その伍

「うわああぁぁ──っ‼」

 

 自らの絶叫で目を覚した彼は、同時に激しい痛みに顔を歪める。

 

 痛みを感じるということは、自分はまだ生きているのか。

 

 落胆し、彼は改めて自分が置かれている状況を確認する。

 そこは、温かく柔らかい寝台だった。

 加えて、傷口にはしっかりと手当がほどこされている。

 

 一体何が起こったのか。

 自分は、確か……。

 

 そこまで考えが及んだ時だった。

 

「気が付いたか、クァク・ヴァよ。いきなり現れたので、さすがの我も肝を冷したぞ」

 

 聞き覚えのある声がする。

 痛みに顔を歪めつつそちらに視線を向けると、そこには一人の男が立っている。

 隆々たる体躯に、雄々しい顔。

 紛れもなく、その人は……。

 

「ダムマイ陛下……何故……」

 

「その言葉、そっくり返すぞ。一体何があったのだ? それに、妙なことを言っていたではないか」

 

 言いながら、オロ・ノード国王ダムマイはクァク・ヴァの横たわる寝台の脇にどっかりと腰を下ろす。

 そして、クァク・ヴァの顔を覗き込みながら更に続ける。

 

「兄者の側から片時も離れたことの無いお前が、何故一人で戻ってきた? よもや、兄者の身に良からぬことでもあったのか?」

 

 ダムマイの言葉に、クァク・ヴァは黙り込む。

 残された左眼から、一筋の涙がこぼれ落ちた。

 

「どうした、なぜ泣く? 傷が痛むか? 今、薬師を……」

 

「いいえ、全ては私に与えられた罰でございます。ぜひとも私に、死をお与えください」

 

「縁起でもないことを言うな。お前に会えて、我は嬉しいのだ。……改めて聞くが、兄者は今、どこにおられる?」

 

 真っ直ぐに見つめてくるダムマイの視線を受け止めかねて、クァク・ヴァは残された左手で顔を覆う。

 そして、かすれた声で言った。

 

「ルフマンド様……ディン殿下は、もうこの世にはおられません。私が、この手で……」


「何? お前が兄者を討ったと言うのか?」

 

 ダムマイの問いに、クァク・ヴァはゆっくりとうなずく。

 それを見たダムマイは、しばし茫然と中空を見つめ、うわ言のようにつぶやいた。

 

「我が祖父と母を処刑したのは、兄者を王位にと望んだ父上を誅殺したからだ」


 もう少し早く動いていれば。

 さも悔しそうにひとりごちてから、ダムマイは改めて切り出した。


「それにしても、お前の有様は一体どうした? 初めて見た時は、幽鬼かと思ったぞ」

 

「私が、自ら……」

 

「何だと?」

 

 聞きとがめて、ダムマイはクァク・ヴァの顔を覗き込む。

 対してクァク・ヴァはその視線から逃れるように目を閉じた。

 

「殿下を手にかけてから、一向にその感触は消えることはありませんでした」

 

 遂にその口からは嗚咽が漏れる。

 いつしかダムマイは、色を失っていた。

 

「クァク・ヴァよ、お前は……」

 

 その言葉に、クァク・ヴァはうなずいた。

 

「逃げ出したかった……忘れたかったのです。ですから、殿下を刺した右腕を自ら斬り落とし、あの光景を焼き付けた目を潰しました。ですが……」

 

 一度、クァク・ヴァは言葉を切る。

 痛みに顔を歪めながら上体を起こすと、ダムマイの衣に取りすがった。

 

「後生でございます。この身を憐れと思うなら、何卒私に死をお与えください!」

 

 ダムマイは、そう泣き叫ぶクァク・ヴァの肩に手をかけ、そっと引き剥がす。

 そして、その顔を真正面から見据えて告げた。

 

「仔細はわかった。だが、お前を殺すことはできぬ」

 

「……陛下?」

 

「クァク・ヴァよ、生きるのだ。生きて兄者の生き様を……人となりを我に伝えよ。それがお前に与える罰だ」

 

 あるいは死ぬよりも辛いやもしれぬ。

 だが、この国と民の行く末のために、どうしても聞かなければならぬのだ。

 そう語るダムマイの目にも、光るものがあった。

 

「わかったら、しばし休め。何か不都合があれば、何なりと告げよ。悪いようにはせぬ」

 

 言い終えると、ダムマイは立ち上がり部屋を後にした。

 その姿が完全に見えなくなると、クァク・ヴァは力無く寝台に横たわる。

 室内には彼のすすり泣く声がいつまでも響いていた。

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