その肆

 惨劇の翌日、クァク・ヴァは港をさまよっていた。

 忌々しいこの町から、一刻も早く離れたいと思いながら。

 だが、もう彼に戻るべき場所は無い。

 それならば、いっそのこと……。

 投げやりな気持ちで日に輝く水面を眺める彼に、声をかける人がいた。

 

「お兄さん? やっぱりあの時のお兄さんだ」

 

 ぎくりとして、彼は身体ごと振り返る。

 そこには、あの踊り子の姿があった。

 

「また怖い顔してる。そんなんじゃ幸せになれないよ」

 

 そう少女はくすくすと笑う。

 言い返す言葉を失って、彼は曖昧な表情を浮かべた。

 それを気にするでもなく、少女は更に続ける。

 

「それより、お兄さんもこの町を出るの?」

 

「そのつもりですが、行き先はまだ……」

 

「そう、ならあたしと一緒だね。どこへ行けばいいのか、さっぱり」


「ここから離れて、どうするんですか?」

 

 少女は彼の言葉に、小首をかしげて見せる。

 その仕草は、見た目の幼さにそぐわない大人びたものだった。

 

「あたしは踊ることしかできないから、踊って生きていくんだ」

 

 それで、素敵な人に見初められて玉の輿に、と、年頃の少女らしい夢を口にする。

 

「でしたら、劇場があるような大きな街に行ったほうがいいですね。たとえばオロ・ノードの……」

 

 捨てたはずの故国の名を口にして思わず口ごもるクァク・ヴァに対し、少女は目を輝かせる。

 

「ウェデビ? 聞いたことがある。とてもきれいな街だって」

 

 お兄さん、行ったことあるの? と聞かれ、クァク・ヴァは不承不承うなずいた。

 

「なら決めた。あたし、ウェデビに行く。お兄さん、案内してくれる?」

 

 まさかこんな形で故国に帰ることになろうとは。

 少女に気づかれぬよう、彼はそっと吐息をもらす。

 そして、改めて少女に向き直った。

 

「わかりました。……ご期待に添えるかわかりませんが」


     ※


 海路でウェデビにたどり着いた後、クァク・ヴァは何度か少女の試験に立ち会った。

 無事劇場付の踊り子の地位を手に入れることとなった少女は、別れ際に珍しく神妙な表情を浮かべ、こんなことを言った。


 お兄さん、死んじゃだめだよ、と。


 心のうちを見透かされているような気がして、クァク・ヴァは挨拶もそこそこにその場を後にした。


     ※

 

 その後彼は、あてどもなくさまよった。

 その間、幾度となく右腕にはあの時の感触が蘇り、目を閉じればあの光景が浮かび上がる。

 けれど、別れ際の少女の言葉が引っかかり自ら命を絶つことができずにいた。

 

 どうすればいい。

 どこへ行けば、楽になれる?

 

 ふと、クァク・ヴァはあることを思い出した。

 そう、彼の主は、ダムマイ王は理にかなわね事を嫌う、と言った。

 ならば、もしかしたら。

 

 クァク・ヴァは、王都……宮殿へ向かおうと決めた。

 終わりを与えてもらうために。

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