残業の後のささやき

@penta1223

残業の後のささやき

夜の東京のビル群がキラキラと光り、会社の窓から眺める景色はとても美しかった。竹内涼介は窓際の席からその夜景を眺めながら、デスクに向かっていた。彼の隣には綺麗な黒髪を持つ女性、真奈美が黙々と仕事をしていた。二人は入社以来の同僚であり、涼介にとっては特別な存在だった。


涼介は真奈美に密かな気持ちを抱いていた。しかし、真奈美には彼女を支える彼氏がいることを涼介は知っていた。そのため、彼の気持ちはいつも抑えられていた。


ある日、二人は仕事の一件で出張に行くことになった。夜、ホテルのロビーでカクテルを楽しむうち、真奈美は涼介に対して彼女の彼氏との関係について打ち明けた。


「最近、彼と距離ができてしまって…。」


涼介はその言葉を聞いて、胸が苦しくなった。真奈美の不安や悩みを知りながら、自分の気持ちを打ち明けることができない自分を責めた。


二人はロビーで深夜まで語り合った。その夜、涼介は真奈美に対する気持ちを少しでも伝えようと、彼女の部屋の前まで送った。しかし、真奈美の部屋のドアが閉まる瞬間、涼介は何も言えずにその場を立ち去った。


次の日、出張から帰る新幹線の中で、涼介は真奈美の寂しそうな背中を思い出しながら、自分の気持ちを整理しようとした。彼女に自分の気持ちを伝える勇気が湧いてきた。


東京に戻った後、涼介は真奈美を食事に誘った。彼女は少し驚いた表情をしたが、快く受けてくれた。


そして、指定されたレストランのテーブルで、涼介は真奈美に自分の気持ちを告げることを決意した。


「真奈美、実は…」


涼介が言葉を続ける前に、真奈美のスマホが鳴った。彼女の表情が曇った。


「ごめんなさい、涼介くん。今、急いで帰らなきゃ。」


真奈美はそう言って急いで店を出ていった。


涼介はただ立ち尽くして、彼女の後姿を見送った。彼の告白のタイミングは、またしても逃れてしまった。彼の胸には、言葉にできない切なさとやりきれない思いが溢れていた。


涼介はその夜、真奈美がどうして急に帰らなければならなかったのか、何度も考えては悩んだ。翌日、会社で彼女を見かけることができず、一日中不安な気持ちでいっぱいだった。


翌週、涼介は真奈美と同じプロジェクトにアサインされることとなった。これを機会に再び告白のチャンスをつかもうと心に決めた。


プロジェクトは順調に進み、二人の関係も少しずつ親密になっていった。ある晩、二人で夜遅くまで仕事をしていると、真奈美が涼介に話しかけてきた。


「涼介くん、あの日急に帰ったのは、彼が入院したからなんだ。」


真奈美の目には涙が浮かんでいた。涼介は真奈美の手を取り、ゆっくりと彼女の目を見つめた。


「大丈夫?」


真奈美は頷きながら、涼介に寄りかかってきた。その瞬間、涼介の胸の中で感じていた想いが爆発するように溢れ出た。


「真奈美、実は、僕は…」


しかし、その瞬間、社内のインターホンが鳴り響き、二人は驚いて離れた。緊急の仕事が入り、再び涼介の告白のタイミングは逃れてしまった。


数日後、真奈美の彼氏が退院し、彼女はしばらく休暇を取ることになった。涼介はその間、真奈美と連絡を取ることができず、彼女のことを気にしながら日々を過ごした。


休暇が明け、真奈美が会社に戻ってきたとき、彼女の表情は少し明るくなっていた。涼介はその変化に気付き、彼女の幸せを心から祈った。


ある日、真奈美が涼介のデスクに来て、一言告げた。


「涼介くん、彼と結婚することになったの。」


涼介は驚きのあまり言葉を失った。しかし、彼女の幸せそうな笑顔を見て、彼の中で何かが崩れ落ちるような感覚になった。


「おめでとう。」


涼介は微笑みながら、そう告げた。しかし、その言葉の裏に隠された彼の真実の気持ちは、誰にも伝わらなかった。


数ヶ月が経ち、真奈美の結婚式の日が迫ってきた。涼介は式に出席するための招待状を手にしていたが、自分の気持ちとの葛藤から返事を送ることができずにいた。


式の前日、涼介は彼女に直接会うことを決意し、彼女の家を訪れた。ドアを開けた真奈美は涼介を驚きの表情で見つめた。


「涼介くん、どうしたの?」


「明日の式、行くつもりだ。だけど、それまでに伝えたいことがあるんだ。」


真奈美は深く息を吸い、涼介に言った。「部屋に入って。」


二人は真奈美の部屋で向き合った。涼介は深く息を吸い込み、自分の気持ちを告白した。


「真奈美、僕は…僕はずっと君が好きだった。君が幸せになることを心から願ってるけど、それと同時に、自分の気持ちを伝えないままでいられなかった。」


真奈美は目を伏せ、涙を流した。


「涼介くん…ありがとう。私も涼介くんのこと、すごく気になっていた。でも、彼との関係や、周りの状況…それに、私が涼介くんの気持ちを知ってしまうと、どうしようもなくなる気がして…」


二人は互いに言葉を交わし、自分たちの気持ちや、これまでの関係を振り返った。そして、真奈美は涼介に言った。


「涼介くん、私は明日結婚する。でも、涼介くんとの今日この瞬間は、私の一生の宝物になる。」


涼介は真奈美を強く抱きしめた。二人の間には何も言葉は必要なかった。


翌日、真奈美の結婚式は盛大に執り行われた。涼介は遠くから、彼女の幸せそうな笑顔を見つめていた。


式が終わった後、真奈美は涼介の元へ駆け寄ってきた。


「涼介くん、今日、来てくれてありがとう。」


涼介は微笑みながら、彼女の手を取った。


「これからも、君の幸せを祈ってる。」


そして、二人は互いに深く頷き合った。


涼介の胸の中には、報われない恋の痛みがあった。しかし、それと同時に、真奈美との思い出や、彼女の幸せな笑顔が、彼の心を温かくした。


それは、涼介にとっての一生の宝物となった。

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