それ以後、オロ・ノードの国政は大きく変化した。

 ダムマイは、まず内政を圧迫していたヴァウル侵攻をすぐ様中断した。

 次に祖父の専横により左遷されていた父王以来の忠臣を呼び戻し、元の職へと復帰させた。

 その一方で、祖父に擦り寄りまいないを行い利権を貪っていた者達を厳しく罰した。

 才能のある人物は身分の貴賎にかかわらず登用し、彼らの忠言に良く耳を傾けすぐさま実行に移した。

 その行動の裏には、人格的に秀でていた異母兄ディンに少しでも近付き、父王の様な賢王たろうという堅い意志があったのだろう。

 非情の王と恐れられていたダムマイは、いつしか臣民に慕われるようになり、一度は荒れ果てた国土や人心もかつての豊かさを取り戻そうとしていた。


     ※


 ある日のこと、クァク・ヴァはダムマイに付き従い中庭を散策していた。

 ふと視線を巡らせた彼は、何かに気付き不意に足を止める。

 

「どうした?」

 

 先を歩いていたダムマイは振り向き、クァク・ヴァの見つめる先を目で追った。

 

「ほう、これは見事だな」

 

 さすがのダムマイも思わず感嘆の声を漏らす。

 そこには無数の花々が今を盛りと咲き乱れていた。

 そのうちの一輪に、クァク・ヴァは手を伸ばす。

 

「海の色の花とは珍しい」


 ダムマイの言葉に、クァク・ヴァは寂しげに微笑む。

 

「ディン殿下が、お好きな花でした。特に、この色が」

 

 言いながら、クァク・ヴァは花に触れた。

 と同時に、その花弁ははらはらと舞い散る。

 驚いて咄嗟に手を引くクァク・ヴァを見、ダムマイは苦笑を浮かべた。

 

「お前がいつまでも後ろを向いているから、兄者も泣いておられるのだ。そうは思わぬか?」

 

「……御意」

 

 目の前にいるダムマイに、クァク・ヴァは失った主の面影を重ねる。

 そして、おもむろにひざまずいた。 

 

「どうした、急に? よもや、本当にどこか悪いのではあるまいな?」

 

 不安げに言うダムマイに向かい、クァク・ヴァは静かに告げた。

 

「いえ……本日は私のディン殿下に対しての忠義のあり様をお話しいたしたく……」

 

「よかろう。しかと聞き届けよう」

 

──ダムマイの名は、オロ・ノード中興の祖として歴史に刻まれることとなった。

 だがその影に隠れた代償は、あまりにも大きくそして哀しい。



─完─


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【12月6日完結】涙、或いは一片の花弁(改訂版) 内藤晴人 @haruto_naitoh

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