愚息
三鹿ショート
愚息
私の息子は、まさに愚かな存在だった。
学業成績は常に底辺であり、運動能力は見ていられないほどに酷いものであり、醜い外貌に加え、視線を下に向けたとしても地面を見ることができないほどに肥えていた。
そのような人間とは正反対ともいえる私からこの息子が誕生したということなど、認めるわけにはいかなかった。
私という優れた人間の血が流れているにも関わらず、子どもが他者より劣っているなどと知られてしまえば、私が侮られることに繋がる恐れがあるからだ。
だからこそ、私は妻を責めた。
妻は私よりも様々な点において敗北しているために、妻の血が色濃く表われた結果なのではないか。
もしくは、私を裏切り、別の男性の子どもをその身に宿したのではないか。
己を責める私に対して、妻は涙を流しながら無実を訴えた。
だが、聞く必要はない。
眼前の女性を選んだ私にも非が存在していることは認めるが、これ以上この人間と共に生活したとしても、私の気分が良くなることは無いだろう。
私は妻と子どもを捨て、自宅を飛び出した。
後悔は、全く無かった。
この胸に存在しているものといえば、次こそは優秀な女性との間に子どもを儲けようという決心だった。
***
彼女は、素晴らしい存在だった。
道を歩けば他者の目を必ず引くほどの美しさを有し、誰もが耳にしたことがある会社では若くして責任のある立場を任されながらも、心優しく、感情表現が豊かであり、多くの人間に慕われていた。
彼女こそ、私の妻に相応しいということができる女性である。
彼女に恋人が存在していない理由は、あまりにも輝かしい存在であるために、隣を歩くことに抵抗を覚えてしまう人間が多いためだろう。
しかし、私は堂々と歩くことができる。
彼女は私と深い関係に至るために、これまで一人で生きていたに違いない。
恋愛経験がほとんど無かったためか、私の愛の告白に対して、彼女は顔を赤く染めながら、何度も首肯を返した。
それから先は、嘘のように話が進んでいった。
深い関係に至るまでの速度が、他の女性とは大きく異なっていたのである。
我々は、半年も経過しないうちに、新たな家庭を築くに至った。
当然ともいうべきか、彼女はその身に新たな生命を宿し、やがて息子が誕生した。
私と彼女の間に誕生したことを考えると、どれほど優れた人間なのか、成長が楽しみだった。
***
予想に反して、誕生した子どもは私が望んだような存在ではなかった。
考えられる理由としては、彼女が裏切ったということなのだが、これまでの彼女の態度を考えると、その可能性は皆無に等しかった。
ゆえに、私は彼女に対して、別の男性と交わり、子どもを宿すようにと告げた。
当然ながら、彼女は困惑した様子を見せた。
私の発言には、勿論理由が存在している。
私と彼女のどちらかが原因であるとするならば、それぞれが別の相手との間に子どもを作り、その成長を見れば、自ずと事実が分かるからだ。
だが、それを正直に伝えることはなく、家庭を賑やかにするために、様々な血を受け継いだ子どもが欲しいのだと告げた。
我ながら途でもない理由だと思ったが、彼女は愛する私の言葉を心から信じているらしく、笑みを浮かべながら頷いた。
もしかすると、彼女のこのような愚かな性格が原因なのではないかと考えたが、結果は見てみなければ分からない。
***
結論を言えば、原因は私だった。
彼女と別の男性との間に誕生した子どもは、いずれも優秀な人間だったのだが、私が他の女性との間に作り出した子どもは、漏れなく他者よりも劣っていたのである。
しかし、私は己が異常であると考えたことはない。
ゆえに、原因は両親に存在しているのではないか。
そう考え、私は実家に向かうと、母親を問い詰めた。
母親が優れた人間であるということは知っていたために、私がその素性を知らない父親に原因が存在しているに違いないのだ。
母親は私の尋常ではない様子に気圧されたのか、途切れ途切れに事実を語り始めた。
それは、信じがたい内容だった。
***
自室から姿を見せることがなくなったことを案じているのか、彼女は何度も扉を叩くが、私が反応を示すことはない。
布団に潜りながら、再び母親の言葉を思い出す。
それと同時に、嫌悪感に支配され、自身の身体に流れる血液を全て排出させたくなった。
私では無かったとしても、自分が私と同じような経緯で誕生したと知れば、私のように自分という存在を嫌悪し続けるに違いない。
私が、母親とその父親の間に誕生したという話は、それほどまでに私を苦しめていたのである。
自室の窓を開けると、私は彼女とその子どもたちに謝罪の言葉を吐き、母親とその父親に対して呪詛の言葉を吐きながら、空中へ向かって飛び出した。
高層の集合住宅を、今日ほど有難いと思ったことはない。
愚息 三鹿ショート @mijikashort
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます