第3話

時は流れ、2023年2月上旬。すみれの病状は去年よりさらに悪化し、起き上がることもままならなくなっていた。もう危ないのかもしれない。うすうす感じている現実を否定するように今日もすみれのところへ行く。病室のドアを開けると久しぶりにすみれが起きていた。

「すみれおはよう。起きたんだね。具合はどう?」

「雪おはよう。体調はまあ、そこそこかな」

「そか。てか聞いてよ!今日さぁ、外まじで寒い!顔の感覚無くなったかと思ったわ!でもここあったかいから落ち着く〜」

すみれを元気づけようと明るく振る舞っていたその時。

「雪。話したいことがあるの。ここ座って?」

私は動きを止めて、すみれを見つめた。

そこにはいつもの笑顔はなく、瑠璃色の瞳がまっすぐと私を捉えていた。

「・・・何?」

私はすみれのあまりの真剣さに不安を抱きつつも言われたとおり静かにすみれの言葉を待つ。すみれはただ一言こう言った。

「私ね、もうすぐ死ぬんだって」

頭が真っ白になった。覚悟はしていた。していたはずなのに、いざ聞くとショックだった。しかも本人の口から言われるとは思わなかった。なんでこの子が。どうして、すみれが死ななきゃならないの。そんな気持ちを抑えて平静心を装った。

「そっかぁ。生きられるのはあとどのくらい?」

「・・・もって一ヶ月ぐらい」

そんなに短いのか。あまりにも早すぎる。あと一ヶ月したらこの子は私の前からいなくなるんだ。もう会えなくなるんだ。あれ、私、すみれに好きだって言ったっけ。今言わないとこの先後悔するんじゃないか。言わなきゃ。タイミングは最悪だけど今しかない。今、伝えないと。

「ねえ。私も伝えたいことが今できた。言っても良い?」

「いいよ」

「私ね、すみれのことが好き。恋愛対象として」

「!」

声が震える。それは告白することの緊張もすみれを失うことの悲しさも含んでいた。

「初めて会ったときから一目惚れだった。仲良くなって話すうちに性格も好きになった。すみれの全てが大好き。だからさ、ずっと一緒にいてよ。すみれが辛い時にごめんなさい。でも!私すみれがいない世界なんて耐えられない!おばあちゃんになるまで一緒にいたいよ!ねえお願い!私、すみれのこと一生大切にするよ?おねがい・・・」

言い終わったときには涙が私の頬をつたっていた。涙が次々にあふれて止まらなかった。否、止めようとはしなかった。酷い顔だったと思う。すみれは困ったような悲しいような顔をしてポツリと言った。

「・・・お願い叶えられなくてごめんね」

「っっ!・・・ホントだよ。すみれのバカ」

私が軽く小突いてもすみれはただ申し訳無さそうに微笑むだけだった。数十秒の間、沈黙が続く。

「・・・おいで、雪」

すみれが腕を広げた。入院着からのぞく腕は以前よりもずっと細かった。私はベッドに腰掛けてそっとすみれを抱きしめる。もう長くは生きられない友人であり好きな人はまだちゃんと暖かい。心臓の鼓動もよく聞こえる。私の目から止めどなくあふれる涙はすみれの肩をどんどん濡らしていった。ああ、生きてる。この子はまだ生きてる。お別れなんてやだよ。死なないでよ。だってこんなにも大好きなのに。愛してるのに。

心のなかはぐちゃぐちゃだ。その時、耳元からすみれの優しい声がした。

「ねえ雪。私を好きになってくれてありがとう。うれしいよ。あのね、私にとって雪は親友を超えた特別な存在なんだ。これが恋愛感情なのかはわからないけど雪のためならなんだってできる気がするの。実際にはしてもらうことの方が多いけどね。私もできることならずっと一緒に過ごしていたい。・・・でも、私はもうすぐいなくなっちゃうから付き合うことはできない。ごめんね。許してね。せめて最後を迎えるまではいっしょにいよう。大好きだよ、雪」

私は正直全部打ち明けたら拒絶されるかもしれないと怖かった。でもすみれは違った。拒絶しなかった。受け入れてくれた。それどころか、すみれなりに私を好いてくれていた。恋でなくても良い。側にいれるだけで幸せだよ。

「うん、うんっ・・・!ありがとぉ・・・!」

こうして私達は友人以上恋人未満の関係になった。

それから一ヶ月後、すみれは眠るように息を引き取った。

病室の窓の外に咲いているスミレには遅めの雪がつもり、太陽に照らされて白く光っていた。

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雪色のスミレ 夏井りお @bokunoNAME

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