15 これこそが愛

 しかしいざ懺悔の時間となると、ふたりは急に口ごもる。


「あの……わたくしは……その……ちょっと、おハーブの世話が……」「あの……俺は……その……急に、腹の調子が……」


 どうやら、ここで自白をしてしまったら、そのあとに待っているのは罰だということに気づき、それが舌を鈍らせているようだった。

 でも心配はいらない。正直に白状さえしてくれれば、わたしは彼らの罪を軽くするよう働きかけるつもりだ。

 なにより、ドーン王子がそう望んでいるような気がしたから。


 しかし、悪霊はどこまでいっても悪霊だった。


「って、そうやってごまかそうとしたって、そうはいきませんわ! わたくしたちとあなたの過去なんて、なんの証拠にもなりませんことよ!」


「そっ、そうだ! 危うく騙されるところだった! みなさん、見ましたか!? この女は自分の身が危なくなると、情に訴えてごまかそうとするんです!」


「もう茶番は……! いえ、もうおハーブティーは結構ですわ! その針をなにに使うつもりだったのか、白状なさい!」


「そうだそうだ! いいかげん観念しやがれ! お前はサァラ王妃を殺すつもりだったんだろう!」


 よりいっそう取り憑かれたような形相で、わたしに詰め寄るノッテとモルモ。


 ふたりは知っているのだろうか。仏の顔も三度までということを。

 わたしの心の中にある退魔の剣が、シュランと引き抜かれる音がした。


 そのわずかな表情の変化すらもつかまえて、ノッテはあげつらう。


「ああっ、セイラのその顔! 恐ろしすぎて、ハーブもしぼんでしまいますわ! きっと、なにか悪いことを企んでいたに違いありません! さあさあ白状なさい、セイラさん! その針で、いったい何をしようとしていたんですの!?」


 犯人を追いつめた名探偵のように、ドヤ顔でわたしの襟首を掴むノッテ。

 ノッテの腰巾着のように「いけいけ!」と拳を振りかざすモルモ。


 自浄なき彼らに、さすがのドーン王子もドン引きしている。

 彼がせっかく出してくれた助け船は、途中で沈んでしまった。


 しかし、わたしにとってはムダではなかった。

 悪霊コンビの追求をほんの一時でも断ってくれたおかげで、わたしにはこの状況を打破できそうな案が思いついていたから。


 それはいちかばちか、時を超えた挑戦。しかも、ぶっつけ本番。

 でも、やるしかない。


 前にしかない出口に、飛び込むために……!


 わたしはノッテの手を振り払うと、彼女の頬を灰色のヴェールではたくほどの勢いで踵を返した。

 そして、わたしは獣と化す。


「……うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 雄叫びとともに窓際に走り、手にしていた針でウエディングドレスをめった刺しにする。

 窓ガラスに映った背後のヤジ馬たちは、追いつめられた凶悪犯を見るかのようであった。


 しかしわたしが鬼気迫る様子だったので、誰も止めることができない。

 サァラ様はこの世の終わりのような顔で叫んでいた。


「ああっ!? や、やめなさい! やめてセイラさん! それはユニコーンのたてがみで作った、世界に二着とないウエディングドレスなのよ!? やっぱりあなたは、私の結婚式をメチャクチャにするつもりだったのね!?」


 針で突かれてモコモコと形状を変えていくウエディングドレス。

 阿鼻叫喚に満ちていた室内が、やがて静まり返る。


「できた……!」


 わたしは額の汗を拭い、みなのほうに振り返る。

 変わり果てたドレスに送られていた視線は、もはや痛ましいものではなかった。

 誰もが目を見開き、「おお……!」と感嘆のため息を漏らしている。


「す、素晴らしい……! なんと素晴らしいドレスのアレンジなんだ……!」


「ふわりとしたユニコーンのドレスが、さらにふわりとして、まるで雲のようになっているではないか……!」


 そう、わたしは前世の趣味だった羊毛フェルトの技術を使い、ユニコーンのドレスをふわふわにアレンジしたんだ。

 前世風に言うなら『ホイップドレス』というやつに。


 それは『ネクロマンス』には存在しないデザインのドレス。

 ヤジ馬のなかにいた有名ドレスデザイナーが、衝撃に打ちひしがれたような様子でヨロヨロとドレスに近づいてきた。


「な……なんということでしょう!? 世界にひとつしかないユニコーンの生地を針で刺すという大胆さ、そのワイルドなアレンジ工程から、こんな繊細なドレスを作ってしまうだなんて……! く……くやしいっ! くやしいけど、こんなに斬新で美しいドレス、初めてっ! 作った人のやさしさと情熱、そしてこれを着る人に対しての愛情がなければ、こんなドレスは考えつかないわっ!」


 デザイナーの言葉に、次々と頷く貴族たち。


「なるほど! セイラ様は、サァラ王妃のウエディングドレスをより良いものにするために、この部屋に忍び込んだんだな! こんな素敵なサプライズを仕掛けるために!」


「そうか! 針を持っていたから誤解してしまったが、セイラ様はサァラ王妃の結婚式を誰よりも祝福していたんだ!」


「それはそうだろう! だって、このミギアムでの結婚式を提案したのはセイラ様なんだぞ!」


 新しいウエディングドレスは女性陣にも大好評だった。


「これは、最高のプレゼントね! こんな素敵なドレスをもらったら、私なら嬉しくてどうにかなっちゃいそう!」


「ああん、私も結婚式には、このドレスが着たーいっ!」


「これからは、このデザインのドレスが結婚式のスタンダードになるのは間違いないわね!」


「それにしても、セイラ様はなんて心の広いお方なんでしょう……!」


「そうね! 自分が最初に着れば、次期聖皇女争いに終止符を打てるほどの評判をものにできたはずなのに! それを、結婚を反対している相手に贈るなんて……!」


「もしかしてセイラ様は、このドレスのサプライズをこっそり仕掛けて、名乗り出ないつもりだったのかも!」


「そうかも! だってドーン王子がおっしゃっていたわ! セイラ様は愛する人を陰から支えるって!」


「自分を犠牲にしてまで、他人に尽くすなんて……! ああっ、まさに聖女だわ……!」


 場がいい感じにあったまってきたので、わたしはトドメの一言を放つ。


「針は使い方によって人を傷付けてしまうこともありますが、こうして人を彩ることもできるのです。女神は言っています、バカとハサミは使いようであると」


 和やかな笑いと拍手がわたしを包む。サァラ様がうつむいているのが気になったが、とにかくわたしは無実を証明してみせたんだ。

 ヤジ馬たちの疑惑の目が晴れやかになっていくのと反比例して、悪霊コンビの顔はどんどん曇っていくのがわかった。

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