16 灰色の聖女の結末(ざまぁ回)

「そ……そんな……!? セイラは……! サァラ王妃を殺そうと……!」


「そ……そうだ……! そうだっ……!」


 さて、いよいよ悪霊退治の時間だ。

 わたしは敬虔さを装ってふたりに説いた。


「疑心暗鬼という言葉があるでしょう? 人と人との心は離れるほどに疑いを持ち、やがては鬼に取り憑かれてしまうのです」


 そして自分なりに慈母のような微笑みをつくり、ノッテに手を差し出す。


「女神は言っています、隣人と触れ合いなさいと。そうすることでわかりあえ、心の鬼はいなくなるのです」


「ぐっ……!」


 悔しそうに歯噛みをするノッテ。しかしここで握手を拒否すれば、彼女の心証はさらに悪くなるだろう。

 ノッテもそのことは重々わかっているようで、しぶしぶながらもわたしの手を握った。


 しかしすぐに「いたっ」と静電気が走ったように手を引っ込める。

 その指先には、赤い点のような血の雫が浮かんでいた。


 わたしは申し訳なさそうなフリをする。


「あら、ついうっかり。針を持ったままでした。痛かったでしょう? ごめんなさいね」


 わたしの演技を見抜いたのか、ノッテの顔は怒りでカッと赤くなる。が、すぐにサッと青に変わった。まるで信号機みたいに。

 ノッテは背を向けようとしたが、わたしはその手を握りしめたまま離さない。むしろ彼女をぐいと引き寄せた。


「は、離して!」


「そんなに怒らないでください、ノッテさん。たいしたケガではなさそうだから、絆創膏を貼ればすぐに良くなるわ」


「絆創膏なんかで治るわけがなありませんわ! この針には……!」


 言い掛けて、「しまった」とばかりに口をつぐむノッテ。きっと彼女はこう思っているに違いない。


 ……ハメられたっ……!


 と。


 毒を利用する人間というのは、必ずその毒に対応した解毒薬も用意する。

 誤って毒が自分に降りかかった時のために。


 だからノッテに針を刺してみた。この反応からするに、やはり針には毒が塗られているようだ。

 彼女はきっと、自室に解毒薬を用意しているに違いない。


 さらにわたしは手を掴んでノッテを逃がさないようにした。

 彼女の震える耳元に向かってささやきかける。


「白状してください。わたしを陥れたくて、針に毒を塗ったことを。そしたらこの手を離して、解毒薬を飲みに行かせてあげます。……あなたのことだから、薬じゃなくてハーブでしょうか?」


 毒が回っているのを実感しているのか、ノッテは泣きべそをかいていた。

 それでもまわりに聞こえないくらいの小声で言い返してくる。


「そっ……そんなことをしてタダですむと思っているんですの!? もしここでわたくしが風に揺れるおハーブのように騒ぎたてて、針の毒を調べさせたら、あなたは終わりですのよ!? そうなったら、あなたは処刑台送りに……!」


「いいえ、わたしはそうはなりません。だって、わたしの疑惑はもう晴れましたから。この円満な状況で、針に毒が仕込まれているなんて騒いだりしたら、みなさんは不自然に思うでしょうね。そしてその毒と、対になる解毒薬があなたの部屋から発見されたら……。誰がどう見たって、あなたの自作自演だと思うことでしょう」


「ぐっ……ぐぎぎぎぎぎっ!」


 とうとう反論もできなくなったノッテ。目に涙をいっぱい浮かべ、歯ぎしりをしている。

 わたしは最後の仕上げに入った。


「だからあなたができることは、たったのふたつ。ここですべてを白状して、解毒薬を飲みに部屋に逃げ帰るか。それとも、やせガマンしてここで死んで、死後に部屋から解毒薬を発見されるか。わたしはどちらでも構いませんが、後者のほうが新聞でのウケは良いと思いますよ」


「ぐっ……ぐぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 ノッテはは引きつれた悲鳴とともに、涙と鼻水を同時に吹き出した。

 前髪から滝のような汗を、歯茎からはダラダラと血を流す。


 その姿は、銀の剣を心臓に刺された醜い悪霊のよう。


 わたしを長きにわたって苦しめた悪霊の片割れは、ついに最後の時を迎える。

 断末魔と呼ぶに相応しい、魂の大絶叫を轟かせていた。


「うっ……うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!! あなたにサァラ王妃に殺意があるかのように見せかけて、処刑台送りにしようとしたんですのっ! わたくしとモルモの共謀きょうぼうで! モルモが毒を用意して、わたくしがその毒を針に塗って……! もうしません、もうしませんから! もう、もうっ……! 許してっ! 許してくださいましぃぃぃっ!! おハーブも絶滅してしまいますわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!!!」


 天に向かって吠えたあと、魂が口から抜け出たような泡を吹いてブッ倒れるノッテ。


 バターンと倒れた音が、決着の合図だった。

 ノッテはすぐさま医務室に運ばれ治療を受ける。そのドサクサにまぎれてモルモは逃げようとしていたが、衛兵に取り押さえられていた。


 ふたりは大聖教女であるわたしを陥れようとしていた。

 しかも一歩間違えれば異国の王妃を巻き込んでいたところだったので、極刑は免れないだろう。


 一時、ドレッサールームの中は大変な騒ぎとなる。

 しかしその中でも、サァラ王妃だけは自分のヒールのつま先を見ているかのように、ずっと下を向いたままだった。

 ドーン王子が気づかうように声をかけても、なにも答えない。


「母上、どうされたのですか? お身体の具合が悪いのでしたら、明日の結婚式は……」


「そうね、結婚式は中止にしましょう」


「えっ?」となる周囲の者たちに向かって、サァラ王妃は凛として言った。


「いますぐ、この王都じゅうにいる仕立屋を集めてちょうだい! 寝ていても、叩き起こすのです!」


「母上、いったいなにを……?」


「なにをって、ドレスの仕立て直しに決まっているでしょう」


 サァラ王妃は、決意に満ちた表情でわたしを見る。

 その顔はみっつの使命に気づいたドーン王子にそっくりだった。


「このドレスは、私が着るにはもったいないわ」


「あの、サァラ王妃……?」


「剣には剣を、愛には大いなる愛を。セイラさん、この愛に満ちたドレスは、あなたにこそふさわしい」


「母上……? ということは、僕とセイラさんとの結婚を……!?」


「ええ。あなたが『王家のバラ』をセイラさんに贈ったと聞いたときは、あなたがセイラさんに騙されているものだと思っていました。でもセイラさんは王家の秘宝に匹敵するほどの愛を、この私に返してくれました。こんな女性は初めてよ」


「ありがとう、母上!」「ありがとうございます、サァラ王妃っ!」


「もう、ふたりともなにをグズグズしているの! 結婚式まであと数時間しか無いのよ! ああ、忙しい忙しい! 今夜は徹夜ですからね!」


「「は……はいっ!」」


 そこから先は、夢のようだった。


 ふたつの国の多くの人たちに祝福され、わたしはドーン王子と結ばれる。

 ウエディングドレスはファッション界に新風を巻き起こし、その功績が後押しとなってわたしは聖皇女となった。


 ダリアム王国出身の王と、ミギアム王国出身の王妃。

 王族においてはこれまで決して許されなかった、二国の間での結婚。


 その歴史的快挙に、二国の関係は綿密なものとなっていく。

 それからしばらくしてミギアム王国とダリアム王国は併合され、『セントラス王国』となった。


 初代国王はもちろん、ドーン王。

 わたしは灰色の聖女として、生涯を掛けて彼を支えた。


 そして彼も、生涯を掛けてわたしを愛してくれた。

 毎日1輪、1日たりとも欠かさずにバラをくれたんだ。しかも、種類の違うバラを。


「約束しただろう? 世界じゅうのバラをキミにプレゼントするって」


 ふたりの『ダイヤモンド婚式』の日には、宮殿のまわりの庭をすべてバラで埋めつくすというサプライズをしてくれた。

 これはとても嬉しかったけど、こんなことに国費を使うなんて、とわたしは彼をたしなめた。


「でも、僕が庭に置いたのは1輪のバラだけだよ」


「えっ……? じゃあ他のバラは、誰が……?」


 宮殿の謁見台から外を眺めると、そこにはどこまでも続くバラの海原。

 そして手を振ってくれている、セントラス王国の民衆たちがいた。


「このバラは、セントラス全国民からのプレゼントです! ひとり1輪ずつ!」


「それも買ったりしたものじゃなくて、みんなで育てたものなんです!」


「気に入っていただけましたか!? これは、セイラ様の愛に対する感謝の気持ちです!」


「セイラ様! ばんざーいっ! ばんざーいっ!」


 わたしはドーン王と寄り添いながら、みんなに手を振り返す。

 気づくとまわりには、わたしたちの子供たちが集まってきていた。

 手にはひとり1輪、バラの花を持っている。


「はい、ひいおばあちゃま! ここにあるぶんも合わせて、ぜんぶで10億本だよ!」


 驚くわたしに向かってドーン王は、初めてふたりで馬車に乗ったときのような微笑みをくれた。


「10億本ものバラを贈られた女性は、世界でキミが初めてだろう。だから、キミが花言葉を決めるといい」


「10億のバラの花言葉、ですか。それは……」



『愛は、わたしの前にある』


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死に損ない聖女の恋と断罪 佐藤謙羊 @Humble_Sheep

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