱えていた思い……それを、消化されないまま、ただ消えてしまうのは悲しいと思ったのだろう。

「そんな悲しい顔をしないで下さい」

 魅音の心情を察した彼は、彼女に言葉をかける。

「消えると言っても、あくまで想いを集める器……集まった思いたちが、消滅する事は無いのです。また、何処かで生み出される、こことは別の世界に流れ着き、そこで消化される事でしょう」

「そう……」

 それを聞いた魅音は、どこか安心したような表情を浮かべる。

「さて! 塔まであと少しで──なっ!」

 突然、先頭を走っていたオーランドが、立ち止まる。

「ハァ、ハァ、どうしたんですか!? ……え!」

 二人も立ち止まり、目の前の光景に唖然とする。

「もう逃しませんよ〜〜!」

 重く低い声が、遠くまで響き渡る。立ち止まる三人の目の前は、洒落た服を着飾ったトロールと、浮遊する幽霊たちが、退路を塞いでいたのだ。

「これは……困りましたね……」

 流石のオーランドもお手上げか、少し焦った声色で呟く。いくら高く道を作ったとしても、体力が限界に近い二人が、自由に飛ぶことのできる相手から、逃れるのは厳しいだろう。

「ここまでなの……」

 先程まで、少し余裕を見せていた魅音だが、走った疲れも相まってか諦めかけている。

「どうすれば……ッ!」

 省も頭を抱えながら、諦めかけていたその時、ズボンのポケットから、激しい熱を感じる。

「一か八か……このまま進もう!」

 何かを閃いた省は、二人にそう言った。

「進むってどこに?」

「オーランドさん! 出来るだけ上へ……高く道を作ってください! 途中で途切れていても構いません!」

「なんですと!? 突然どうしたのですか!?」

「お願いします!」

 省は、オーランドの顔を真っ直ぐ見つめながら言った。彼の目には、諦めない強い意志の、光が宿っている。

「……わかりました。貴方に賭けましょう!」

 そう言ってオーランドは、天高くまで伸びる道を造りあげる。

「上に逃げてどうするつもりなの?」

 省の顔を、少し不安そうに見つめる魅音。

「僕を信じて」

 そんな魅音に省は、笑顔でそう答える。

「もう、そんな顔で言われたら、信じるしかないじゃない」

 そう言って魅音は、省の手を更に強く握った。

「行こう!」

 省の合図で三人は走り出す。同時に、三人を捕まえるべく幽霊たちが迫り来る。

「フッ!」

 迫る幽霊を、ジャックオーランタンで食い止めるオーランド。 原理は分からないが、幽霊たちは、それをすり抜ける事が出来ないらしい……しかし、縦横無尽に動ける幽霊達には、あまり有効ではなかった。

「お二人とも! 飛んでくる敵は私が食い止めます!」

 逃げながら食い止める事が、厳しいと察したオーランドは、二人に先に行けと促して立ち止る。

「オーランドさん……」

「どうせ私は、お二人と一緒には行けない身です。今は、自分たちが脱出することだけを考えて下さい」

 別れを悲しむ二人に、オーランドは優しい口調でそう言った。

「本当に……ありがとうございます!」

 省は、心の底からオーランドに向けてお礼を言う。

「……」

 と、突然魅音は、立ち止るオーランドに駆け寄ると、そっと頬にキスをした。

「ありがとう」

 別れを済ませた二人は、彼に背を向けて、カボチャの道を駆け登っていった。

「フフッ……さあさあ! 今宵の祭りのフィナーレです! 二人の邪魔はさせませんよ!!」

 オーランドはそう叫ぶと、渾身の力を振り絞る。オーランドの力は、光の幕となって周囲に広がり、迫る幽霊達を退けていった。

「……私の方こそ、成長した君の姿を見れて嬉しかったよ……ありがとう」

 光の幕の中、オーランドは誰にも聞こえない声でそっと呟いた。


──────


 オーランドの助けにより、幽霊からの追撃が無くなった二人は、必死でカボチャの道を進んでいく。既に相当な高さまで来た二人の足元には、来た時に二人を出迎えた、怪しく光る装飾が美しい、街が広がっている。今は、そんな美しい景色も、二人を逃さない為の、罠の一つかのように、彼らの心情を激しく揺さぶった。

「ハァ、ハァ、本当に消えちゃんのよね……」

 走る魅音が、名残惜しそうにそう呟いた。

「大丈夫だよ、ハァ、ハァ、約束したじゃないか。これからの、ハァ、君の人生を楽しいものにするって」

 省はそんな魅音を励ました。

「……うん!」

 彼の言葉に強く頷く彼女の顔には、既に微塵の迷いも無くなっていた。

「もうすぐ、道が途切れるけど、ハァハァ、この先はどうするの?」

「飛ぶ!」

「……え!」

 彼のトンデモ発言に魅音は、驚きの声を上げる。

「飛ぶって、ハァ、どうやって? ハァ、私たちに、空を飛ぶ力なんて無いわよ?!」

 走る二人の目先には、途切れた道と漆黒の夜空が広がっている。

「僕を信じて!」

 そう言って省は、ポケットに手を入れて、ヴラウドから貰った深紅のガラス玉を取り出す。途切れた道が徐々に迫り、あと数歩の所まで迫った瞬間──

「飛ぶよ!」

「え? え! きゃぁあああ!!」

 二人は、何も無い空に向けて大きく跳躍した。少し前へ進んだと思えば次の瞬間、二人は浮遊感を感じながら落下していく。

「省君! 落ちてるわよ!?」

 省に抱きつく魅音は、必至に呼びかける。二人の落下地点には、トロールをはじめとした怪物達が集まり、落ちてくる二人を待ち構えていた。

 落下する中、省は真紅のガラス玉を握り締めながら、必死に願いを込める。

「お願いです、ヴラウドさん……僕に飛ぶ力を!」

 そう強く願った瞬間、落下する二人の体を、赤い液体が覆い隠すと、そこに無数のコウモリ達が群がり始める。だが、落下が止まる様子はなく、怪物達目掛けて、一直線に落ちていく。

「来たきた〜!」

 コウモリ達と共に落下する二人に、トロールが手を伸ばす。そして、トロールの手が二人を覆うコウモリ達を捕まえようとした瞬間──

「飛べぇええええ!」

 省の叫びと共に、コウモリ達が勢いよく散らばり、中から、一筋の影が空に向かって飛び上がった。

「ぬぉおおお!」

 目の前で、散開したコウモリ達に驚いたトロールは、パランスを崩し、周りを巻き込みながら転倒する。

 大惨事が起こる頭上では、コウモリの羽を生やした省が、魅音を両腕で抱きかかえて、悠然と浮遊して見下ろしていた。

「もう目を開けて大丈夫だよ」

 目を瞑る魅音に、省は優しく話しかける。省に言われ、ゆっくりと目を開けた魅音は、あまりの光景に大きな声を上げた。

「す、凄いわ! 凄いわ省君! 私達に飛んでる!」

「ちょ、ちょ! あまり動くと危ないよ! しっかり捕まってて」

「あ、ごめんなさい......うん! しっかり捕まってるね」

 魅音はそう言って、省の首に両腕を回すとギュッと抱きしめる。

「それじゃあ、急ごうか」

 省はそう言って、塔を目指して飛び始めた。塔に近づくにつれ、来た時は立派に聳え立っていた塔も、あちこちにひびが入っており、すぐにでも崩れそうになっているのが見えていた。

 省は塔の頂上まで飛んで行き、出口の扉がある広場に降り立った。

「よっと……」

 二人が降り立つと、役割を終えた省の羽根は消滅した。

「ふぅ……ちゃんと消えてくれて良かったよ」

「あら? 私は羽が生えていても好きよ? 一緒に通学する時に便利そうだし」

「いやいや、そういう問題じゃ……って! そんな事言ってる場合じゃなかった! 早く扉から──」

 と、二人が安堵している瞬間、突如として激しい揺れが塔を襲い、広場の端から崩れ落ちて行く。

「急ごう!」

 省は、魅音の手を取り、扉の前まで走り出す。崩壊は二人の背後まで迫って来ていた。

「急いで!」

「うん……きゃあ!」

 瞬間、魅音の足元が崩れ去り、体が落下し始める。

「魅音!」

 省は落ちる魅音の腕をギリギリで掴んだ。

「魅音! 絶対に離さないで!」

「う……」

 落ちないようにしっかり、手を握りしめる省だが、先程から走って来た疲労も相まって、徐々に滑っていく。

「魅音! 頑張って上がってきて」

「うん!」

 省は、両手で魅音の手を掴み、引き上げようとする。魅音も這い上がる為に、足場を掴もうと手を伸ばす。

「あはは!諦めなよ? お兄ちゃん、お姉ちゃん」

 追い込まれた二人の目の前に、少女が笑いながら現れた。

「諦めない! 僕たちは必ず元の世界に戻るんだ!」

「私も!」

「でも〜、このままじゃ二人とも帰れないよ?」

「くっ! それでも僕達は諦めない! 二人で必ず帰るんだ!」

 そう言って必死で引き上げる省だが、彼の掴む力は既に限界を迎えていた。そんな二人を、嘲笑うように見守る少女だが、邪魔する様子は一切なかった。そんな硬直状態の中、少女がイタズラっぽい声で話しかける。

「……ねぇ? 助けて欲しい?」

「は?」

 突然の申し出に二人は口を開ける。

「だから、条件付きでなら、助けてあげようかなって……」

「その条件ってなに?」

 もう余裕のない省には、少女の提案に縋るしか無かった。省の質問を聞いた少女は、クスクスと笑う。

「条件はね? 沢山お菓子をくれたら助けてあげる!」

「はあ? お菓子って……僕たちは何も持って無いんだけど……」

「え〜……そう言えば、最初の時もお兄ちゃん達、お菓子を持ってなかったよね? ハロウィンなのに……」

「ほ、他に! 他に何か欲しいものとか──」

「これはどうかしら?」

 魅音はそう言って、省からもらった髪飾りを触る。

「ん〜」

 少女は、魅音の提案に悩む。

「まぁ、それでも良いけど……でもそれだと、この世界から出る為の条件には、あと少し足りないんだよね〜」

「この世界から出るのに、条件があったのか……」

「うん! あるよ? だってお姉ちゃんの時だって、感情の一部を奪ったでしょ? でも、今回でお姉ちゃんの感情は、全部取り戻されちゃったし……私も世界の崩壊とは関係なしに、消えちゃうから……」

 少女は困ったようにそう言った。

「ならもう一度! 私の感情を──」

「それは駄目だ!」

 省は魅音の言葉を遮る……しかし、他に渡すものが無ければ、助かったとしても、この世界から出る事が出来ない。

「……あ! 感情が駄目なら、名前を頂戴!」

「名前って……僕たちのかい?」

「そう!」

「でもどうすれば……」

 省は思考を巡らし考える。名前を上げる意味とその時に負うリスクを……魅音も感情を奪われて、現実世界に影響が出たのだ、名前を奪われれば、どんな事になるか想像もつかない。

「……良いわよ……私たちの名前を貴方にあげる」

「え?」

 魅音は少女を見つめながらそう言った。

「あはは! 本当にいいの? 大切な魅音って名前を私に上げちゃって──」

「あら? 魅音である貴方に、同じ名前を渡してどうするのよ? 私達があげるって言ったのは、この世界で使っていた、ビーネとジャックって名前よ?」

「……」

 突然そんな事を言い出した魅音に、少女は言葉を失っていた。

「魅音……流石にそれは……」

「オッケー!」

「へ?」

 魅音の提案を承諾した少女は、背後から魅音に抱きつく。すると省の腕に掛かっていた重さが一気に消えた。

「んーっ! お姉ちゃん重いよ! 私成長したら、こんなに重くなっちゃうの?」

「わ、私は全然重く無いわよ? むしろ軽い方なんだから……」

 そんな事を言い合いながらも、少女は魅音の体を足場まで引っ張り上げた。

「ふぅ〜! 重かった……やっぱり歳はとりたく無いなぁ〜……ね? お兄ちゃん」

「え? いや! 僕に聞かれても……」

 あんなやり取りがあったにも関わらず、気の抜けた会話をする二人に、魅音は咳払いをした。

「んん! それで、助けてくれて有難いのだけど……早く本題に移らないかしら? 時間が殆どないんだけど?」

「もう、お姉ちゃん怖いなぁ〜」

「早くして頂戴」

 そう言う魅音は、若干の憤りを見せていた。そんな彼女を見た少女はため息をつく。

「ハァ、楽しいお祭りは、もう終わりか〜……ねぇ? 二人ともやっぱり、この世界に残らない?」

「いいえ、私たちは元の世界に戻るわ……悪いわね」

「ん〜……もう、気が変わる事は無いかぁ……」

 少女は、悲しそうにそう呟きながら、二人の頭を順番にポンポンと軽く叩いた。

「はい、これで二人の名前は貰ったよ」

「え? こんなので良いの?」

「想像してたよりも、あっさりしてるわね」

 色々と肩透かしを食らった二人は、顔を見合わせる。

「そうだよ? まぁ、二人からこの世界で使っていた名前を取ると、どうなるかは分からないけど。もしかしたら、この世界の記憶が消える可能性も……」

「それは困るわ! せっかく省君と恋人になれたのに……」

「大丈夫。もしこの世界での記憶が無くなっても、僕が魅音の事を好きな気持ちは消えないから……もう一度、今度は罰ゲームじゃなくて、自分の意思で君に告白をするよ」

「もう、省君はこの世界に来てから変わり過ぎだわ……約束だからね?」

 省の言葉に、魅音は顔を真っ赤にしながらそう言った。

「おお! 二人とも良い雰囲気! これも、私のおかげだね!」

 少女の言葉に、二人は苦笑いで返した。

「そうそう! お姉ちゃん、約束の髪飾り!」

「え? あ、そうだったわね……はい」

 魅音は髪飾りを外し、名残惜しそうに少女に渡した。

「ふぅ〜、全く……特別なんだからね? 二度もこの世界から逃げるなんて……まぁでも、こうする事で私の中の、立花魅音も救われるから良いのかな?」

「君の中のって……」

「はいはい! この話はこれで終わり! それに、今の私はビーネなんだから」

 そう言ってビーネを名乗り始めた少女は、無理矢理話を切り替えた。

「それじゃあ二人とも! また会った時は、今度こそお菓子を頂戴ね!」

「また会うって……この世界は消えちゃうのだから、貴方と会う事なんて無いと思うけど……」

「君がこの世界は崩壊するって言ってたじゃ無いか?」

 そう言って二人は首を傾げる。そんな二人にビーネは、クスクスっと笑うと、背中を向けてから──

「ふふっ……それはどうかなぁ〜」

  と振り返り、二人に妖艶な笑みを最後に送った。

 次の瞬間には、二人の視界は眩しい光に包まれる。あまりの眩しさに省と魅音は思わず目を瞑る……そして、数秒後に目を開けると、二人の視界には、見覚えのある商店街の風景がそこにはあった。

「……えーと……帰って来れた?」

「そ、そのようね……」

 余りにも、あっさりとした戻り方に二人は、目をパチパチさせながら、立ち尽くしていた。

 耳が慣れたのか、徐々に周りの喧騒が二人の耳に入り、それと共に現実世界に戻って来れた事と、あっちの世界での記憶が消えていない事を二人に理解させていった。

 しばらく立ち尽くした後、二人は顔を見合わせて笑い合う。

「ぷっ……フフフッ!」

「ふふふっ!」

「はぁ〜、なんだろ……なんとも言えない気持ちだよ」

「そうねぇ……フフッ、この後どうする? ハロウィンは終わったのに、祭り自体はまだ続いているみたいだけど?」

 魅音は周りを見ながらそう言った。二人の周囲は、未だ冷め止まない、街のハロウィン祭りが、盛り上がっていた。近くにあった時計を見ると、時刻は既に夜の十二時を通り過ぎていた。

「ん〜、正直疲れたけど……デートの続きをしようか?」

 省はそう言って、魅音の様子を伺った。

「ん〜……条件を呑んでくれたら良いわよ?」

 そう言って魅音は、小悪魔チックな笑顔で省を見つめる。

「条件って?」

「フフッ、条件はね?」

 そう言って魅音は瞳を閉じて、唇を差し出した。条件を理解した省は、彼女の肩に優しく手を置くと、静かに魅音の唇と自分の唇を重ね合わせた……通行人たちは、二人をチラチラと横目で見たが、今の二人にそんな物は気にならなかった。

 商店街の灯りと喧騒の中……省と魅音は、お互いの想いを通じ合わせて生まれた、小さな二人だけの世界で、幸せな一時を過ごしたのだった……



《Happy Halloween Forever》



「ねぇ省君? 今年の単位ってもう全部取ったの?」

「ッ! いや〜、まぁ、ボチボチかな?」

「もう……今のうちから、しっかり取っておかないと、後々大変になるのよ?」

「いや〜、あはは……」

 あの不思議な祭りに迷い込んでから二年後……街中のハロウィンパーティーには二人の姿があった。

「そ、そう言えば! このパーティーも久しぶりだよね? 去年は受験勉強で、来れなかったし……」

「あからさまに話を変えないの? けど、確かに久しぶりよね……」

「本当に……でも、そのおかげで僕たちはこうして、ほら……付き合う事が出来たわけだし。色々あったけど、なんやかんやで、あの子には感謝してるんだよね」

「そうね、私にとっては、娘みたいな存在だし……ねぇ? もし、私たちの間に子供が生まれたとしたら、女の子が良い? それとも男の子?」

「いやっ! それはちょっと気が早いような……」

「ふふっ、私は結構本気なのだけど?」

「うぅ……もう少しだけ、待っていただけると嬉しいです……」

「仕方ないわね……待ってあげるわ」

 二年前と変わらない祭りの喧騒の中、仲睦まじく話す二人……祭りを巡り歩く間に、気づけばあの時と同じ、コンビニの前に来ていた。

「やっぱり、この場所は気になるよね?」

「そうね……ここにいたら、ひょっこり現れたりしないかしら?」

 魅音は、冗談っぽくそう言った。そんな魅音に省は笑いながら話す。

「いやいや! 流石にそれはな──」

「トリックオアトリート」

「うわ!」

 突然省は、背後から子供の声に話しかけられ、慌てて振り返る……その目の前には──

「あ、あ! と、突然ごめんなさい……」

 白い布を被った、幽霊姿の子供が立っていた。声質的には、おそらく男の子だろう。

「あの……えーと……」

 まじまじと見つめる省に、男の子は怯えながら何かを言おうとしていた。

「え〜と……」

「もしかして、お菓子が欲しいのかしら?」

 戸惑う省の横で、魅音が優しくそう言うと、男の子は黙って、コクコクと首を縦に振る。その様子に安堵した省は、ホッと息をついてから、ポケットに忍ばせていた、チョコレートを男の子に差し出した。

「僕の方こそ、怖がらせてごめんね? はい、これチョコレート。お菓子をあげるから、イタズラはしないでおくれよ?」

「はい、私からはクッキーよ? 貴方もしかして、一人でこのお祭りに?」

 魅音は、バックの中にあったクッキーを、渡しながら質問する。

「ううん、お姉ちゃんと一緒に来たよ」

「そうなのね、じゃあ……もう少し多めにあげるわね」

 そう言って魅音は、男の子に追加でキャンディをあげた。

「じゃあ、僕の方も……はい」

 そう言って省も、追加で残りのチョコレートを男の子に渡した。男の子の手の上は、二人があげたお菓子で一杯になっていた。 

「あ、ありがとう! お兄ちゃん! お姉ちゃん!」

 男の子はそう言うと、ぺこっとお礼をしてから、貰ったお菓子を、大事そうに抱えて走っていった。

「いや〜、一瞬ビックリしたけど……はははっ」

「そうね……でも、今の子は男の子だったし、多分違うでしょうね……フフッ」

 そう言って二人は笑い合う。

「ねぇ? さっきの話だけど……待ってあげる代わりに、条件つけても良いかしら?」

「えぇ……因みにどんな条件かな?」

「毎年、必ずこの祭りでデートすること」

 魅音はそう言って、妖艶な笑みを浮かべる。

「それなら、お安い御用だよ」

 省はそう言って、魅音の肩を掴み優しく抱き寄せた。魅音も省に体を委ねて胸の中に飛び込む。


 トロッと甘美なハロウィンの夜……幸せな時間を過ごす二人を、遠目で見る人々……その中に、先程の男の子の姿も混ざっている。

「お姉ちゃん? 言われた通り、お菓子をもらってきたよ?」

 男の子は、先程一緒に来ていると言っていた、姉の元に戻っていた。背丈的に二人の年齢はあまり変わらない様に見える。

「あらご苦労様」

「もう、人使い荒いよ〜……それにしても、なんであの人達から、お菓子取ってこいって言ったの? 他にも人は沢山いるのに……」

「あの二人で良いのよ……フフッ、仲睦まじいわね」

 抱き合う二人を見ながら、魔女のコスプレをしている少女は嬉しそうに呟いた。そんな姉の姿を見た男の子は──

「……お姉ちゃん、無理に大人びた口調で喋るのやめない? なんか変だよ」

 と、冷たい言葉を送る。

「はぁ……これだからお子様は……」

 男の子のなにに呆れたかは知らないが、少女はやれやれと首を横に振った。

 美しい黒髪が、少女の動きに合わせてゆらゆらと妖艶に揺れる中……銀のカボチャの髪飾りだけが、街頭の灯りをチラチラと反射していたのだった………

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Halloween Night 峽 夜天 @skyxx0426

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